盗まれた恋文〜その6
「蜂谷君、ちょっといいかしら」
放課後の教室で一人帰り支度をする誠に美乃が声をかけた。
「え、君は?」
「生徒会役員の矢名瀬と滝宮といいます。少しお話があるんだけど」
「悪いけどもう帰らないと……」
「朝霧百合子さんの事なんだけど」
その言葉にぎくりとした誠は改めて二人の顔を見返した。
「まわりくどいのは苦手なので単刀直入に言うわね。彼女のパソコンのデータを消したのはあなたでしょ」
誠の顔に例の不気味な笑みが浮かぶ。
「一体何を言ってるのかさっぱり分からないんだが」
とぼけたような口調で返答する誠。
「あなたバラの切り花を百合子さんに渡そうとしたわよね。その前には何度か園芸部の部室の前にも置いておいた」
「それについては否定しないよ」
誠は肩をすくめて肯定の意を示した。
「なんでそんな事をしたの?」
すかさず美乃が問いかける。
「別に答える義理は無い」
「百合子さんへの好意から?」
誠はそのまま口を閉ざした。
「そうする事で彼女の気を惹けると思ったの」
「もう帰るからどいてくれないか」
誠はカバンを手に苛立たしげに言い放った。
「あなた取り返しのつかないミスをしたわよ」
その一言が、二人の脇をすり抜けようとした誠の足を止めた。
「ミス……だと」
思った通り引っかかった。
自尊心の高いこいつならこの手の言葉には弱いはず。
「知ってた?百合子は切り花が好きじゃないって」
その言葉で、たちまち誠の顔が驚きの様相へと変化した。
大きく見開かれた目がせわしなく揺れ始める。
「そんな……だってあのデータには……」
そこまで言って慌てて誠は口をつぐんだ。
顔にしまったという影が走る。
反対に美乃の顔には笑みが浮かんだ。
「そう。あなたの見た下書きのデータにはそんな風には書かれていなかった。恐らくそこにはこう書かれていたんじゃない。【私は貴方の花をきる姿に心奪われました】と」
色を失った誠の顔がそれが当たっている事を示していた。
「でもね、残念ながらそれって入力ミスなのよ。【私は貴方の花をみる姿に心奪われました】が正解。【みる】と【きる】を打ち間違ってしまったの」
そこで一旦言葉を切ると美乃は凪に目配せした。
凪は頷くと、鞄から例のキーボードを取り出した。
「勿論、手慣れた人ならこんな初歩的なミスは犯さないでしょうね。確認もきちんとするだろうし。でも彼女の場合はパソコンが得意じゃなかった。ローマ字入力も見様見真似だって言ってたし……それとミスする要因は他にもある」
美乃はキーボードの一箇所を指で差しながら説明を続けた。
「見ての通り【みる】のMキーと【きる】のKキーってすぐ隣同士にある。これだけでも打ち間違う可能性は高いわ。加えて【みる】も【きる】も漢字じゃなくひらがなで入力されている。彼女に聞いたら詩的な印象にするためそうしたらしい……私も自分で打ってみて分かったんだけど、漢字変換しない語句はほとんど画面を見ないのよ。慣れてないからついキーボードばかりに集中してしまう。だから誤字にも気付かなかった」
そこまでの説明を聞いた誠はうな垂れたまま椅子に座り込んだ。
「なんだそれ……じゃあ僕は……僕のやっていた事は……」
唇を噛み締める表情が苦悶に歪んだ。
美乃はその姿を見下ろしながら静かに言い放った。
「そう……あなたのやっていた事は百合子の気を惹くどころか、ただ苦しめていただけなのよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます