3—53 墓穴を掘る

【前回のあらすじ】

 美術館を出て、海辺の遊歩道に行ったリユと真由。話の流れで最近変わってきた美那との関係を話すと真由は動揺を隠しきれない。ベンチに座っても沈黙が続くが、真由が唐突に小説を投稿サイトで公開していると打ち明ける。それはリユも投稿しているサイトで、真由はユーザー企画をしたことがあると言い、そこに参加した作品で素敵だと思ったのが、なんとカワサキZの作品だった!



「カワサキZさんっていう作者なんだけど……」

 え……。

 え? ええぇ⁈

 ちょっと待て。

 企画した人の名前はなんだっけ?

 男の名前だったことは確かなんだけど。

 そうだ。神田。神田、なんとか。

 なんか芸能人っぽい名前だった。

「それでね」

 動揺を必死に隠す俺に香田さんが話し掛けてくる。

「それが幼馴染の話で、なんか森本くんと美那ちゃんと似てるな、とか思って読んでたの」

「へぇ……」

 あやふやに反応する俺を香田さんがガン見してる。見なくても気配でわかる。もはや完全にバレている感じが濃厚だ。

「ねえ、森本くん」

「あ、うん」

 名前を呼ばれた俺は香田さんの方を見ざるをえない。

 視線が合うと、香田さんはニコリとする。

「幼馴染同士の恋の話って、特にラブコメとかで多いじゃない?」

「あ、あぁ、そうかもね」

「でも、それはわりとシリアスな感じなの。まだ3話で4000字くらいの連載中の作品だからよくはわからないけど、なんとなくお互いにほんわりおもってる感じが伝わってくるの」

「……へぇ」

 そういや、ルーシーも両片思い的な話って言ってたな……。書いた時はそこまで意識してなかったんだけど。でも今となっては、そういうことだったのかと思い始めている。

「だって、女の子はイケてるバスケ女子で、男の子はちょっと地味だけど自分を持っているような感じの子で、それって美那ちゃんと森本くんと似てるよね?」

「そ、そうだね。まんま、というか……」

「でさ、その作者の人と感想を伝え合ったの」

 うそだろ。あれ、香田さんだったの? てか、名前の通り、男子っぽい文体ぶんたいだったけど……。

 思い出した! 神田悠真かんだ ゆうま

 神田悠真と香田真由。

 かんだゆうまとこうだまゆ。

 確かにちょっと似てる。神田の神は神戸こうべこうだし、真由をひっくり返せば、ユウマと読める。

 ペンネームも男の名前だし、自己紹介欄も「都市部の私立高校に通う高2男子です」とかだったし、感想も男子目線だったし、小説も男主人公だったし、完全に男子と思い込んでた。

 神田くんの感想は、「ふたりの行く末が気になるとても静かで落ち着いた素敵な小説ですね。あんなカッコいい幼馴染女子に思いを寄せられる主人公がうらやましいです。お互い完結目指して頑張りましょう」とか、そんな感じだった。

「そうなんだ。へぇー」と俺は曖昧あいまい相槌あいづちを打つ。

 香田さんは顔を上げて、前を見る。

 そして小さくめ息をつく。

 目の前には東京湾が広がっている。貨物船がゆっくりと横浜方向に進んでいく。

 ベンチは日陰になっていて、海からの風も吹いているから、暑くはない。

「カワサキゼットって、あれ、森本くん?」

 海の方を向いたまま香田さんが唐突に言う。驚いて振り向いた俺に香田さんが顔を向ける。真剣な眼差しで俺を見つめる。

「もしかして、神田悠真くん?」

 俺は香田さんの問いかけに直接は答えられない。

「……うん」

 香田さんがうつむきながら小さく頷く。

 あー。

「まさかね」と、俺が呟くように言う。

「うん。ほんと、まさかだよね」

 俺を見る香田さんの表情が悲しく微笑む。

「ねえ、もしかして前から俺がカワサキZってわかってたの?」

「ううん。違うよ。そういう可能性もありうるのかなぁとか、ぼんやり思ってただけ」

「え、じゃ、なんで?」

「さっきの美那ちゃんの話で、突然確信に変わった」

「え、美那の話?」

「あ、普段は美那って呼んでるんだ?」

「え、ああ、まあ。幼稚園の頃からの付き合いだから……」

 うー、なんか、すげー言い訳くさい。

「さっき、年に一、二回近所でお茶するくらいとか言ってたじゃない? あれって、小説の中と似てる。それに親の離婚とか。テニス部辞めたのは知ってたけど」

 あー、なんか、墓穴ぼけつを掘った感じ?

