赤い髪の少女〜その3
「ここがマナコさんと遭遇したとこよ」
そう言って麗美は一階の女子トイレを指差した。
美乃と紀里香は顔を見合わすと、どちらからともなく頷いた。
「入ってみましょう」
美乃が先陣を切って戸を開ける。
「ぼ、僕はここで……」
凪が顔を真っ赤にして呟く。
女子トイレに入るのには抵抗があるらしい。
「ちゃんと会長の許可得てるから大丈夫よ」
美乃の言葉に頷くも、なおモジモジとぎこちない。
「フーちゃん、私がいるから安心して♡」
そう言って、紀里香が凪の腕を取り誘導する。
凪の顔がさらにゆでダコと化した。
「行くわよ」
それを見た美乃は無愛想に言い放った。
日中とは言え、窓が小さくかなり上部にあるため中は薄暗かった。
美乃は入口横の点灯スイッチを押す。
意外と広い室内には片側に個室が五つ並び、反対側には鏡の付いた洗面台が設けられている。
「これでいくと、マナコさんのいた位置は……」
「あそこよ」
写真を眺めて呟く美乃に、麗美が一番奥の個室を指差す。
美乃はその場所まで行き、改めて写真を眺めた。
確かに入口から見て方向的にはこの位置に間違いない。
まわりをぐるりと見渡すが、特に気になる点は無かった。
「それにしても、よくシャッターが切れたわね」
「ホントそれ!私なら絶対腰抜かしてたわよ。さすがはプロね」
美乃の称賛に紀里香も同調する。
「まあ……ずっと狙ってたネタだから」
麗美が初めて得意げな笑みを浮かべた。
「でも最初に撮った写真は使いものにならなかったとか……」
美乃が尋ねると、麗美は悔しそうな顔をした。
「そう、写真には何も写っていなかったの……とんだ失態だわ。すぐに捨ててしまったけど」
吐き捨てるように答える麗美に、美乃は黙って頷いた。
他に手掛かりになりそうなものは無さそうね……
美乃は軽く肩を
フヌケ先生は洗面台の蛇口から水を出したり止めたりしている。
女子用に作ってあるため、男の凪だとかなり前かがみになってしまう。
何やってんだ、アイツは?
「し、失礼します」
と言って、突然凪が麗美の眼前に進み出た。
密着すれすれの位置で立ち止まる。
「あ、あの……何か?」
上から見下ろされ、麗美のポーカーフェイスが僅かに緩む。
「きれいな目をされてますね。眼鏡じゃなくコンタクトにすればいいのに」
突如、恋愛アニメのイケメンのようなセリフを吐く凪。
瞳には星が
「いえ……色々持ってはいるんだけど……しっくりくるのが無くて……」
麗美は
心無しか頬が赤い。
「ちょ……何やってんのアンタ!?」
「な、何やってんの……フーちゃん!?」
美乃と紀里香が同時に叫ぶ。
二人の怒声に、ハッと我に返るフヌケ先生。
瞬く間に瞳の星が雲散霧消する。
「す、すいましぇん……」
凪は慌てて頭を下げると、そのまま虫の如き素早さで戸口まで後退していった。
憤怒の形相で睨む美乃と紀里香――
気まずそうに見つめる麗美――
皆の視線に思わずニヤっと笑みを返す凪――
「いや、愛想笑いはいいから……アンタ一体何がしたいの?」
美乃が怒り口調で問い詰める。
「ち、ちょっと距離を測ろうと……」
「なんの距離よ」
「せ、仙道さんと、な、ナマコまでの……」
「いや、だからナマコじゃないって……てか、わざわざ仙道さんの前に立つ必要ないじゃない」
「せ、せっかくなので、仙道さんのお顔も見ておこうかなと……」
ボムっ!!
美乃の強烈なボディブローが炸裂する。
口から魂の半分出かかった凪を引きずり、一行はトイレを後にした。
次に訪れたのはマナコさんが早朝に現れたトイレである。
「しっかし、朝から出るとは大胆ね。ルール違反も
いや、幽霊にルールとか無いでしょ……
憤慨する紀里香にツッコミながら、美乃は室内を見渡した。
二階にあるこの女子トイレも造りは全く同じだった。
「ここでマナコさんと遭遇した人って……」
「演劇部の町下エリカさん」
美乃の問いに麗美が即答する。
「部活の練習で登校してて、たまたまトイレに入った時出くわしたらしいわ。私の記事を見てわざわざ報告しに来てくれたの。話を聞く限りでは私の見たマナコさんと同じものよ」
麗美の説明に頷く美乃。
「やっぱりいたのはこの辺?」
一番奥の個室前に立つ紀里香が尋ねる。
麗美は黙って頷いた。
凪はと見ると……
先ほどの一撃が応えたのか、入口に立ってモジモジしていた。
これで、マナコさんに遭遇した二箇所の女子トイレは確認した。
仙道さんが二回、町下さんが一回の目撃だ。
都市伝説では、マナコさんが現れるのは放課後の女子トイレのはず。
だが町下さんの場合だけ、早朝に出現している。
しかも違うトイレにだ。
なぜだ?
これではまるで……
まるで、生徒会の張り込みを避けたようにみえる。
マナコさんがもし誰かのイタズラとするなら、出没現場を見張る生徒会の存在を事前に知っていたという事にならないか?
そしてまた別の場所で、別の人の前に現れている。
まるで調査に奔走する者を嘲笑するかのようだ……
一体誰が、何のためにこんなことを!?
瞑想に耽る美乃は、じっと見つめる紀里香と麗美の視線にハッとする。
「その町下さんに話を聴いてみましょう」
美乃はそう口を開くと、入口で半分寝かかっている凪の方へ歩を進めた。
体育館の一角に発声練習をする団体の姿があった。
演劇部だ。
美乃ら一行はその
「町下さんは?」
「……彼女よ」
美乃の問いに麗美が部員の一人を指差す。
髪をポニーテールに束ねた背の高い女子が、後方で上級生の世話をしている。
ほどなくこちらに気が付くと、ぎこちなく会釈してきた。
発声練習が終わり小休止に入ると、特に呼ぶ必要もなくこちらにやって来た。
「……あの、ひょっとして私に用?」
探るような口調だが、なぜか目は好奇心に輝いていた。
「町下エリカさん?」
美乃の問いに少女は何度も首を振った。
「あの、もしかして……マナコさんのこと?」
「そう……よく分かったわね」
目を丸くする美乃に、エリカは嬉しそうに微笑んだ。
「だって皆話聞きたがるもんだから……何でもお答えするわよ」
見るからに喋る気満々である。
美乃は礼を述べると、紀里香と凪を紹介した。
「仙道さんは知ってるわね」
そう言って、少し離れて立つ麗美を指し示す。
「ええ勿論……私の記事を書いてくれたもの……」
そこまで言って、エリカは急に言葉を詰まらせた。
先ほどとは打って変わり表情が険しくなる。
「……どうしたの?」
敏感に反応した美乃が問いかける。
「いえ……その時の事を思い出して……急に怖くなって……」
顔を曇らせ、声が震えている。
「あ……練習あるから……また今度……」
そう言い残して、エリカはさっさと団体の方へ戻って行った。
「なあに、あれ?なんか感じワル」
その後ろ姿を見ながら紀里香がボヤく。
美乃も眉間に皺を寄せ頷いた。
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