赤い髪の少女〜その1

どこの学校にも都市伝説の一つや二つはある。

夜な夜な何者かの徘徊する理科室――

一番端の個室から話し声のするトイレ――

誰もいないのにピアノの音がする音楽室――

エトセトラ……

いわゆる学園七不思議というやつだ。

勿論、ここ梁山りょうざん高校も例外ではない。

言わずと知れた我らがフヌケ大王こと滝宮凪たきみや なぎと、そのお目付役兼恐怖のデコピン魔王こと矢名瀬美乃やなせ よしののいる学校である。

今回の事件は何を隠そう(いや隠さないけど)、この都市伝説が発端となっていた。


「ど、どぅわれが、デコピン魔王ですってぇぇっ!!」


手に鉄の鉤爪かぎつめを装着した矢名瀬女史が鬼の形相で迫ってきた。

あんなのでデコピン食らったら、額にトンネルが開通するのは確実だ。

ゆえに筆者はこれから姿を消す事とする。

さあ、はたして……

美乃と凪のおチャラケコンビは、今回も無事事件を解決できるであろうか。

では諸君、さらばだっ!


「……あ、いや……美乃さん……ご、ごめんなさ……」


ピシっ!!(デコピンの音)



バシっ!!

机を叩く音が教室内に響き渡った。

「と、!?」

そう叫ぶと、浜野紀里香は思わず立ち上がった。

「それって、今校内を騒がしている幽霊……?」

前傾姿勢で対面の人物の顔を睨みつける。

その人物は一瞬ギョッとしたように見返すが、すぐに平静に戻って頷いた。

「ちょっと紀里香、あなたの声にビックリしたわよ」

隣に座る矢名瀬美乃が、たしなめるように声をかける。


対面にはおかっぱ頭で丸メガネの女子が座っていた。

名前は仙道麗美せんどう れみ――

美乃と同じ一年生で新聞部の副部長だ。

日の浅い一年で副部長とは、よほど実力があるのだろう。


美乃と紀里香の後ろには少年が一人座っていた。

フヌケ大王こと滝宮凪である。

いつものボーとした顔が何故か今は青ざめている。

「……あら、ひょっとしてアンタ幽霊苦手なの?」

美乃が意外そうな目を向ける。

「と、トイレに……ナマコが……!?」

「いや、じゃなくて……それ違う意味でコワイし」

すかさずツッコむ美乃。

ぽりぽりと頭を掻く少年を尻目に、美乃は再び正面に向き直った。

「もしかして例のマナコさんの記事ってあなたが書いたの?」

美乃の問いに麗美は小さく頷く。

「これよ、これ!」

わめきながら紀里香が鞄から新聞を取り出した。


【マナコさん現る!新たな恐怖の始まりか!?】


仰々ぎょうぎょうしいタイトルと目撃談、それに暗闇で振り返る少女のカラー写真が掲載されている。

「これが元の写真」

ポツリと呟くと、麗美は手元の封筒から一枚の写真を取り出した。

「どれどれ……」

不気味な笑みを浮かべながら、紀里香が身を乗り出す。

コイツ、この手の話には目が無いようだ。


写真には個室のドア、上部に小窓が写っている。

カメラのフラッシュ光の中に人影があった。

同年代と思しき少女だ。

中肉中背、青ざめた顔に黒い瞳が大きく見開いていた。

突然のフラッシュ撮影に驚いているようにも見える。

襟に三本線の入った白いセーラー服と白い共布ともぬのネクタイ、膝までの黒いプリーツスカート、胸ポケットにピン留めされた校章が反射して光っていた。

一見して、かなり昔の制服である事が分かる。

だが覗き込む面々の目を釘付けにしたのは、そこでは無かった。

腰のあたりまで伸びた少女の髪はだった。

それも明るい蛍光色では無く、血のような深紅色をしていた。

新聞の写真ではコピーの関係でぼやっとした赤毛にしか見えないが、実際の写真ではその異様さが際立っている。

全員の喉がゴクリと音を立てた。


「これ……ホンモノだわ」

紀里香が目を爛々と輝かせて呟く。

「あなたって、こんな話題になると目の色変わるわね」

「そりゃあんた、何たってあのマナコさんよ!この二週間で三回も目撃されてるのよ。それも決まって女子トイレで」

