匣の中の画伯〜その3

「余計な邪魔が入った……」

その人物は苦々しげに吐き捨てた。

だが自分の計画は完璧のはずだ。

絶対に疑いの及ばぬ自信がある。

このまま計画通り進めよう。

その顔にまた例の不気味な笑みが浮かんだ。



「問題は二つ」

美乃は誰に言うともなく切り出した。

美術部を訪れた翌日、紀里香・百合子・凪と共に園芸部の部室に集まっていた。

「一つは犯人が部屋を出入りした方法。泰葉さんたち以外に鍵を借りた者がいないなら、自ずと出入りできた者は一人に絞られる」

「高山部長ですね、ボス」

紀里香が勢い込んで言う。

「これについては、泰葉さんたちが異音を聴いた時間に部長がどこにいたか調べる必要があるわね」

「アリバイの裏取りですね、ボス」

また紀里香が口を挟む。

「でも仮にそれが部長の仕業だったとしても、どうやって外に出たのかが分からない」

「パクって吐かせましょうか、ボス」

「ちょっと紀里香、変な専門用語使うのやめてちょうだい。刑事ドラマの見過ぎよ」

美乃にさとされ、紀里香は口を尖らせた。


「もう一つは動機。もし高山部長が犯人だとして、ほとんど仕上がっている自分の作品に何故あんな事をしたのか。大会も迫ってるし、動機という点から見れば最も対象外の人物といえる」

「よほど絵が気に入らなかったとか」

美乃の説明に百合子が恐る恐る口を挟む。

「それなら描きながら修正していくのが普通じゃないかな。それにもし完成品に不満があったとしても、あそこまで切り刻むというのはちょっとね……」

言いながら美乃はふと凪の方を見た。

「そういやあんた、あの絵にえらく食い付いてたけど何か見つけたの?」

絵を見て目を輝かせていた少年の姿が脳裏に蘇る。

美乃を含めた三人の視線を浴びて凪の顔が赤くなる。

「は、はぁ……ボス」

「あんたまでマネせんでいい!」

美乃のツッコミに凪はポリポリと頭を掻いた。

「で?」

「あ、あの絵……」

「ふむふむ。あの絵が?」

「被写体のディテールにこだわったグラデーションが秀逸でした」

「な、何っ、その突然の専門用語は!?あんた意味分かって言ってるの?」

驚く美乃に凪は肩をすくめて首を横に振った。

「分からんのかい!」

「ふっ」

「いや、自嘲的な笑いいらんし」

「あとロココ調のマチエールが……」

「なんか家具とゴチャ混ぜになってるぞ!」

美乃は頭に手を当て左右に振った。

そう……

コイツはこんな奴だった……

中途半端な状況ではまともな答えは返ってこない。

美乃はあきらめて他のメンバーの方に向き直った。

「とりあえず高山部長のアリバイ(……って私まで移った)、調べてみましょう」



翌日、高山部長のアリバイは難無く証明された。

泰葉と栞が部室の異音を聴いたその時間、同級生と共に登校の最中だったのだ。

学校までずっと一緒だったので、自分一人が先に登校して犯行に及ぶのは不可能である。

これで高山部長イコール切り裂き犯の線は消えた。

「こうなると動機も変わってくるわね」

美乃が顎に手を当てて呟く。

泰葉と栞も含め、全員が昼休みに集まっていた。

「高山部長への恨みかもしくは……」

「あの肖像画のモデルへの嫉妬とか」

紀里香がまたしたり顔で声を上げる。

「自分がモデルになれなかった人の犯行かしら?」

「その可能性も否定はできないわね。」

百合子の言葉に美乃は小さくかぶりを振った。

「こんな状況でも、部長さんはモデルが誰か話してくれないの?」

美乃が確認すると泰葉が申し訳無さそうに頷いた。

「たぶん、部長も同じ事考えてるんだと思う。モデルの名を明かして、その人に迷惑がかかってはいけないと」

「なるほど。直接的な被害を受けるのを恐れてるのね」

美乃が納得したように呟いた。

「でもこのままじゃ完全に手詰まりね。せめて破損する前の絵がどんなものか分かったら推測できるかもしれないんだけど……」


「あ、それなら分かるわよ」

意外なほど軽い泰葉の即答に皆が驚く。

「ねえ栞、あなた確か撮ってたわよね。肖像画の写メ」

泰葉の言葉で全員の視線が一斉に栞に注がれる。

栞は一瞬ハッとした表情を浮かべたが、すぐに小さく頷いた。

「あ、ええ……でもまだデッサンの時のやつよ」

「良かったら見せてもらえる?」

目を輝かせる美乃に根負けしたのか、栞はポケットから水色のスマホを取り出した。

手早く操作すると画面を皆の方に向けた。

そこにはまだ色付けされていない少女の上半身が写っていた。

ロングヘアにキリッとした口元も識別できる。

「誰だろう……意外と美少女だけど……百合子はどう?」

「さあ、私も見覚えはないわ……」

紀里香に水を向けられた百合子も首を傾げる。

交友範囲の広い紀里香でも分からないとなると、限定するのはかなり困難だ。

「栞さん。もし良かったらこの写真、私たちにも貰えないかな。今後の調査に必要になってくるかもしれない。勿論、他の人には絶対見せないから」

美乃に懇願され、栞は泰葉の顔を見た。

こくりと頷く泰葉。

「分かった」

そう言うと栞は、美乃が教えたアドレスに画像を送信した。

その後美乃から各位のスマホに転送される。


ダ〜ダン♪ダ〜ダン♪ギャアァ〜!!!


凪のスマホから不気味な曲と悲鳴がとどろいた。

「な、何、なんなのそれ!?」

「か、変わったご趣味ですね」

「ふ、フーちゃん……」

美乃、百合子、紀里香が一斉にひいてしまった。

「お、お気に入りの着信音です」

そう言って凪は照れ臭そうに頭を掻いた。

「いや、あんたセンス悪過ぎよ。やめなさい!」

美乃の言葉に、さすがの紀里香と百合子も相槌を打って同意した。

凪は意外にも素直にこっくり頷くと、送られてきた画像に目を落とした。

その顔に一瞬浮かんだ笑みに気付いた者はいなかった。

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