盗まれた恋文〜その2

「そりゃ知られたくないわよね」

ぼぉっと机上の花を眺める凪に向かって美乃はつぶやいた。

放課後、部活の終わった園芸部の部室に来ていた。

朝霧百合子に話を聴くため待っているところだ。


「好きな相手が教師で、しかも女性なんだから……」

「はあ」

花を見つめたまま凪が生返事を返す。

「まわりに知られたら好奇の目で見られるのは必須だし」

「はあ」

花を見つめたまま凪が生返事を返す。

「しかしこの間の一件といい、うちの学校ってなんでこうアブノーマルな恋愛が多いのかしら」

「はあ」

花を見つめたまま凪が生返事を返す。


「……ちょっと、さっきから『花を見つめたまま凪が生返事を返す』て台詞ばかり続いてんだけど、一体あんた何見てんのよ」

いらいらした調子でツッコむ美乃だったが、いつになく真剣な凪の表情にハッとする。

コイツがこんな様子を見せる時はあんな時だ(いや、どんな時だよ!)

つまり、コイツのフヌケレーダーに何かが抵触した時である。

簡単に言うと何かに気付いたという事だ。

さて、一体何を見つけたんだ……?

「……これ、し花」

「そうよ。バラでしょ。それがどうかしたの?」

白い大輪が一輪、甘い芳香を放っている。

花オンチの美乃でも、さすがにバラは判別出来た。

「……コップに挿してある」

「確かに……特に不審な点は無いけど……」

「不審な点は無い」

「いや、無いのかよ!」

肩すかしを食らって美乃がコケる。

「……でも、このコップ」

「え、コップがどうしたの?」

美乃は穴があくほどそのコップを眺めた。

磨りガラス状のやや大きめサイズだ。

「おおっ!こ、このこ、コップは……も、もしや!?」

「いや、意味の分からん動揺はいいから……このコップがどうしたって?」

「家にあるのと一緒」

ボムっ!!

美乃のボディブローが炸裂した。

「そんなこったろうと思ったわ。あんたのせいで240字ほど文章無駄にした。どうしてくれる!」

腹を押さえ机に突っ伏す凪に美乃は怒声を浴びせた。


「お待たせしました」


ふいに鈴が転がるような美声がした。

反射的に振り向くと、ロングヘアで痩身の美少女が戸口に立っていた。

瞬時に体勢を立て直した美乃と凪は、揃って愛想笑いを浮かべた。

「……どうかされましたか?」

美少女が小首を傾げる。

「あ、いや……ちょっと挿し花が……いいなと……」

ふざけていたとも言えず、美乃は言葉をにごした。


「ああ、それですか……」

それだけ言って、美少女は顔を曇らせた。

「実はそれ、先程部室の鍵を開けに来た時に戸口の前に置かれていたんです。花束みたいに綺麗に包装されて……かわいそうに……」

不思議そうに見つめる美乃に気付き、少女はハッとしたように顔を上げた。

「それより遅くなってすみません。私、朝霧百合子と申します」

美少女――百合子は綺麗な挨拶と綺麗なお辞儀をした。

「こ、これはご丁寧に」

美乃もつられて頭を下げる。

ついでにトーテンポールのように突っ立つ凪の頭も押さえ込む。

「紀里香からお噂は伺っております。こういった事件にはお詳しくて、たちどころに解決されてしまうとか」

尊敬の眼差しを向ける百合子に、美乃は言葉を詰まらせた。

やっぱり名探偵にされてしまってる!?

