3—54 真夏の終わり
【前回のあらすじ】
小説投稿サイトでリユが参加していたユーザー企画の主催者は神田悠真こと香田真由だった。カワサキZがリユであると真由が確信したのは、美那に関するリユの話からだった。そしてリユは自分にとってカッコいい男子と言う真由は、リユが美那のことを好きなのだろうと指摘する。
答えなくていい、っていうのはどういう意味だろう。それに「今日はありがとう」って……。
森本くんが美那ちゃんのことが好きなのははっきりわかったし、それなのに今日はわたしのために付き合ってくれてありがとう、という意味か?
それは違うよ、香田さん。と思ったけど、要約するとそういうことになってしまうのかもしれない。
「俺さ、高校に進学してから、ずっと香田さんに
「ほんと?」
香田さんが悲しげな笑顔を俺に向ける。
「うん。すごく可愛くて、落ち着きがあって、素敵な女子だなぁ、って。こんな
「ありがとう」
「ほんとだよ」
「うん、わかってる。ありがとう」
「だから、終業式の日の駅までの道も、連絡先交換も、そして今日の美術館も、すげえ嬉しかったし、すっごく楽しみしてたんだ」
「うん」
うつむいた香田さんの、綺麗に
「それで、今日はどんな服を着てきたらいいか、ある人に相談したんだ」
「ある人って?」
香田さんが表情のない顔を上げて、俺を見る。
「バイトに雇ってくれたカメラマン。あ、女性だからカメラウーマン? ま、日本語で言えば写真家だけど」
「女の人なんだ?」
「あ、うん。あ、でも、もうひとりガイド役の男の人も一緒だったけどね」
「へぇ」
「そのカメラマンに相談したら、憧れの女子とデートするなら——あ、デートっていうのはその人の解釈だけど——美那との関係をしっかり考えた方がいい、って言われて。つまり、幼馴染とはいえ異性だから、いままでの関係が変わるんじゃないか、って」
「うん。それで?」
「それで、いろいろ考えて……」
やば、これじゃ、美那のことが好きだって気づいたって話になっちゃうじゃん。もっとも香田さんはもうすっかりわかってしまっているようだが。
「それで?」
「……うん……」
俺はそこから先、なんて続けていいか困ってしまう。
「わかった。ありがとう」
「え?」
「森本くん、自分じゃ気付いてないんだろうけど、結構
「え? え、そんなつもりじゃ」
「でも、誠実だし、優しい。だからかな?」
「え?」
香田さんが俺に笑顔を向ける。けど、それ以上は言わない。
「そろそろ帰ろうか?」
「そうだね」
香田さんが静かに立ち上がる。俺もそれに続く。
「ねえ、お願いがあるんだけど」
香田さんは俺に向き合うと、作ったような笑顔を浮かべる。
「なに? 俺にできることなら……」
「あの、この歩道が終わるまででいいから、恋人つなぎしてほしいの」
「え、俺と?」
「森本くん以外、いないじゃない」
香田さんはそう言って、小さく笑う。
「あ、うん」
「いい?」
俺は迷う。香田さんの意図はわからないけど、付き合うつもりのない香田さんと恋人
「やっぱり、イヤ?」
「嫌じゃないけど」
「けど?」
「なんか、いいのかな? とか」
「森本くんの気持ちはわかってるし、それでも一度してみたかったの。ダメかな?」
俺の気持ちはわかってる、か……。
やっぱ俺、香田さんにひどいことしちゃったのかな? 今日はキャンセルした方が良かったのかな?
「うん。じゃあ」
俺は緊張で少々汗ばんだ手のひらをチノパンで軽く
「ありがとう」
香田さんは一度普通に手を繋いでから、するっと指を
美那とは違うほっそりとした指だ。
俺は香田さんの歩調に合わせて、ゆっくり歩く。
何も喋らない香田さんを時々ちらりと見る。
香田さんはまっすぐ前を向いている。
柔らかな潮風が香田さんの黒髪をたなびかせる。香田さんは顔にかかった髪を空いた左手で無意識のように直す。
まさかこんな
人生ってそういうもんなのかな?
リゾートホテルの海側に作られた
右手には東京湾がぐんと広がっている。こうして水際近くで見ると、美術館の屋上から見た時と違って、東京湾がずいぶん広く感じられる。
少し行くと左に曲がる。海から遠ざかっていく。
そこからほんの2、3分で歩道は終わる。
車道まで来ると、香田さんがそっと指を
なんか、真夏まで一緒に終わってしまったような気分。
ふっと互いの視線が合う。
わずかに浮かべた笑みの中の
どちらからともなくその気まずい視線を
バス停に向かって歩く。
バスを待つ間も、バスに乗ってからも、ずっと無言。
窓側の席の香田さんは、
こんな気持ちにさせてしまったのは俺だし、俺から話しかけることも
香田さんがようやく口を開いたのは、電車が香田さんの乗換駅に着いて、ホームに降りてからだ。
俺はそのまま乗って行ってもいいんだけど、そういうわけにもいかない。
「森本くん、今日はどうもありがとう」
「ああ、うん。俺の方こそ、ありがとう」
無表情の香田さんが俺をじっと見る。
「なんか、髪型、おしゃれになったよね?」
「え、あ、これ? 実は生まれて初めて美容院で切ってもらった」
「へぇ、そうなんだ。よく似合ってる」
「そうかな? ありがとう」
「……でも、なにもない夏よりいいよね?」と、香田さんが
「……」
俺はなんて答えていいかわからない。わからないことだらけだ。
「じゃあ、また、学校で」と、香田さんが笑顔を作る。
「あ、うん。学校で」
「じゃあ」
香田さんは小さく手を上げてそう言うと、くるっと背を向けて、向かいのホームに渡る階段を降りていく。
そのときになって俺は長野のお土産のジャムを渡すのを忘れていたことに気付いた。でも追いかけて渡すような状況でないことくらい俺にもわかる。
香田さんが向かいのホームに上がってくるのが見える。
俺が乗るべき特急がホームに入ってくる。
こういう場合、どうしたらいいのだろう?
判断のつかないまま、俺は電車に乗る。
奥のドアのところに行って、何気ないふりをして向かいのホームを見る。
香田さんが俺に気づく。
俺は軽く手を上げる。
香田さんは悲しげな顔で小さく
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