嬉しくてたまらないといった顔だ。

「ナマコに……赤い毛が……」

後ろから覗く凪がまた声を震わせる。

「いや、だからナマコじゃないって……どう見ても人でしょ」

美乃はそう言って、写真を少年の鼻先に持っていった。

凪は暫しそれを眺めて、不思議そうに首を傾げた。

だめだ、こりゃ……

美乃は肩をすくめると、写真を再び机上に戻した。


ここで注釈を入れておこう。

トイレのナマコ……あいや失礼。マナコさんとは、ここ梁山高校の都市伝説の一つである。

学校が創設されて間もなく、当時一年生だった一人の女子生徒が不幸な死を遂げた。

女子トイレの中で持病が悪化し倒れたのだ。

場所が場所だけに発見が遅れ、病院に搬送されて間もなく亡くなってしまった。

それ以来、この女子トイレでは不可解な現象が起こると囁かれるようになった。

個室から呻き声が聴こえる――

水道から勝手に水が出る――

夜中に誰かの歩く足音がする――

そんな中、最も多いのが怪しい少女の目撃談だった。

腰まで垂れた真っ赤な髪をなびかせ、奥からじっとこちらを見つめるらしい。

まばたきしない、その大きな瞳にちなんで、いつしかその少女は【マナコさん】と呼ばれるようになった。

何十年も昔の事で、今では怪現象の話もすっかり聴かなくなった。

それでも都市伝説としては、今なお語り継がれているのである。


「それで私に話したい事と言うのは?」

美乃は仙道麗美の顔を見て、ニコリともせずに尋ねた。

もとより、幽霊話に興味は無い。

合理主義を信条とする彼女には一体何が怖いのか分からないし、そもそもそのような存在自体信じていなかった。

終業後の後片付けをしている時、この少女が自分に話があると言ってやって来たので、仕方なく相手をしているのだ。

クラス委員相方の凪と、たまたま居合わせた浜野紀里香も同席の了承は得ていた。


「実はあなたにお願いがあるの」

上を向いて何やらブツブツ呟く凪と、食い入るように写真を眺める紀里香には目をくれず、麗美は真っ直ぐ美乃を見て言った。


「この写真の真偽を確かめて欲しいの」


その一言にその場の全員の動きがストップした。


美乃は怒ったように眉を吊り上げ

紀里香は写真を持ったまま口を開き

そして我らがフヌケ大王は……


「人の形の…………」

と、まだナマコの呪縛の真っ只中にいた。



「ちょっと待って!あなた一体何を言ってるの?」

さすがの美乃も動揺を隠せず声を上げた。

「この写真の真偽を確かめて欲しいの」

「いや、それはもう聞いたわよ。私が言ってるのは、って事」

無表情で繰り返す麗美に、美乃は声高に尋ねる。

「それってこの写真が本物のマナコかどうか調べろって事でしょ。私は神霊研究家でも何でも無いのよ。なんで……」

「あなたが適任だと判断したから」

美乃の激しい抗議に動じる事無く、麗美が即答する。

「適任て……何の?」

「この手の謎解きに」

間髪入れず返ってきた台詞に美乃はキョトンとする。


「……ひょっとしてだけど……誰かがあなたにそう言ったの?」

そう言いながら、美乃は隣に座る紀里香を睨んだ。

また私たちを名探偵とか何とか言いふらしたんじゃ……

「わ、私じゃないわよ!今回は無罪、無罪!」

両手を上げて訴える少女を見て、美乃は顔をしかめた。

この子じゃ無いとしたら……

一瞬、朝霧百合子の顔が浮かんだが、すぐに打ち消した。

紀里香と違って、お嬢様体質の彼女がそんな事を言いふらすとも思えない。

それじゃ、一体誰が……!?


「僕だよ」


聴いた事のあるバリトンが耳に響く。

慌てて振り向いた視線の先に、一人の少年が立っていた。


「会長!?」


思わず声を上げる美乃に向かって、その少年……

高津川清文たかつがわ きよふみは小さく頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る