赤い髪の少女〜その6

「よくできたお話だけど、全部あなたの想像でしかないわ。何も証拠がないじゃない」

それまで無言だった麗美が、ここぞとばかりに口を開く。

あざけるような笑みが顔に張り付いていた。


それを見た美乃は、携帯の画像を切り替え差し出した。

「こ、これは……!?」

麗美が思わず絶句する。

その場の全員が携帯の画像を覗き込んだ。

それは例のマナコさんを捉えた写真だった。

個室のドア、小窓、フラッシュの中で振り返るマナコさん……

だが一箇所だけ違っている。

見開いたマナコさんの目が……


「捨てたはずなのに、どうしてあなたが……!?」

麗美は思わず叫んだ後、しまったという顔をした。

それを見て美乃は薄っすらと笑みを浮かべた。

「町下さんから送ってもらったのよ」

「町下……さん?」

麗美はいぶかし気な表情で睨み返す。

「彼女、今回の件について自分から全部話してくれたわ。あなた撮り直しをする時、彼女に何でって訊かれてこの写真を見せたそうじゃない。あなたにしたら口で説明するより早いと思ったんでしょうけど……その時、あなたの目を盗んでこっそり携帯で撮っておいたらしい。彼女曰く、万が一あなたが裏切った場合の保険代わりらしいわ……彼女も相当したたかね」

美乃はそう言いながら、面白そうに肩をすくめた。

麗美は無言でうなだれた。

その顔からは嘲笑が消えていた。


「以上がよ。お気に召したかしら」

美乃は煌々こうこうと輝く瞳で麗美を見つめ、そう締めくくった。

「……なんでまたそんな事を」

高津川会長が嫌悪感のこもった声で問いただす。


「……特ダネが欲しかったからよ」

それまでがっくりとうなだれていた麗美が口を開く。

「そう、お見事よ。美乃さん……あなたの言った通り、全て私が仕組んだの」

麗美は美乃の視線を真正面から受け止め言い放った。

硬直した顔には不気味な笑みが張り付いている。

「思惑通り、私の記事で【マナコさん】の噂はすぐに広まった。全校生徒は私のスクープで歓喜に沸いたわ……ねえ、想像できる?私の書いた文章、講評、写真が人の心を動かすの。誰もが私の書いた記事を心待ちにするのよ。私にはそれがたまらなく嬉しかった。この上なく快感だった」

麗美は天を仰いで熱弁をふるった。

あらぬ方を見つめる目が陶酔に浸っている。


「私には実力があるの。文才も写真撮影も誰にも負けない自信がある。今の副部長の座も実力で勝ち取ったのよ。その気になれば部長にだって負けない。私ね、将来はジャーナリストになるのが夢なの。私なら必ずなれる。それだけの力が私にはあるのよ!」

身振り手振りを加えて話す仕草は、まるで今は亡き某国の独裁者を想起させた。

今この少女の中にあるのは、自分に対する称賛と絶対的な自信だけであった。

皆その様子をただ黙って見守るしか無かった。



「おかげで解決できた。ありがとう」

高津川会長はそれだけ告げると、憮然とした表情の麗美を伴って部屋から出て行った。

どこに行ったのかは分からない。

「一件落着かぁ!」

紀里香が両手を上に伸ばしながら叫ぶ。

「じゃ私、教室戻って鞄取ってくる。途中まで一緒に帰ろ、フーちゃん。逃げちゃダメよ」

凄みを効かせた声で言い残すと、そそくさと飛び出して行った。

後には、眠そうに体を揺する凪と美乃が残った。



「結局今回もアンタに助けてもらったわね」

美乃は凪の方を向くと、物憂げな調子で言った。

そして暫し思案した後、意を決したように口を開いた。

「ねぇ凪。アンタに聞きたい事があるの」

「ほ、ほぁ〜」

寝ぼけまなこで返事をする凪。

「葛城先輩の事件が解決した時、私があなたに言った事覚えてる?」

凪も美乃の方に顔を向けると、不思議そうに首を傾げた。

「こう言ったの……アンタの正体を暴いてやるって」

その言葉に凪が目をパチクリさせる。


「ねぇ凪」

「はぁ」

「これだけ一緒に事件に関わってたら、私にだって分かる」

「はぁ」

「アンタの洞察力の凄さは度を越しているわ」

「はぁ」

「アンタ……?」

「はぁ」

「あなた……?」

見つめる少女の眼差しは真剣そのものだった。

それを見た凪は目を伏せると、大きくため息をついた。

「……分かりました。白状します」

少年はそう言うと、制服の上着のボタンを外し出した。

「…………!?」

突然の振舞いに少女は固唾を呑んだ。


「美乃さん……」

「は、はい……」

いつになく真剣な口調に緊張する美乃。

「今まで隠してましたが……」

「は、はい……」

「実はボクは……」

「は、はい……」

「ボクは……」

美乃の緊張が極限に達する。

手が震え、目がチカチカしてきた。

いよいよ……コイツの正体が分かるのか!


!」


そう言って勢いよくはだけた制服の下から、赤い逆三角形がプリントされたシャツが現れた。

中心のSの字がNに変わっているが、


バシっ!!


「ほぇっ!」


美乃の強烈なデコピンが炸裂する。


「まったく、アンタって人は……ちょっとでも信じた私がバカだったわよ!」

美乃は鬼の形相で怒鳴りつけると、ぷりぷりしながら教室から出て行った。


一人残った少年は、額をさすりながら身を起こす。

「やれやれ……」

苦笑する表情には、楽しそうな笑みが張り付いていた。

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