勇者あああんっの冒険

青水

勇者あああんっの冒険

 彼の名前は『あああんっ』。勇者である。


 もちろん、その喘ぎ声じみた名前は自分でつけたものではない。彼を操るプレイヤーなる存在が、ふざけてそう名付けたのだ。腹立たしい。当初の予定であった『ああああ』でさえ、適当過ぎて嫌だったというのに、まさか自分の名前が喘ぎ声になるだなんて……。いや、『あああんっ』を喘ぎ声と捉えている自分がおかしいのか……?


 彼は町の入口付近にいる女に話しかけた。ナンパ待ちをしているみたいに、じっとその場に立っている。おかしな町娘だ。


「あら、あなたは勇者あああんっ。ここは『始まりの街』よ」


 話の途中で突然喘いだように聞こえて、なんだかひどくむらむらしてきた。まるで服の中に何かを仕込まれ、遠隔操作をされているみたいに見えた。

 しかし、この世界は全年齢対象である。性描写とは無縁の世界観だ。勇者も純真無垢であるべきなのだ。そうでなくてはならない。


 彼が大通りを歩いていこうとすると、勝手に町娘が話し出す。


「チュートリアルなら、町の中央にある冒険者ギルドで受けられるわよ」


 どうやら、チュートリアルなるものを受けざるを得ないようだ。すべてを無視して町から立ち去るのは、不可視の力によって封じられている。


「頑張ってね、あああんっ」


 喘ぐな。

 ……ところで、どうしてただの町娘が、彼の名前を知っているのだろうか? 勇者の存在と名前は世界的に有名なのだろうか? 

 もしそうだとしたら、『あああんっ』という彼の名前をどう思っているのだろうか? きわめて自然に受け入れているのか……?


 彼は冒険者ギルドへと向かった。


「よく来たな、勇者あああんっ。儂はこの冒険者ギルドのギルドマスターじゃ」


 老人が『あああんっ』と言うのは、聞くに堪えないものがあった。もちろん、老人口調のロリババアなる存在ではない。精悍な顔立ちをした歴戦の猛者である。


「おい、あああんっ。あああんっ。聞いているのか、あああんっ?」


 怒涛の喘ぎであった。おじいさんの喘ぎなど聞きたくない。メンチ切っているのだと思うことにしよう。

 彼は大きく頷いた。


「よし。勇者あああんっよ。今からチュートリアルを始める。チュートリアルは何回でもできるから、わからなかったら繰り返すように」


 どうして、魔王を倒す旅をする勇者が、基礎的な戦闘訓練を行わなければならないのか、甚だ疑問である。ろくに戦闘したことがない男が勇者で大丈夫なのか。


 面倒だったので、彼はチュートリアルをスキップした。


「これでチュートリアルは終わりじゃ。あああんっよ、これを受け取るのじゃ」


 そう言って、ギルドマスターは薬草とポーションを渡してきた。

 ただでくれるようだから、ありがたくいただいておく。とても親切なおじいさんだ。彼が勇者だから、こんなにも親切にしてくれるのだろうか?


「頼んだぞ、あああんっ。どうかこの世界を救っておくれ」


 彼は頷いた。

 頷くことしか、彼にはできない。口があるからといって、言葉を発せられるとは限らないのだ。


 冒険者ギルドではクエストを受注することができるようだ。魔王を倒すための旅をしなければならないのに、悠長にクエストなんてこなしてもいいのだろうか? 魔王は自ら攻めてこようとはせず、魔王城の自室で彼が訪れるのを待っているのかもしれない。


 冒険者ギルドではまた、仲間の紹介も行っているらしい。冒険者ギルド内の酒場に行くと、彼の仲間になりたい者が話しかけてくるらしい。

 一人では心細いので、酒場で仲間を集めることにした。


 酒場なので酒を飲んで酔いたかったが、全年齢対象ということもあってか、飲むことは許されなかった。泥酔した勇者など誰も見たくないからか。


「私、メルル。魔法少女なのっ。よかったら、パーティーに加えてください!」


 かわいらしい女の子が話しかけてきた。

 外見的に10歳前後だが、こんな幼い少女に戦わせるのは、児童虐待にあたらないのだろうか? 両親は一体どういうつもり――いや、触れてはいけない闇があるのかもしれない。考えてはいけない。

