盗まれた恋文~その1

「あん、フーちゃん、どおしよー」


鼻に掛かったセクシーボイスで女子が飛び込んで来た。

隣のクラスの浜野紀里香はまの きりかだ。

昼食後の安眠を満喫していた我らがフヌケ大王・滝宮凪たきみや なぎの襟首を掴むや、ぶるんぶるんと揺さぶった。


「ねー、どしたらいいと思う?フーちゃん。ねーてば」

「はっ、あっ、はっ、あっ、はっ、あっ……」

おかげでいつもの「はぁ」が演劇部のボイストレーニングのようになっている。

「ち、ちょっと待ちなさい!紀里香ったら……」

矢名瀬美乃やなせ よしのは一喝すると、白目をく凪からやっとの事で引きはがした。


「一体なんなのよ……てか、フーちゃんて何?フーちゃんて」

「あら、この人フヌケだからフーちゃんて呼ぶ事にしたの。アダナで呼び合うとなんか恋人みたいでしょ」

そう言うと紀里香はポッと頬を赤らめた。

「いや、フヌケがこいつの本名じゃないし。アダナをアダナで呼んでどうすんの」

「ちょっと何言ってるか分かんない」

「あ、あんたねぇ!」

ペロっと舌を出し意地悪げに笑うその仕草に、美乃はため息をつくしか無かった。


浜野紀里香とはある事件をきっかけに友人関係にあった。

(「片想いの肖像編」ご参照)

以来どういう訳か凪の事を気に入った様子で、事あるごとにやって来てはチョッカイを出している。

美乃は気が気ではなかった。


いや、別に凪の事などどうでもいいのだが……

なんか……

無性に……

腹が立った。


「あんたもになってないで、何とか言いなさい!」

「キュウリはパパ」

ペシっ!!

美乃の平手打ちが凪の後頭部に炸裂する。

「そんな古いギャグ言っても誰も分からんわい!」

凪は頭を撫でながらヘラッと笑いを浮かべた。


「それで一体何があったの」

「おー、それそれ!」

紀里香は大仰おおぎょうな声をあげると、美乃の対面に腰掛けた。

「実は私の親友で朝霧百合子あさぎり ゆりこって子がいるんだけど、その子がちょっとトラブってて困ってるのよ」

「ち、ちょっと待って」

急に真顔で切り出した紀里香を美乃は慌ててさえぎる。

「なんかまた事件ぽい話だけど、私たちは探偵でもなんでもないのよ」

「でもクラス委員でしょ」

「いや、おかしいでしょ。あなたのクラスじゃないし」

「でも生徒会役員でしょ」

「……まあ、それはそうだけど」

「生徒が困ってたら耳をかたむけるのも役目じゃない」

「うっ……」

こいつ、しょーもないところで弁が立つ。

「という事であなたたちに白羽の矢が立ったわけ。いや、頼れる親友持ってあたしゃ幸せもんだ」

いや、親友になった覚えは無いのだが……

感涙かんるにむせぶフリをする紀里香を見て、美乃は大きくため息をついた。

「仕方ない、分かったわよ。とにかく話してみて」

してやったりとガッツポーズをし、紀里香は話し始めた。

美乃はちらっと横を見る。

お約束通り、すでに凪は口を開けて夢の国へと旅立っていた。


「事の起こりは昨日の朝、一緒に通学していた百合子が私に一通の手紙を見せたところから始まった」

芝居掛かった口調で紀里香が切り出す。

どこからか扇子を取り出している。

「彼女が言うには、それは夜も寝ずしたためた恋文とのこと。ああ、なんと乙女ちっくなことか!ペンペン!」

紀里香は膝で扇子を打つと、語尾に節を付けてうなった。

「ちょっと、そういうのいいから普通に喋ってくれない」

「ちっ。せっかく盛り上げようと思ったのに……」

美乃の冷めた口調に、紀里香はすごすごと扇子を引っ込めた。


「しかし手書きのラブレターとは今どき珍しいわね。最近じゃメールやSNSで済ます人が多いのに」

感心したように美乃が呟く。

「彼女考え方がわりと古風なのよ。物腰もおしとやかだし……私と一緒で」

いや、違うだろ。

「スマホの連絡では相手に失礼だと思うらしい。礼儀正しいのね……私と一緒で」

だから違うって。

「顔やスタイルだっていいのよ……わたしと」

「はい、一緒一緒!……分かったから先に進んで。そのラブレターがどうしたって?」

しびれを切らした美乃が眉をしかめてうながした。


「問題なのはラブレターじゃなくて、そのの方なの」

「下書き?」

美乃が不思議そうに問い返す。

「ええ、彼女真面目だから納得する文章になるまで何度も下書きして練習したらしい」

「まるでどっかの小説家ね。原稿用紙を丸めてる光景が浮かびそう」

「まさか。紙がもったいないから、さすがにそこはパソコン使ったわよ」

なるほど……

大和撫子やまとなでしこといえど文明の利器は活用するか。

漢字変換も勝手にしてくれるから、まあその方が楽と言えば楽だけどね。


「実は彼女パソコン持ってないのよ。だから部活終わって皆が帰った後で部室のパソコンを使ったらしいわ」

「何部なの?」

「園芸部。書類作成用に一台だけ置いてある」

園芸部か……苦手だな

花の名前などほとんど知らない美乃にとってはまさに未知のクラブだった。


「やっと下書きが出来たところで、お手洗いに行ったらしいの。ところが戻ってみると

紀里香がここぞとばかり真剣な眼差しで言い放つ。

「中座する時、パソコンは消して出たの?」

「誰かに見られないよう、ディスプレイの電源だけ落としたらしい」

「その際に誤って自分で消してしまったのでは?」

「それは絶対無いと言ってた。上書き保存はこまめにしてたから。どう考えてもとしか思えないって。実際校内にはまだ沢山生徒が残ってたし、彼女がいない間部室の鍵は開いたままだったから、あながち否定は出来ないのよ」

そう言って紀里香は肩をすくめた。


「彼女ホントにどうしていいか分からない様子で親友の私に相談してきたの。ラブレター自体は書き上げたけど、誰がなぜそんな事をしたのか分かるまではとても渡せないって……それに彼女が一番心配しているのは、その内容がもし外に漏れたら相手の人に迷惑がかかってしまうということ。そんなことになったらとても学校にいられないと泣いてたわ」

淡々と語る紀里香の表情が次第に曇り始める。

たまに馬鹿な事は言うが、友だちを思う心はホンモノのようだ。

美乃は少し見直した気分になる。


「それにしても、百合子さんてかなり心配性なのね。実際付き合うことになれば嫌でも知られてしまうだろうし、仮に断られたとしても『じゃ友だちで』で済むんじゃないの。今時の高校生ってそんなもんでしょ」

「言い方はオバサンぽいけど、まあ確かに普通はそうね」

「え、それってどういう意味?」

美乃は不思議そうに首を傾げた。

「彼女の場合はってことよ」

「…………?」

「問題はラブレターの相手なの」

「一体誰に渡すつもりなの?」

紀里香はそこで一旦言葉を切ると、美乃の顔を食い入るように見つめた。

目がマジだ。


「相手は園芸部の顧問教師……秋月あきづきよ」

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