盗まれた恋文〜その4

少年の名は蜂谷誠はちや まことといった。

クラスでも一、ニを争う秀才とのこと。

寡黙かもくでやたら自尊心が高いため交友関係はほとんど無い。

部活にも所属せず学校が終わればさっさと帰る。

いわゆる帰宅組だ。

総体的には【やな奴】の部類に入るやかららしい。

勿論、出どころは情報通の紀里香である。


「それにしてもよく分からないわね」

美乃の嘆く声が誰もいない教室に木霊こだまする。

「部室の前にバラを置いていたのが蜂谷君だったのは分かるけど、それとデータ削除事件とは何かつながりがあるのかしら」

終業後の黒板掃除をしながら美乃は独り言のように呟いた。

「あの蜂谷って人……変な笑い浮かべて嫌な感じはしたけど、それだけで犯人だとは決めつけられないし……」

今度は室内の落とし物チェックをしながら呟く。

「こんな時こそあんたの出番でしょ。フヌケレーダーに何か引っ掛かってないの?」

凪の方を向くと何やら一心にノートに書き込んでいる。

「何よ、さっきから私ばかり働いてるじゃない。あんたずっと何してるの!?」

美乃は口を尖らせながら近づき、そのノートを覗き込んだ。

そこには二行に渡る文章が記されていた。


『私は貴方の花をみる姿に心奪われました。

いつまでもお慕いしております』


それは紛れもなく百合子の恋文の一節だった。

「これって……」

「美乃さん、パソコン打てますか?」

唐突に凪が尋ねる。

「え、まあ……少しはね。得意じゃないけど」

「グッド!」

嬉しそうな顔で親指を立てると、凪は鞄の中からごそごそと何かを取り出した。

なんとそれはパソコンのキーボードだった。

「なっ!?あんた……そんなものどうしたの」

「たまたま入ってました」

「うそつけっ!」

この前の軍手といい、一体コイツの鞄はどうなってるんだ。

いぶかる美乃にお構いなく、凪はキーボードとノートを彼女の前に並べた。

「どうぞ」

いや、どうぞと言われても……

正直言ってパソコンは苦手だった。

当然家にも無いし、接する機会といえば図書室の閲覧コーナーにあるものをたまに使うくらいだ。

「まさか……これを打てと……?」

こくりと頷く凪。

「漢字は変換キーも叩いてください」

美乃は大きくため息をつくと、キーボードに指をのせた。


ディスプレイも無く馬鹿みたいだが、コイツがこんな小道具を持ち出すのは何か理由があるに違いない。

美乃は渋々キーを叩き始めた。

漢字変換の際にはつい反射的に顔を上げてしまう。

その都度画面が無い事に気付き赤くなった。

凪は眠そうな目でじっと眺めていた。

「……終わったわよ」

ほどなく美乃が打ち終わる。

意外なほど緊張したため肩が痛かった。

凪はにっこり頷くと、ノートの頁をめくった。

「ではこれもお願いします」

「え、まだやるの!?」

美乃の目が釣り上がる。

「だいたい、何でこんなこと……」

「よーい」

突然の号令に美乃は思わず身構えてしまう。

「どん」

口の中でぶつぶつ文句を言いながらも、美乃は再びキーを叩いた。

文章の出だしがさっきと一緒だ。

なんだ、同じ文面だわ……

凪のへんな号令で気が焦るが、顔を上げずひたすら打つ事に集中する。


「はい、終わりっす」

美乃の手が止まったのを見て凪が声をかけた。

「……で、何よこれ。結局何がしたかったの?」

美乃が緊張で痺れた手を振りながら尋ねる。

目が半分怒っていた。

「今の二つの文章、どう思いましたか」

「どうって……別に。同じものでしょ」

不満そうな美乃の表情を見て、凪はノートを持ち上げ差し出した。

「もう一度ゆっくり読んでみてください」

「もう一度ってあんた……何度見たって……」

前後の頁をめくる美乃の目が見る見る大きく広がる。

「ちょっと、これって……まさか……」

何度も見返すその顔を凪は嬉しそうに眺めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る