盗まれた恋文〜その3

考えた末、美乃と凪は放課後に園芸部の部室を張り込む事にした。

怨恨なのか悪戯なのかは不明だが、今回の件で味を占めた犯人がまた何かやらかす可能性はある。

手掛かりが無い以上、とりあえずはやってみるしかない。

二人は部室の見える廊下の角に身を潜めた。


「あんた何してんの?」

黒いサングラスに黒いマスク、黒い手袋姿の凪が背後に立つ。

「目立たないよう……変装」

「いや、目立ってるから思いきり……てか、手袋は意味無いだろ」

「狙撃に必要」

「あんたはスナイパーか!……もう何もしなくても目立たないんだからじっとしてなさい」

「あ」

ふいに凪が美乃の後方を見て声を上げる。

慌てて振り向いた先に、一人の少年の姿があった。

背が低く眼鏡をかけている。

手には何かの包みを抱えていた。

部室の入口をじっと眺めてはあたりを見回す。

そのまま通り過ぎたかと思えばまた戻って来る。

明らかに不審者だ。

やがて意を決したかのように頷くと、手に持った紙包みを戸口の前に置いた。

さらに左右を確認した後、逃げるようにその場を離れた。

「つけるわよ」

美乃は小声で囁くと、隣でウトウトしかかる凪を小突いて廊下に出た。

そのまま別の棟まで追跡すると、不審者はある教室に入っていった。

「あら、この教室って……」

それは朝霧百合子のいる教室だった。

美乃は気付かれぬようそっと中を覗き見た。

部屋にいるのはさっきの少年一人だけだった。

せわしなく鞄に物を詰め、帰り支度をしている。

その表情を見た美乃の背筋に冷たいものが走った。

おどおどとした仕草とは裏腹に、不気味な笑みが張り付いていた。


美乃と凪は急いで園芸部の部室に取って返した。

先程少年が置いた紙包みを確認するためだ。

到着した時すでに紙包みは消えていた。

「失礼します」

美乃はせわしなくノックすると、躊躇ためらわずドアを開けた。

「はい……あら、みなさん?」

百合子の手元には例の包みが開いている。

そこには一輪のバラの花が乗っていた。

「あの……それ」

「え、これ?……また誰かが置いて行ったみたいなの」

眉をしかめて見つめる美乃に、百合子は沈んだ声で答える。

「一体誰がこんな事をするのか……かわいそうに……」

またあの時と同じ台詞だ。

美乃の脳裏に、昨日この場で挿し花を見た時に漏らした百合子の言葉が蘇った。

「あの……それってどういう意味なの?」

我慢できずに美乃が切り出す。

「え?」

「あなたの言う、その……かわいそうって」

ああ、その事……と言いながら百合子はコップに水を注いだ。

「バラはね、挿し花には向かないのよ。切ってしまった後は吸水が難しい植物なの。切り方や切り口の処理などに注意しないとすぐに枯れてしまう。このバラみたいに無造作に切ったものだと半日も持たないわ」

「なるほど、だからかわいそうだと……」

百合子はコップにバラを挿しながら頷いた。

「バラに限らずだけど、私切り花ってあまり好きじゃないの。植物は本来土の中でのびのびと育ってほしいから」

じっとコップのバラを見つめながら百合子はため息をついた。

「これって、何かの嫌がらせなのかしら……」

「あるいは……その逆かもね」

美乃は驚いたような百合子の顔を見ながら言った。

「あなたに好意を持った誰かが、贈り物のつもりでおいたのかも……そしてその人物は、花についての知識に乏しい者なのかもしれない」

美乃の脳裏に、今しがた追跡した少年の顔がよぎった。

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