盗まれた恋文〜その7

その後、すっかり自信喪失した蜂谷誠は事の仔細を語り始めた。


かねてから百合子に好意を寄せていた誠は、その日の放課後いつものように園芸部の部室付近をうろついていた。

願わくば話をするきっかけでも作れないかという意図からだ。

期せずして部屋から出て来た百合子は、そのままトイレに入っていった。


手持ち無沙汰となった誠は興味本位で部室を覗いた。

無人の室内を物色するうちに電源の入ったパソコンに気付く。

キーボードにパスワードらしき文字の書かれた付箋が貼り付いていた。

これじゃ電源落とした意味ないな……

その不用心さに苦笑しながらも、誠はディスプレイを起動する。

そこに映し出されたのは例の恋文の下書きだった。


動揺した誠はスマホで画面を写真撮りした後すぐにデータを削除した。

百合子にすでに想い人がおり、しかもその相手が女性教師だというのが許せなかった。

少しでも妨害したいという意志が働いたのだ。

部屋から出た誠は、どうすれば百合子の気持ちが自分になびくか模索した。


そしてその答えを下書きの中に見つける。

貴方の花をきる姿に……の例の文面である。

誤字とは知らず言葉通り受け取った誠は、百合子が切り花を好んでいると解釈してしまう。

さほど草花に詳しくないが、見栄えの良いバラなら良いだろうと部室にさりげなく置き始める。

勿論頃合いを見て、置いたのは自分だとアピールする狙いだった。


ただこれだけでは決定打に欠けるため、百合子に秋月教諭に対して不信感を抱かせる方法はないかと考える。

帰宅時に何度か尾行した誠は、教諭が恋人らしき人物とデートする現場を目撃する。

これだと喜び勇んだ誠は、スマホで撮った写真と様子を記したメモを新聞部宛てに匿名で送りつける。

思惑通り校内新聞で噂は広まり、百合子の知る所となる。

あとは意気消沈した彼女を切り花のプレゼントで慰めれば、気持ちは自分に向くに違いないと考えたのである。


ほどなく秋月教諭は退職した。

結婚のためらしいが、噂が広まった事で学校に居づらくなったせいもあるようだ。

ちなみに写真の投稿主が蜂谷誠だというのは公にしていない。

これだけは内密にするという条件で全容を聴き出したのだ。

知っているのは本人と美乃、凪の三人だけである。

いずれにせよ、これで朝霧百合子の恋物語は儚く散ったのであった。


「あれ以来、はおとなしくしてるわ」

紀里香が吐き捨てるように言った。

元々嫌いなタイプだった事もあり、今回の件で『蜂谷』が『蜂野郎』に呼び変わっていた。

今日は事件の報告も兼ねて、園芸部の部室に皆が集まっていた。

「盗み見た恋文使って気を惹こうなんざ厚かましいにも程がある」

「まあね。人のデータを勝手に消したんだから、そういう意味では明らかに犯罪ね」

怒る紀里香に同調するように美乃も口を合わせた。


結局、蜂谷への処分は百合子への謝罪だけにとどまった。

学校側にも報告はしていない。

本人も反省しているから……という百合子の意向を汲んでの事だ。

「百合子は大丈夫なの?」

「ええ。お陰様でだいぶ落ち着いたわ。美乃さんたちには本当に感謝してる」

紀里香の心配そうな問いに百合子は笑みを浮かべた。


「それにしても、下書きに誤字があったなんてよく気がついたわね」

「ホントに。書いた本人の私ですら分からなかったものを」

紀里香と百合子が口を揃えて絶賛する。

「ああ、それなら私じゃなくてコイツよ」

美乃は後ろで眠そうに体を揺らす凪を顎で示した。


「実は私もそれ聞きたかったの……やい、凪!あんた最初に百合子と話した時にはもう気付いてたんでしょ。何で分かったのか教えなさい」

「ふ、ふあ……」

指でつつかれた凪は現実世界に戻って来た。

全員の視線が自分に集中している事が分かると、ぽっと頬を赤らめる。

説明を求められているのが分かったようだ。


「で、で、では……失礼して」

その場でふらふらと立ち上がると、ほへっと変な咳払いをする。

「ええ……ただ今ご、ご紹介にあずかりました……」

「いや、挨拶はいいから早く!」

すかさずツッコむ美乃の顔を見て、凪はぽりぽりと頭を掻いた。

そしてそのまま事務机の方へと歩きながら口を開いた。


「あの時百合子さんは、バラは花束のように包装されていたと言いました。それは送り主が善意の気持ちだったというあかしです。でも肝心の百合子さんは貰っても嬉しくはありませんでした……」

「あの時の百合子が嬉しくなかったって何で分かったのよ」

「百合子さんが漏らした『かわいそう』という一言と、そして……」

怪訝けげんそうな顔で尋ねる美乃に、凪は机上の植物図鑑を開いて渡した。

その頁にはバラ科植物の生育方法が載っていた。

流し読みしていた美乃の目がある注意事項で止まる。


【一般的にバラの花は切り花にはむいていない】


美乃は思わず凪の顔を見た。

凪はにっこり笑うと再び語り出した。

「送られた方が喜ばないものを、なんで送った方は喜ぶと思ったのか…………そのヒントは百合子さんの手紙の文面にありました」


「私は貴方の花をみる姿に心奪われました……」


百合子が、ハッとしたように自らの文を復唱する。

凪は頷くと今度はパソコンの方に向き直った。


「もしこの送り主がデータ削除した者と同一人物だとしたらどうだろう。その人物は恋文の下書きを見て、百合子さんがとしたら……でも肝心の文面にはどこにもそれらしき表現はありませんでした。残る可能性は一つしかありません。それは下書きと実際の文面とが異なっている可能性です」

凪の説明にその場の全員が聴き入った。

理路整然とした推理の過程に立ち入る隙は無かった。


「あの時すでに、百合子さんはパソコンが苦手だと公言していました。それは入力ミスの可能性を示唆しさしています。では切り花に関連したもので、打ち間違いそうな語句は一体どれなんだろうか……」

「つまりそれが【みる】と【きる】って訳ね」

美乃が目を細めて締めくくった。


「あんたがその一字だけを変えたノートの文面を私に見せた時、その可能性があったかと合点がてんがいったわ」

凪が微笑みながら頷く。

緊張がほぐれたように全員が息を吐き出した。

「それをあの僅かな時間で看破るとは……やっぱりあんた洞察力だけは一級品ね」

珍しく感心したように美乃は言った。


「さすがフーちゃん。すっごーい!」

そう言って紀里香は凪の腕に抱きついた。

「やっぱり私のにらんだ通りの人だったわ」

称賛の言葉を並べながら一層密着度を高める。

凪の顔がゆでダコを通り越して焼きダコのようになった。(どう違うんだ、おい!?)

「は、はゃ〜!!」

いつもの『はぁ』がほとんど悲鳴と化す。

「ちょ、紀里香、なにして……」


「凪さんて、すごい方だったのね!」

その言葉に振り向くと、キラキラと目を輝かせる百合子の顔があった。

おおっと、百合子、あんたもかい!?


「フーちゃん、こんどデートしよ、デート」

紀里香が掴んだ腕を揺する。

「凪さん、よろしければお礼にこれを……」

百合子が小さな鉢植えを凪に手渡す。


凪はと言えば……


白目を剥いて半分意識を失っていた。


その様子を見て、美乃の胸中に突風が吹き荒れた。

い、いや、別に凪の事などどうでもいいのだが……


誰と……

どうなろうと……

別に……


…………


「二人とも、いい加減離れなさいっ!!」

(美乃 絶叫)

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