匣の中の画伯〜その6

小宮山栞はその後、絵を破損させたのは自分であると学校側に申し出て厳重注意を受けた。

部員たちへは高山部長が説明し、絵のモデルは実は自分自身であったことを告白した。

最初は皆を驚かせようと遊び心のつもりだったが、事件後は自分が恨みを買っていると思い込み言い出せなかったそうだ。

結果的に、自らの思わせぶりな態度が今回の事態を招いてしまったと皆に対し深く謝罪した。

被害者である部長がそう言うならと部員たちも納得したようだ。

モデルの事を聞いた栞は、当然ながら相当ショックを受けたらしい。

自分のした事が無意味であったばかりか、高山部長の足を引っ張る結果となってしまったのだ。

いくら悔やんでも悔やみ切れないだろう。

すぐに退部届けを提出したが、高山部長の説得により何とか思いとどまったようだ。

美術部は通常の活動を取り戻し、今は次の大会出品に向けて準備を進めている。

こうして不可解な密室犯罪は幕を閉じたのだった。



美乃は憂鬱だった。

昼休みになりじっと自分の鞄を眺める。

今日は珍しく弁当持参だった。

早起きして作ったのだ。

そして、ここが憂鬱の原因なのだが……

弁当は二つあった。

「たまたま作り過ぎちゃったからよ」

誰も尋ねて無いのに弁解の言葉が飛び出す。

勿論、一つは自分の分である。

そしてもう一つは……


「よ、美乃さん」


「おわたぁ!!」


突然の背後からの呼び掛けに飛び上がる。

振り向くと凪が今にも泣きそうな顔で立っていた。

「な、な、何!?ど、どうしたの?」

慌てて教科書を取り出して読む振りをする。

「あ、あの……逆さっす」

本に視線を落とすと上下逆だった。

「わ、分かってるわよ。は、速く読む練習よ、練習っ!」

「はぁ……」

意味の分からぬ美乃の言い訳に、凪はボーとした顔で頷いた。

良かった……こいつがフヌケてて……

「それで、何か用事?」

「はぁ……実は……」

そこからこのフヌケ大王は、朝起きてから洗顔と朝食を終え、腹が膨れて眠くなったので若干の仮眠をとり、目が覚めたら寝過ごしていたのでパニック状態のまま着替え、玄関で二度転びながら自転車にまたがり、学校に着いたところで忘れ物に気が付いたという話を延々と語った。

「長いわっ!」

イライラしながら聞いていた美乃がツッコむ。

「それで、何忘れたの?」

「はぁ、それが……サイフを……」

ポリポリ頭を掻きながら呟く凪。

ははぁ、要はサイフ忘れて昼食が買えないって事か。

私くらいしかお金借りる相手いないもんね。

いや待てよ。

これって……

納得すると同時に急に心臓が高鳴りだす。


これって……お弁当渡せるチャンスじゃね。


「つまり、何……お金忘れてお昼ご飯が買えないと」

「はぁ」

「それで私に貸して欲しいと」

「はぁ」

「相変わらずね、しっかりしなさい!」

「はぁ」

「……もう、しょうがないわね」

と憎まれ口をききながらも、口元が思わず緩む。


チャンスだ!

さあ、どうする?


だが、あんたの分もお弁当作ってきたなんて到底言えない。

どう渡す?

「偶然ね。たまたまお腹減ってたので二つ作ったの」

それでは大食漢だと思われる。

「偶然ね。たまたま鞄の中に二つ入ってたわ」

そんな事はあり得ない。

「偶然ね。あんたがサイフ忘れる気がしたの」

超能力者か。


ダメだ。

うまい言い訳が見つからん。


「やっぱ……いいです。美乃さんにはいつも迷惑かけてますので」

珍しく凪が申し訳無さそうな表情を浮かべて言った。


おい、やめろ!

なんだその殊勝な態度は……

らしくないぞ

そんな風に出られたら……私は……


「な、凪……実は今日ね……」

ほんのり赤らみながら美乃は弁当の袋に手をかけた。


「フーちゃん、一緒にお昼食べよ!お昼」

けたたましい雄叫びをあげながら紀里香が飛び込んできた。

「今日はちょ〜豪華よ!大満足間違い無し!」

言いながら両手に抱えた弁当箱を差し上げる。

美乃のそれの軽く倍はあった。

それを見た凪は真っ青な顔で立ち上がると、一目散に蒟蒻こんにゃく走りで飛び出して行った。

「な、ちょっとどこ行くのよ、フーちゃん!?フーちゃんてば……」

紀里香はブーメランのようにUターンすると、その後を追いかけて行った。


怒涛の展開に圧倒された美乃は、あきれたように肩をすくめた。

ため息をつきながら弁当箱を一つ開く。

綺麗に並んだ玉子焼きを箸でつまんだ。


「また今度……か」


玉子焼きは少ししょっぱかった。

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