ティー

 音楽をやらなければ僕の人生は全部嘘っぱちになってしまう。


帰宅直後の居間の匂いはあまりに穏やかで、麦茶と氷の音が響く。音。実家の近くには火山がある。理論上いつ噴火してもおかしくはない。そうなったら一帯は灰に埋まる。

音楽をやらなければ僕の人生は全部嘘っぱちになってしまう。そうなる前に僕は地元を去ることに決めた。


考えてみれば家を出なくても音楽はできたかもしれない。これだけインターネットが普及した世界で、どこに身を投じる必要があるのだろう。頭の中だけを放り出していれば、あとはクオリティと売り込み方でどうにでもなる。今になって気づいた。僕はただ火山が怖かったんだ。


火山が噴火する危険性があることもそうなったらどうなるかも僕は知らなかった。いや、知識としてわかっていたが、その事実が僕たちの生活へ実体を持って関わることはなかった。あの街、あの火山の周りに住んでいた誰もがそうだった。住んでいるのだから仕方ない。


不安や恐れが無いと創作はできないと誰かが言った。それは嘘っぱちだった。今の僕は何一つ変わらずいつの間にか生み出している。


帰宅する。一人暮らしの家の中は空気が湿っている。換気をする。伸びをする。空気が変わる。秋風が窓から忍び込む。僕はPCを開いて制作を始める。


取り組んで取り組んで日差しが傾く、窓からの風に吹かれて思い出す。開けていたんだった。

喉が渇いていることを思い出す。

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掌編小説集 魚pH @64pH_

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