赤い髪の少女〜その5

体育館の出入口に立つ美乃と凪を見て、出て来たエリカが驚く。

「何?また、あなたたち」

この間と違って、何かに苛立っている様子だった。

「悪いけど、もうマナコさんの話はしたくないの」

立ち去ろうとする少女の鼻先に、美乃は自分の携帯をかざした。

そこには昨日、凪とトイレで撮影した再現写真が写っていた。

「なんなのよ。いったい……」

言いかけたエリカの言葉が途切れる。

見開いた目が驚きの大きさを物語っていた。


「あなたも見たんじゃない。を……」


その問いに対する返答は無く、エリカは携帯から目をそらした。

「今回の一件、生徒会も調査を行っているのは知ってるわね。実は私は高津川会長からこの件を調べるよう指示を受けてるの。私はあの写真……いえ、あのマナコさんは偽物だと確信している。……」

美乃が言葉を繰り出すたびに、エリカの顔に苦悶の色が広がっていく。

「おかげでやっと答えが見えてきた。今回の騒動の犯人と……今からそれを会長に報告するつもりよ」

「……もういい、分かったわよ」

エリカは観念したように言うと、大きく肩を落とした。

「全部話すわ。その代わり……会長には私が自ら進んで話したって言ってくれる?」

探るような目で懇願するエリカに、美乃は小さく頷いた。



翌日、生徒会室に鎮座する五人の姿があった。

高津川会長と仙道麗美、それに美乃、凪、紀里香だ。


「真相が判明したというのは本当か」

高津川会長が相変わらずのバリトンを響かせる。

真剣な表情で相槌を打つ美乃。

「結論から言うと、あの写真はマナコさんの扮装で自撮りをしたものです。つまりニセモノです」

前置きの無い美乃の発言に、室内が重くるしい雰囲気に変わる。

「そしてマナコさんの正体はあなたよ……仙道麗美さん」

美乃は麗美の顔を真正面から見つめ言い放った。


「あなた……一体何を言ってるの?この件を依頼したのは私なのよ」

特に動揺する様子もなく、麗美が否定する。

「そう。あなたは自ら生徒会に調査を依頼した。でもそれはマナコさんの真偽を確かめるためでは無く、だったんでしょ」

その言葉に真っ先に反応したのは高津川会長だった。

鋭い視線が麗美に向けられる。


「新聞記事で騒ぎが大きくなれば、当然、生徒会は動かざるを得ない。でもあなたの知らないとこで動かれたら、。そうなると記事も書けない。だからあなたは、あえて火中の栗を拾うことにしたの。自身が情報源となれば、次に生徒会がどう動くか把握できる。町下さんが早朝にマナコさんを見たと言ったのもこのためよ。放課後は張り込まれてるのが分かってたから、朝に出会でくわしたと嘘を言わせたの」

「えっ……それって……?」

驚く紀里香に美乃がそっと頷く。

「そ。仙道さんと町下さんはグルだったの」

その言葉に室内の空気がまた揺らいだ。



「順を追って説明します。あくまで私の立てた推論ですが……」

美乃は高津川会長に視線を戻して言った。

会長が同意の眼差しを返す。

「今回のマナコさん騒動の始まりは新聞部への投書でした。勿論投函主は仙道さん、あなたよ。恐らく今回の騒動の布石のつもりだったんでしょ。それに自分が第三者であると思わせる狙いもあった」

美乃の言葉に麗美は沈黙を続ける。

変わらぬポーカーフェイスに、動揺の色は微塵も無かった。


「あなたは用意しておいた昔の制服と赤いウィッグを付けて一度目の自撮りを行なった。普段から、おかっぱでメガネ姿の印象が強いから、誰もあなただと見抜けない。おまけに夜のフラッシュ撮影だし……それが分かってるあなたは、堂々とマナコさんになりすました。ところがそこに思わぬアクシデントが起こった」

美乃の声のトーンが上がり皆の緊張を誘う。

「撮影しているところを町下さんに見られてしまったの。全校生徒が帰宅した遅い時間を見計らったんだけど、たまたま学校に戻ってきた町下さんとはち合わせしてしまったのよ」