 彼は頷いた。


「わあい! ありがとう、あああんっ!」


 声が大きい。

 こうして、魔法少女メルルが仲間に加わった。


 できれば、後二人ほど仲間が欲しい。ステータスが高い仲間だとなお嬉しい。ちなみにメルルのステータスはかなり高かった。当たりである。


「よお。俺はダイン。職業は戦士だ。仲間に入れてくれや」


 マッチョな大男だった。ステータスを見てみる。外れだ。戦士なのに魔法少女のメルルとそう変わらない攻撃力だった。マッチョの大男と小さな少女が同程度の攻撃力? どう考えてもおかしいが、気にしないでおく。


 彼は首を振った。

 ダインは悲しそうな顔をして去っていった。


 その後、メルルのステータスを基準として仲間の選定を行った。仲間ガチャである。仲間探しだけで一時間以上かかってしまった。


 勇者あああんっ。

 魔法少女メルル。

 戦士アマンダ。

 神官アデル。


 彼以外女性のハーレムパーティーが完成した。


 勇者あああんっを先頭に、四人が一列になって歩く。これは決して男尊女卑的なものではない。勇者が先頭でなくてはならないシステムだからだ。一列で歩いているのも不自然な光景だが、町の人々はまったく気にしていないように見える。


 四人は『始まりの街』を出て旅をした。草原にはモンスターがうようよいて、彼らと衝突すると戦闘となる。モンスターは魔王の眷属である。そんな奴らがそこら中に生息しているのに、まだ魔王に世界征服されてないのが不思議だ。


 モンスターを倒すと、金やアイテムが手に入る。アイテムはともかくとして、金はどこからわいてくるのだろうか? 気にしないでおこう。


 手に入った金で武器やアイテムを買い、宿屋に泊まる。もちろん、四人全員が同じ部屋である。狭いだけではなく、いろいろと大変だ。彼以外の三人は女なのだ。欲望がむらむらとわき上がってくる。しかし、この世界は全年齢対象なので、何もすることはできない。欲望を必死に抑え込む。


 翌朝、「ゆうべはお楽しみでしたね」などと宿屋の主に言われたが、当然楽しむことなどできなかった。腹が立ったので殴ってやろうと思ったが、まさか勇者が暴力行為をするわけにはいかない。ぐっと堪えた。その代わりに、宿屋の壺をすべて割ってやった。


 旅の中でモンスターに殺されることもあった。しかし、すぐに教会で復活することができる。この世界は勇者パーティーにはとても優しいのだ。


 早く魔王を倒したかったが、いつまでもモンスターを狩っていて、一向に魔王城にたどり着けない。しかも、金属質なモンスターばかりを狩らせられる。奴らは恐ろしく硬く、逃げ足が速い。よって、なかなか倒すことができずストレスが溜まる。


