片想いの肖像~その7

翌日の放課後、教室の後片付けをしている美乃と凪の元に、涙と鼻水にまみれた紀里香が飛び込んで来た。


「ひ、ひゃんで……ひゃんでおぉっ!」


「な、何!?ハンデがどうしたって……」


美乃が驚きの余り握っていたチョークを十本ほどへし折ってしまった。


「うぅ……ひゅえが……うぅ……ひゅえが……」


美乃が紀里香を椅子に座らせ、深呼吸してやっと『うぅひゅえ』が『祐介』であると判明した。

「祐介が突然……別れたいって言ってきた……」

口にハンカチをくわえながら声を震わせる。

「…………!?」

それを聞いて美乃はごくりと喉を鳴らした。

昨日の鷹崎祐介との会話が脳裏に蘇る。


あの後、美乃の強烈な一発を食らった祐介は、怒りもせず去って行った。

不敵な笑みの中に微かな影を落としながら……

山広智也とその後どうなったかは知らない。

紀里香に別れを告げたのは、もう必要性が無くなったということだろう。

勿論、紀里香には話していないし、話す気もない。

今回の件で一番被害をこうむったのはこの女子だからだ。


信じていた相手には裏切られ、ストーカー被害まで受けて……


全く、とんだ片想いだったわね……


「それは……残念ね」

かける言葉の見当たらない美乃は一言だけ呟いた。

「きっと女よ!他に好きな子ができたんだわ。ね、そうでしょ!」

とも言えず、ただ頷き返すしかなかった。

「あの浮気者っ!……いいわよ、あんな奴こっちから願い下げよ。私もさっさと新しい人見つけて乗り換えてやるから。今に見てなさい!」

気持ちの切り替えの早さは、さすが今時の女子高生というべきか。

天井を睨みながら、ぶつぶつと数人の男子の名をつぶやき始める。

その様子に美乃は思わず吹き出しそうになった。

どうやら大丈夫そうだ。


「あら……あなた……」

こちらに視線を戻した紀里香が、唐突に凪の顔を覗き込む。

「よく見ると、悪くないわね……」

「ひゃ、ひゃぁ……」

突然のご指名に、いつもの『はぁ』が悲鳴に変わっている。

「あなた……滝宮君だったわよね。今彼女とかはい……」

「いませんっ!」

本人より先に美乃が答える。

その勢いに紀里香は一瞬たじろぐが、やがて何か悟ったように目を細めた。


「ふうん、そっか……なるほどね……」


おいおい、なんだその目は!?


なんかとんでもないこと考えてないだろな。


美乃の胸にいやな予感がよぎる。


「じゃ帰るわ。お邪魔さま♪」


いや、ちょっと待て!


なんだ最後の『♪』は?


「浜野さん!何か勘ちが……」

美乃の言葉が終わらぬ間に、紀里香はさっさと教室から出て行ってしまった。


しまった……


なんであんなこと言ってしまったのか。

つい無意識に口走ったのだ。

だがそれは……別に……決して……深い意味は無くて……


美乃は自分の顔が湯たんぽのごとく火照ほてるのを感じた。


私はただ、事実じゃないから否定しようと勢いで……

そうよ、勢いよ……


「……だから、勢いなんだからね!」


主語が無いので意味不明だが、とにかく念押しだけはしとかないと。

真っ赤に染まったしかめ面を凪に向ける。

だが肝心の凪は聞いてはいなかった。

よく見ると机に座ったまま気絶している。

紀里香に言い寄られたのが、よほどショックだったらしい。

恋愛に免疫が無いとこうなるのか。


相手が私でも気絶するのかしら……


小さくため息をつくと、美乃は凪の肩に手を置き静かに揺り起した。

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