個々の脳裏に、エリカとの邂逅に驚く麗美の姿が浮かんだ。

「さすがにあなたも慌てた事でしょう。この時点であなたの計画は台無しになったんだから。あなたはやむ無く、記事にするネタが欲しくてやったと打ち明けた。このマナコさんの扮装をした写真を校内新聞に載せるつもりだったと……」

そこまで語ると美乃は一旦言葉を切った。

それとなく麗美の顔をうかがうが、やはり変化は無い。


「……ところが、ここで予想外の事が起こった。町下さんがこの件を黙認する代わりに、自分も新聞に載せてくれと言ってきたの。演劇部の彼女は、一日も早く自分の名を広めたかった。新聞に載れば有名人になれると思ったのよ……当然あなたは二つ返事で同意した。記事にすればするほど読者も増えるので、あなたにとっても願ったり叶ったりの提案だった。こうして二人はグルになったの……ここまでが一度目にマナコさんと遭遇した時の真相」

再び語り出した美乃の声が、朗々と室内に響きわたる。


「その後写真を現像したあなたはに気付いた。そしてやむ無く撮り直しをしなければならなくなった」

「……とんでもないミス?」

紀里香が不思議そうに言葉尻をとらえる。

その時、高津川会長の目がきらりと光った。

「そうか!何か都合の悪いものが写っていたんだな……最初の写真には」

その言葉に、美乃は軽く笑みを浮かべ頷いた。

「え?だって写真には何も写ってなかったって……」

いぶかしげな表情で紀里香が訴える。

「あれは嘘よ」

「ウソ?……じゃあ都合の悪いものって、一体……」

目を丸くする紀里香の問いに、美乃は目を細めて答えた。


よ」


「赤目!?」

驚く少女の前に、美乃は携帯の画像を差し出した。

「実は先日、ちょっとした再現テストをしてみたの。放課後のトイレで同じように撮影したらどうなるか……見ての通り、。まあ普通は暗い所にいる者にフラッシュを焚くと、たいてい赤目になるものよ。。何故、赤目にならなかったのか」

「そりゃ……幽霊だからでしょ」

紀里香が当たり前だと言わんばかりに即答する。

「そう。まさに幽霊だから」

美乃が相槌を打つ。


「赤目はね、開いた瞳孔の奥の血管が写真に写ってしまう現象なの。幽霊って生きた人間じゃないから、。でも、?」

美乃は試すような視線を紀里香に送る。

その言葉に少女は目をパチクリさせた。

「なるほど……そっか!」

納得したように叫ぶ少女に美乃は小さく頷く。

「そ。これが写真が二回撮られた理由……


そのまま美乃は麗美の方に顔を向けた。

「翌日現像したそれを見て、あなたはすぐにまずいと思った。このままではマナコさんがニセモノだと気付かれるかもしれないと……だからあなたは二日後に撮り直しをした。撮影の間隔があまり短いと怪しまれる恐れがあるから適当に間隔も開けた。そして今度は赤目にならないよう、コンタクトレンズをはめて臨んだの。あなた現場確認の時言ってたわよね。って……おそらくをつかったんでしょう。だからフラッシュでも赤目にならなかった。これが二度目にマナコさんと遭遇した時の真相よ」

美乃の理路整然とした推論に口を挟む者はいなかった。

室内にやや長い静寂が訪れる。


「そして三度目の遭遇となる。生徒会とのやり取りで動きを把握していたあなたは、思い切って趣向を変える事にした。マナコさんを早朝に出没させたの。正確には遭遇したという演技を町下さんにさせたんだけど……約束通り彼女の目撃談を記事にし、彼女は有名になり読者も増えた。すでに写真も公開済みだったから、誰もが町下さんの件を本当だと信じた。まさにあなたの思惑通りね……以上が私が推理した一連の事件の真相よ」

全ての説明を話し終え、美乃は全員の顔を見渡した。

どの顔にも驚嘆と納得の色が表れていた。


ただ一人を除いて……

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