パンおいし

 ああ、腹が立つ!

僕は手に持っていたフランスパンを完全にへし折りフラストレーションを開放した。こうでもしないとやってられん。あいつの言動には手を焼いても焼き切れないのだ。

あいつが何をしたかって、連絡もなしに遅刻するし、売り物のパンを勝手に食べるし、挙句に「働いてるんだから一個くらい食べてもいいじゃん」とか言い出すし、とにかくそんな感じの話が多すぎて他に何があったかなんて忘れたが、どうすりゃいいんだよ!そんな彼はバイトで新入りの彼なのだがそうした彼はそう彼は店長である僕に対してそんな態度で困った、こりゃ店長としてはしっかりビシッと言ってやらねばなるまい。

「おい新入り、今日という今日はアレだぞほんとに!」

新入りが応える。

「あれってなんすか」

「とにかくあれなんだよ!もー!!」

僕は手に持ったフランスパンを振り回した。


---


俺は最近パン屋で働き始めた。そのパン屋の店長がどうにも変人で困る。いや、変人なだけならその種類によってはまあ良いのだが微妙に扱いに困るような変人なんだ。具体的には、なんか、話しかけてくるし、話しかけてくる割には話が要領を得ないのだ。

なんか、あれなのかな。俺のこと好きなのかな。そう思うくらいには話しかけてくるし、話しかけてくる割にはなんの中身もない話なのだ。あれだぞ、「今日天気いいですね」とかレベルの話じゃないぞ。話に本当に芯がないって話話話、っていうかなんか話でもないぞ。ただ勢いで声をかけてきてるだけじゃないかあれ。

「あれってなんすか」

「とにかくあれなんだよ!もー!!」

フランスパンは食べ物だから振り回すのをやめた方がいいですよ、と言おうかと思ったがそんなことを言ってもどうしようもない気がしたからやめた。うん?というか……

「なんでそのフランスパン半分になってるんですか」

「は!?どうでもいいだろ今そんなこと!話聞いてたか!?」

「話とかしてなくないですか」

「話してただろ!フランスパンはムカついて半分に折ったんだよさっき!」

「聞いてないですけど」

勿体無いので半分奪って食べた。むしゃむしゃ。

「あっ何やってんだよ!!」

「え?半分こしようってことじゃないんですか」

俺がとぼけてそう言うと途端に店長は静まり返った。二秒、顔が引き攣ってのち、


「……バカ!!ちげーわ!!!」

と残りのフランスパンを抱えてどっか行ってしまった。


はあ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る