「ごめん。隠すつもりはなかったんだけど、他人ひとにはほとんど話してなかったから」

「え、いいよ、それは。わたしだって言ってなかったし」

「うん」

「だけど、ちょっとショック」

「え、なんで? もしかして、もっとカッコいい男子を想像してた?」

「そんなんじゃないよ。わたしにとっては森本くんはカッコいい男子だから」

「え?」

「それに今日、会った時、今までよりもドキドキしちゃった。大人っぽくなってて」

「そうなの?」

「うん。あ、そうか。それでこの間図書室でバスケの本を読んでたんだ」

「ああ、そう。ちょうどあの日から練習を始めた」

「へぇ」

 香田さんの反応がさっきから「ふぅーん」じゃなくなった。それに、今の「あ、そうか」ってどういう意味? 普通に取れば、バスケを始めたからって意味だろうけど、なんか違うような気がする。

 てか、香田さんにカッコいい男子とか言われるとは! どうしちゃったんだ、俺? 香田さんの趣味が一般的な女子とは違うのかもしれないけど。

「去年、1年生の夏頃から、図書室でよく会うようになったじゃない?」

「ああ、うん」

「このひと、なんか話が合いそうだなって感じてて、それで挨拶あいさつとかするようになって」

「ああ、うん。そうなんだ。いや、俺なんか香田さんから挨拶されて、舞い上がっちゃったもん」

「森本くんが先に会釈えしゃくしてくれたじゃない」

「まあ、そうだけど」

「それからなんとなく気になってて、美那ちゃんが幼馴染って話を聞いたから、彼女にも森本くんがどんな人なのか、さりげなく聞いたりして」

「へえ。あいつ、変なことしか言わなかっただろ?」

「え、全然。すっごくめてたよ。地味目だけどいいヤツだし、たぶん隠れた才能を持ってるとか。成績はパッとしないけど、ああ見えて実は自分より頭がいいとか」

「マジで?」

「うん」

 香田さんが真剣顔まじがおうなずく。

 美那のやつ、マジで応援してくれてたってこと? デートの仲立ちをしてあげるって言ってたのも本気だったのか? え、じゃあなんで? なんであんなキスを? いや、でも美那の最近の行動を思い返したら、どう考えても〝俺のこと好き〟行動だよな。

「カワサキZさんが森本くんだとしたらと思うと、わたし、ちょっと複雑な気持ちだった」

「なんで?」

「なんで、って、あれ読んだら、どう読んでも、書いた人は初木はつきって女の子のモデル——もしいたとしたらだけど——のことを好きでしょ」

「そうなのかなぁ」

「そうでしょ。だからわたし、美那ちゃんに微妙に嫉妬しっとしてた」

「香田さんが、俺のことで、美那に嫉妬?」

「うん。まあ、全然確定してたわけじゃないし、まさかそんな偶然あるのかなぁ、なんて思いながらだけど。たまにふたりが話しているのを見ると、なんか独特の空気感を感じたりして」

「え、あんま、学校じゃ話したりしてないと思うけど……」

「話してるのを見掛けたのは、ほんと、たまにで、二、三回程度だけどね。あ、この間の前期試験の結果発表の時に軽く肩を叩いていった感じとかも。あの時は言葉はなかったけど、なんか美那ちゃんの雰囲気とか、森本くんの受け止め方とか」

「そうなの?」

「うん」

 ほんの30秒ほどうつむいていた香田さんが、顔を上げる。

「で、ちょっとズルいかもしれないけど、森本くんがわたしに好意を持ってくれてるような話も耳に入ってきてたし、思い切って連絡先交換とか、今日の美術館に誘ったりとかしてみたの」

 もしかしてそれってやっぱりそういうこと? キジでも猿でも犬でもなかったってことだよな。

「だから、今日はありがとう」

「え?」

 文脈のわからない香田さんのお礼の言葉に俺は困惑する。

「だって、森本くんは美那ちゃんのことが好きなんでしょ?」

 これはなんと答えるべきなんだろう……。

「あ、答えなくていいの。わたしがそう感じたってだけだから」

 俺の逡巡しゅんじゅんを察知したらしい香田さんが先回りする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る