赤い髪の少女〜その4

「さて、どうしたものかしら」

放課後、教室の後片付けをしながら美乃が呟く。

「あの町下さんの様子は絶対におかしいわね」

喋りたそうな態度が一変した時の情景が脳裏に蘇る。

「彼女、今回の件について何か知ってるに違いないわ……ねぇ、そう思わない?」

そう言って振り向くが、黒板を拭いているはずの凪の姿が無い。

ありゃ?

演台の裏を覗くと、鼻ちょうちんを膨らませて爆睡していた。

いつもならデコピンを一発かますところだが、今回は趣向を変えることにする。

美乃は自分の携帯を取り出すと、音量を最大にし凪の耳元にあてた。

さん、にい、いち……


ボバババァァァーン!!!


派手なエレキギター音が室内を揺るがす。

美乃のお気に入りのロックバンドの曲だ。


「ふへへへぇぇぇーん!!!」


曲と同じ調子の悲鳴を上げ、フヌケ先生が飛び起きる。

「よ、美乃さん!し、侵略です……敵がキタぁっ!」

「アンタ一体どんな夢見てたのよ!まったく……」

両手を上げ室内を走り回る凪の姿に、美乃は大きくため息をついた。



「一旦状況を整理してみましょう」

宙を睨みながら、美乃は静かに口を開いた。

机に腰掛けるフヌケの凪は、の状態だった(なんじゃそりゃ)

「まず最初は新聞部への投書について。マナコさんの真偽はともかく、投書した者がが問題ね。わざわざ警告めいた文面にしているのは、皆の関心を惹くのが目的だとは思うんだけど……」

美乃が顎に手を当て推理を始める。


「次にマナコさんとの遭遇について……一度目にマナコさんと遭遇したのは仙道さんだった。この時は張り込みの結果、撮影はできたんだけど。その写真はすぐに捨てたと当人は言ってるけど……」

室内の端から端を足早に往復しながら説明が続く。


「そして二度目の遭遇……仙道さんの再チャレンジだけど、。その写真と記事が校内新聞に載り、今の騒ぎの火付け役となった」

目の前を行ったり来たりする美乃を追い過ぎて、凪が気持ち悪そうな表情を浮かべる。

どうやらようだ。


「最後に三度目の遭遇……今度は相手が町下さんで、。そして、この時写真は撮られていない」

そこまで喋った後、美乃は立ち止まり暫し黙考した。


「そう考えると、結局マナコさんの存在を示す写真は二度目のものがあるだけで、あとはになるわね。もし一度目と三度目の目撃談がだったとしたら……仙道さんと町下さんの二人ともがウソをついた事になる。加えて、必然的にあの写真の信憑性も無くなる」

さすが高津川会長も認めた合理的思考の持ち主。

証言を作り話と仮定するのに何の躊躇ためらいも無い。

「でもあの写真がニセモノとするなら、。一度目で【マナコが撮れた〜】て偽の写真載せればいいじゃない。それをわざわざ二度も撮影したと言ったのは何故か……」

美乃の眉間のシワが次第に深くなる。


「もしかしたら、仙道さんがなのかもしれないわね。新聞部の部長にもわざわざ報告してるし……ただホントに撮り直す必要があったのよ。何かやむを得ない理由があって……」

美乃が額に手を当てる。

今少し届きそうで届かない……そんな表情だ。


「それと町下さんの証言も嘘だとするなら、その理由も気になるわね。彼女が目撃したのは早朝の別のトイレで、これはどう考えても生徒会の張り込みを避けたとしか思えない。高津川会長の話では調査は極秘に行なっていたらしいから、どこからか情報が漏れたんだわ。だから裏を書かれてしまった」

そこまで語ると、美乃は凪の前の席にどっかと腰を下ろした。


「確かなのは、あの写真はどう考えても本物じゃないっていうこと。それと仙道さんと町下さんには今回の件で繋がりがあるということ。昨日の町下さんの態度も、その場に仙道さんがいたから慌てて口をつぐんだとしたら筋が通るわ。後は今言った疑問の答えさえ分かれば、全貌が見えてくると思うんだけど……」


考え込む美乃の顔をふいに凪が覗き込んだ。

「え、なに!?」

驚く美乃の袖口を持ちニンマリ笑う凪。

「じゃ行ってみましょう」

「え、行くってどこへ……!?」

それには答えず、凪は追い立てるように美乃を引っ張って教室から飛び出した。

「な、何よ……一体どこに行くのよ!?」

蒟蒻こんにゃく走りの背中は前を向いたままだ。

美乃は掴まれている袖口が気になり、顔が熱くなった。



二人がやって来たのは、三階の女子トイレだった。

すでに日が暮れかかったトイレの中は真っ暗だ。

美乃と凪は電灯をつけると、奥の個室に向かった。

さすがの美乃も何となく肌寒さを感じた。

「それで、ここで何をするの?」

「写真を撮ります」

「写真って……まさかマナコさんを?」

「いえ、あの写真を再現します」

「再現……?」

美乃が怪訝けげんそうに眉をしかめる。

「一階、二階のトイレはすでにマナコさんとの遭遇場所なので、誰かに見られるかもしれません。幸いどのトイレもレイアウトは同じなので、ここにしました」

そう言って凪は携帯を取り出すと、何やら操作し始めた。

そしてそれを洗面台の上に置き入口に向かう。


「タイマーを十秒後でセットしました。では照明を消します」

「いや、消すって……まさか私を撮るの!?」

「そうです。はい、パチ」

室内が真っ暗になる。

「そんな突然言われても……」

「いいお顔でお願いします。はい、六秒」

「ちょ、心の準備が……」

あきらめてください。はい、四秒」

さん、に、いち……カシャ!

シャッター音と共にフラッシュがまたたく。

すぐさま凪が照明を点け、二人とも目をパチクリとさせた。

「アンタねえ!やるならやるで、前もって説明くらい……」

怒鳴りかけた美乃の眼前に、凪が携帯の画面を向ける。

そこには写真と同じ風景があった。

個室のドア、小窓、そしてフラッシュに驚く美乃。

それを見た美乃の表情が一変する。

「何、これって……まさか!?」

絶句する美乃に向かって、凪が嬉しそうに微笑んだ。

「これが、先ほどの疑問の答えです」

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