 一体、どれほどの時間が経過したのか。ようやく、魔王城までたどり着いた。これが最後の戦いだ。魔王を滅ぼせば世界は平和になるのだ。


 魔王城というダンジョンを攻略していく。モンスターを片っ端から倒していき、すぐに最上階へとたどり着いた。魔王の居室に入ると、奴は椅子に座ってくつろいでいた。


「フハハハハ。よくぞここまで来たな、勇者あああんっ」


 恐ろしい形相をした魔王も、情けなく喘いでいる。


「我が直々に相手をしてやろう。魔王の力を思い知り、絶望するがよい」


 そして、ラストバトルが始まった。

 三人の仲間たちがそれぞれ一回ずつ攻撃を行う。魔王は避けもせず、攻撃が来るのを待ってくれている。マゾヒストなのかもしれない。

 三人の後で彼が攻撃を行おうとすると――。


「ぐああああああっ!」


 と、魔王が叫んだ。


「くくく……なかなかやるではないか、あああんっ」


 なかなかやるではないか、と言われても困る。彼はまだ一度も攻撃してなかった。

 魔王と戦う前に磨き上げた聖剣は、いまだ汚れ一つない。魔王を倒すためには、聖剣が必要なはずなのだが……。


「だがしかし、我はまだ本気を出していないのだよ……くくく……」


 魔王の姿がよりグロテスクなものへと変化していく。

 第二形態である。

 変身している間に攻撃を行おうと思ったが、なぜか体が動かなかった。変身を遂げた魔王は恐ろしく強そうだ。


「どうだね、あああんっ。我の真の姿は?」


 尋ねられても、答えられない。

 黙って頷く。


「ハハハハ、恐怖で声も出せないか」


 魔王が笑うが、誰も反応してくれない。

 仲間たちは油断なく、それぞれの武器を構えている。


「さあ、絶望の果てに死ねえっ!」


 そして、再びバトルが始まった。

 勇者より身軽な仲間たちが、それぞれ必殺技を放つ。当然のように、三発とも魔王に命中。その後、ようやく自分の番が回ってきたと思ったが――。


「ぐああああああっ!」


 再び魔王が叫んだ。


「くそぉ……この我が……人間ごときにやられるなんて……いや、まだだ。まだ我は死なぬ。死なぬぞおおおおおおお!」


 魔王が一人で盛り上がっている。

 咆哮とともに、肉体が半液状化して、巨大な異物へと変化を遂げる。この世界は全年齢対象なのだが、ここまでグロテスクな姿は許容されるのだろうか……?


「ホロボス、ホロボス。コノヨノスベテヲホロボシテヤル」


 言葉が読み取りづらい。もう少し、どうにかならなかったのか。


「アアアンッ、コロシテヤルウウウウウ!」


 西洋っぽい発音で、魔王が今度こそラストバトルをしかけてきた。

 当たり前だが、最終形態が一番強い。どうして、勇者相手に出し惜しみしていたのか。盛り上がり重視ということか?

 仲間たちがそれぞれ最強の必殺技を放つ。さすがに、今度こそは自分の番が回ってくるはずだ、と思ったのだったが――


「アアアアアアアアアアアアアアア……」


 魔王のくせにとても弱かった。

 こんなにもあっさり倒してしまったのは、やはりレベル上げのしすぎが原因だろう。しかし、これは自分のせいではない。レベリングを好む慎重主義なプレイヤーのせいだ。


 魔王を倒すために必要だ、と渡された聖剣は、一度も魔王に使用されることはなかった。聖剣を引き抜いたから、彼は勇者になったというのに……。


「あああんっ、あああんっ……。聞こえるか、あああんっ……」


 魔王が最後の喘ぎをみせた。


「あああんっ、俺だよ……ジョセフだよ……」


 ジョセフ。

 それは彼の幼馴染の名前だった。


 魔王の正体が、実は幼馴染だった――。

 意外なようでいて、ありがちな展開のように思える。詳しくは説明されないだろうが、魔の力に取り込まれて魔王となってしまった、といった感じの展開か……。


 しかし、年齢的にジョセフが魔王だった、という展開はあり得ない。矛盾が生じる。細かい矛盾は無視して、衝撃を重視した形なのだろうか……?


「俺はあの日――」


 そこから、ジョセフの長々とした独白が展開された。


 魔王を倒した余韻に浸りたかったのに、ジョセフが邪魔をしてくる。彼は独白をまともに聞かなかった。仲間たちは顔に手を当てて、衝撃を受けている。ジョセフのことなんて何も知らないのに、どうして彼らはそんなにショックを受けているのか。


 独白は10分以上続いた。


「――俺を倒してくれてありがとう、あああんっ。さよ、なら……」


 そして、ジョセフは消えた。

 ――と同時に、音楽が流れる。


 崩れ去る魔王城から場所が変わって、王都の通りである。魔王を倒した英雄たちの凱旋に、押し寄せた人々が大いにわいている。


「「「「「「「あああんっ! あああんっ! あああんっ! あああんっ! あああんっ!」」」」」」」


 群衆が喘いでいるように聞こえて、彼は眩暈がした。


 彼らの前面にずらずらと文字が表示され、流れていく。この後、国王から褒美をもらって、姫に求婚される展開が待っている、と。

 そう思ったのだったが――


 それらはスキップされ、気がつくと『始まりの街』に戻っていた。


 プレイヤーはもう、どこかへ消えてしまった。他の世界へと行ってしまったのだろう。彼はもう、勇者『あああんっ』ではなくなっていた。何者でもない。


 自分に名前をつけてくれるプレイヤーが現れるのを、彼は『始まりの街』の入口でただじっと待つのだった――。


 



 

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勇者あああんっの冒険 青水 @Aomizu

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