匣の中の画伯〜その4
「これは難問ね」
美乃は放課後の教室内をチェックしながら嘆いた。
「密室犯罪なんて小説の中だけのものと思ってたけど、まさか現実に起こるとはね」
言いながら凪の方に目を向ける。
フヌケ大王のもう一つの必殺技──
【立ったまま寝る】が発動していた。
美乃は軽く舌打ちしながら、ゆらゆらと揺れる少年に近付く。
そのまま正面に立ち、数回予行演習をしてから額にデコピンを放った。
「ほげっ!」
定番の悲鳴を上げて、凪は後ろにのけぞった。
「全くあんたの睡眠回路はどうなってんの?ついさっきも授業中に寝てたばかりじゃない」
美乃が呆れたように言い放つ。
「美乃さん、よ、よく見てますね」
「いや見てるも何も、先生に立たされて皆から大笑いされてたでしょ。一応クラス委員なんだから、も少し自覚持ったらどう」
懇々と説教に浸る美乃を尻目に、凪はゆらゆらと自分の席に座った。
「それでどうなの?今回あんたが反応したのは例の肖像画を見た時だけのように思うけど……密室の謎の方は何かピンとこなかったの?」
美乃は凪の前に立つと顔を覗き込んだ。
「はぁ」
トロンとした目で答える凪。
こりゃダメだ……
美乃はため息を一つつくと、くるりと身を
「ドアも窓も施錠されてて侵入は不可能。でも中からキャンバスを裂く音がして、入ってみたら絵がズタズタにされてた」
美乃は自分に言い聞かせるように事件を整理した。
「人がやった以上、そこには必ずカラクリがあるはず。その糸口さえ掴めれば……」
「はぁ」
顎に手を当て目の前を往復する美乃を、凪は振り子のように目で追った。
「二人が同じ音を聴いたのだから聞き間違いではない。音はその時確かにしたのよ。じゃあ絵の方はどう?それが切り裂かれる現場そのものは見てない。という事は……つまり……」
その時、どこからか鳥が羽ばたくような怪音が鳴り響いた。
パサパサと何度も繰り返される。
「な、何!?この音」
眉を
耳をすまし、やっとその出所を探し当てた。
机に掛かった凪の鞄だ。
持ち主に目を向けるとボーとした顔で気にしていない風だった。
「ちょっと凪。あんたの鞄鳴ってるわよ。何が入ってるの!?」
美乃の問いに振り向いた少年はニンマリと笑った。
「いや、愛想笑いはいいから……やかましいから止めなさい」
その言葉に凪は残念そうに顔を歪めた。
そして鞄を机上に置くと、中に手を入れゴソゴソと動かした。
ほどなく音が止んだ。
「一体何の音なの?」
その言葉に凪は鞄から何やら取り出した。
それは一台のスマホだった。
「何、また着信音!……てか、あのアホみたいな曲と悲鳴はどうしたの?」
「もっとセンスのある音に変えました」
そう言うと凪はまた鞄から何やら取り出した。
大きな扇子だ。
凪はそれを両手に持つと、真剣な顔でパサパサと開閉し始めた。
凄まじい速さだ。
「こ、この音を……ろ、録音し……して……着信……おん……に……せ、設定……ハアハア」
次第に息が切れ、台詞がもつれてくる。
ちなみに今の『ハア』は、いつもの『はぁ』では無いのでお間違えなく(どうでもええわ!)。
「やはりセンスの良い音にするには、本物の扇子を使うのがいちば……」
「もういい!何も言うな……さすがに今回はバカバカし過ぎてツッコむ気にもなれん」
美乃は頭に手を当てながら
コイツの思考回路は一体どうなってるんだ!?
「だいたい、そんな摩擦音を着信音にしたって、何の音かわから……」
そこまで言いかけた美乃の言葉が突然途切れる。
「いや……ちょっと待てよ……」
大きく開かれた両眼が見る見る輝きを増す。
明らかに何事か思いついた顔だ。
「……そうか。そういう事か……それであんた、あの部室の風景画を眺めてたのね」
そしてブツブツと呟きながら室内を徘徊し始めた。
全く単純な原理。
あまりに単純過ぎてすっかりスルーしていた。
でも証明するには決め手がいる。
他に何か見落としてないか。
何か……
その時、美乃の脳裏にある光景が蘇った。
そうだ!
確かあの時……
少女は気持ちの昂揚を抑えながら、懸命に記憶の断片を探り続けた。
その様子を、凪は扇子を
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