あの野郎ぉ(紀里香)

一体私たちの事をなんて言ったんだ……

「いえ……それほどでも……」

返答の言葉が思いつかないので、とりあえず肯定しておく。


「えっと……ところでその件なんですが」

「あ、気がつかなくてすみません。どうぞ敬語はおやめください。同級生ですものね。」

はっとした顔で百合子は言った。

「私の事は百合子で結構ですから。お二人のお名前は矢名瀬美乃さんと、そちらは……えっと……」

百合子の視線に気付いた凪が眠そうな目で振り向く。

「はぁ」

「あら、変わったお名前ね」

「いやいや、こいつは……彼は滝宮凪と言います。凪でいいです……いいわよ」

美乃は慌てて訂正した。

いきなり敬語なしと言われても、この女性の放つ【育ちの良さオーラ】にあらがうのは至難の業だった。


「実は少し確認したい事が……あるの。一つはあなたが中座した時の状況なんだけど……どれくらい部屋を空けてたの?」

美乃の質問に百合子は宙を睨んだ。

「そうね、だいたい……五分くらいかしら」

「部屋を出る前にもデータは上書き保存したの?」

「ええ……そもそも私、パソコンはあまり得意じゃないの。ローマ字入力も見様見真似だから、一つ一つの単語を打つにも時間かかっちゃって……間違って消してしまったら困るので、少し入力しては上書き保存するようにしてたの」

「なるほど。それならあなたが誤って削除した可能性は無さそうね。そうなるとやはり第三者が介入した線が濃厚だけど……」

美乃は顎に手を当て思慮にふけった。


「もしかしたらあなたが戻って来た時、データを消した犯人はまだ近くにいたかもしれないわね。そんな短時間でパソコンの中身を確認して、データ削除した後遠くまで逃げるのは不可能だから」

「本当に!?なんだか怖いわ」

百合子は両腕を抱えると声を震わせた。


「……守ります」


突然のヒーロー発言に美乃と百合子がハッとして振り返る。


「……ハーブなどの有用植物は害虫などからバラを守ります……か……なるへそ」


いつの間に見つけたのか、凪が植物図鑑らしきものを片手に一人頷いている。

「なるへそじゃないわよっ、ややこしい独り言言うんじゃないわ!」

美乃の叱責に凪はあたふたと本を閉じた。


話しの腰を折られた美乃は、肩をすくめると再び百合子の方に向き直った。

「もう一つ確認なんだけど……これはプライベートな事なので答えたくなければ別にいいから……そのデータってラブレターの下書きだと聴いたんだけど……どんな内容だったのかな」

さすがの美乃も事情をかんがみ、やや遠慮がちに尋ねた。

たちまち百合子の顔が真っ赤に染まる。

「勿論、他言する気はないから安心して。私たちはただ真相が知りたいだけだから」

慌てて美乃がフォローする。


百合子は美乃と凪の顔を交互に見つめてから、しばし沈黙し、やがてポケットから何やら取り出した。

それは一通の手紙だった。

「紀里香が信用しているなら、私もあなた方を信用するわ。おっしゃる通り、私が書いたのはある人にあてた恋文よ。その人が誰かもすでに紀里香から聴いてると思うけど……」

美乃が小さく頷く。

「下書きが消えちゃったからその通りには書けなかったけど、思い出しながら何とか書き上げた。どうぞ、読んでみて」

「見てもいいの?」

目を丸くする美乃に百合子は同意の笑みを浮かべた。


手渡された白い封筒に宛名は無く、封もされていなかった。

美乃はちらりと凪の方に視線を向けた。

フヌケ大先生、今度は事務机に広げられた包装紙を眺めている。

どうやらバラが包まれていたもののようだ。

美乃はしば躊躇ためらった後、思い切って中に手を入れた。

薄青い便箋が一枚。

美しく優しい文字が、印字したかのように整然と並んでいた。


そこには恋する少女の真摯しんしで真剣な想いが切々とうたわれていた。

読んでいるこちらまで胸が熱くなるような文面だ。

そして最後はこう締め括られていた。


『私は貴方の花をみる姿に心奪われました。

いつまでもお慕いしております』


美乃はそこまで読み上げると、一度ため息をつき、ほんのりと顔を赤らめる百合子に戻した。

この少女の想いは紛れもなく本物だ。

「話してくれてありがとう。今確認すべき事はこれくらいかな。とりあえず一旦状況を整理して……」

言いかけた美乃の言葉が途切れる。

その視線の先には、明らかに先程とは異なる凪の姿があった。


爛々と輝く瞳が見つめているのは、今しがた眺めていた植物図鑑と机上に鎮座する一台のパソコンだった。

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