無職め
就職をしたことがないし、卒業もしたことがない。Aはそんな奴だった。のらりくらりとそこらを歩き、伸びをしては体操し、あくびをし、飯を食い、ぐうたらと寝ている。家のものはただ奴には、名前を呼び、ご飯を差し出すだけだった。それ以上のことは望まなかった。そもそも期待もしていなかった。Aがそれ以上にできることなんて何一つないと、その家のものは全員が了解しているようだった。
「なあAに何かさせないのかい」と私は訊いた。その家の長男は私の友人だ。だから彼に訊いてみたのだ。
返ってきた答えはこうだった。
「Aに何をさせるってんだい」
「だって何かした方がいいんじゃないのか。せめて外に出るとか」
「必要ない」
「なんで。健康にも悪いんじゃないのか」
「いや、外に出る方が悪い。何が起こるかわからないからな」
私はここで私の勘違いに気がついた。私はこの家が全体に、Aに対して諦めを持っているのかと思っていた。しかし違う。そのような侮蔑を含んだものではなく、Aに向けられているのは愛情、あるいは束縛、執着、あるいは……
「庇護欲」
と私は呟いた。その家の長男は横目で私を一瞬捉えて、すぐに逸らした。私は続けた。
「大層気持ちいいだろうな。自分では何もできない奴を甘やかして。」
長男は首を軽く横に振った。しかしそれは否定の意味ではなく、単なる彼の癖であると私は知っていた。
「ああ」
彼はそれをわずかにでも興奮した時には必ずするのだ。
「そうだよ。僕は彼のことが愛おしくて仕方ない。この家のものがどうにかしてやらなきゃどうにもならない彼がね。可愛らしくて仕方ないんだ。家の外になんか出すわけがないだろう?」
その気持ちはよく伝わってきていた。彼の口角はみるからに上がっていた。気持ちの悪いほどに。
「でも、ちゃんと運動はさせないといけないよ。キャットタワーを買ってやりなよ」
「ああ、実は来週届くんだ」
Aは先ほどから長男の膝の上で丸まり、ゴロゴロと喉を鳴らしている。
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