3—42 テディベアとおやすみのキス

【前回のあらすじ】

 鶴岡八幡宮の神事と祭りを観た後、バスケの〝シュート・チャレンジ〟イベントに向かったリユたち3人。そこで美那がリユに3Pシュート賞品のクマのぬいぐるみをおねだりする。受付で書かされた自己紹介文は、自分の順番で読まれることになっていて、なんと美那の紹介文は「ミナ、17歳、カイリーユ、ラブ」。美那とルーシーの2Pチャレンジは失敗に終わり、リユの番が来る。3P1本目は決まり、2本目を投げた!


※1:前回、甘味処でのお箸が話題のシーンで、〝ルーシーが俺に笑いかける〟と書くべきところ、〝ペギーが俺に笑いかける〟と間違って書いていました。お詫びして、訂正いたします。

※2:また、今回からDJのマイクを通したアナウンスは〈 〉でくくることにします。読みやすさのため前後1行空けていましたが、ちょっと間延びしてしまうので。前回の分も同様に修正する予定です。(2020年11月16日:前回分も同様に修正しました)





 綺麗にスピンが掛かって、黄色と青と赤が混じり合ったボールが飛んでいく。

〈おおっ、これもイイ感じで飛んでいくぞ! どうだっ?〉

 しまった! ちょっとだけ長いかも?

 予想通り、わずかに長く、ボールはリングの根元に当たる……。

〈ああっ、ハズしたかぁ? いや? どうだ?〉

 跳ねて、ボードに当たったボールは上方に飛ぶ。

 そして、そのまま、リングの中に落ちていく。

〈おおぅ、入れやがったぜ、カイリーユくん!〉

「っしゃぁっ!」

 俺は思わず雄叫びを上げる。

 周りを囲む参加者から、「ウォーー」と歓声が上がる。

 続いて、拍手の嵐だ。

 美那とルーシーが浴衣のすそが乱れないようにあしでやってくる。すっかり馴れたのか、結構速い。

「すごい、リユ、最高! まじで決めちゃったよ」

 美那がハイタッチを求めてくる。パシッといい音を出して俺はそれに応える。

「リユ、やりました」

 ルーシーともハイタッチ。

 無線マイクを持ったDJが、ブースから立ち上がってゴール下に向かう。そして、俺たち3人を手招きする。

 俺たちが行くまでの短い間、俺が決めたボールを拾って、結構上手いハンドリングを披露ひろう。会場が盛り上がる。

〈いやいや、カイリーユくん、決めたねぇ。気分はどう?〉

「え、いや、まあ、最高っすね」

 マイクを向けられた俺は、緊張気味に答える。こういう目立つのにれてねえの、俺は。

〈これは、ミナちゃんの応援のおかげかな?〉

 今度はマイクを美那に向ける。

 って、DJ、俺はそれだけかよ。

「どうですかね。まあ、気持ちは通じたかと」と、美那が落ち着いて答える。

 こいつは目立つことに馴れてっからな。

〈愛が通じた?〉

「あ、え、そっちじゃなくて、応援というか……」

 急に歯切れが悪くなる美那。顔を赤らめて、うつむいてるし。変なこと書くからだよ、お前!

 だけど、浴衣の美那が頬を上気させていると、まじ可愛い……写真に撮りてぇー!

〈ま、いいや。それにしても、見事なシュートだった。入りそうで、入らなそうで、やっぱり入っちゃうっていう、盛り上がるシュートだったね! で、カイリーユくん、賞品は何がいいかなっ?〉

 そう言って、DJが台の上に並べてある賞品を手のひらで指し示す。そして再び俺にマイクを向ける。

「クマのぬいぐるみでお願いします」と、俺は答える。

〈みんな、聞いたかい? カイリーユくんはクマのぬいぐるみを選んだよ! 実はこれ、本物のテディベア。いや、お目が高い。もしかして、彼女におねだりされちゃったのかな?〉

「おっしゃる通りで……」

〈ヒャー、青春、うらやましいねぇ! それにしても、それを決めちゃうんだからたいしたもんだ! おめでとう!!〉

 スタッフが持ってきたグレーのふわふあのテディベアを、DJが「やったな!」と言いながら渡してくれる。

 やっぱ50cmくらいあって、手元で見ると結構デカい。そしてデカいだけあって、そこそこ重さもある。

 俺がそれを受け取ると、スタッフが「そこに並んでください」と言って、首に掛けてあった一眼レフカメラを構える。

 DJは美那とルーシーの間に入る。俺は美那の左横の端っこ。

 って、俺が主役じゃねえのかよ! ま、ふたりともメチャ可愛いし、仕方ねえか。

「やったぜ」と小さく言いながら、俺は美那にテディベアを渡す。

「ありがとう、リユ。やばカワイ可愛い。ねえ、ふたりでと?」と、美那が耳元でささやく。

 とはいえ、どうやってふたりで持つ?

 で、美那がお尻の方を抱きかかえて、俺が頭の方を支える。

 これって、カメラの方から見たら、まるで赤ちゃんを抱えてるみたいに見えねえか? ま、いっか。

「はい、撮りまーす」

 俺たちのポーズが落ち着いたところで、フラッシュに3回照らされる。

 撮影が終わると、DJが俺のところに来て、「盛り上げてくれて、サンキュ」と言い、笑顔で俺の肩を軽く叩くと、ゆっくりとブースの方に戻っていく。

〈それでは、会場のみなさーん、カイリーユくんと美那ちゃんとルーシーさんに今一度、盛大な拍手をお願いしまぁぁぁすっ!〉

 再びDJがマイクを通して叫ぶと、オォォッー! と野郎どもの盛り上がりに、ピィピィという甲高い指笛の音、そして楽しげな拍手。ミナちゃーんとかルーシーとかいう声が聞こえるから、ほとんどふたりの可愛さに対する喝采かっさいだな。


「楽しかったねぇ!」

 会場を離れて、ゆっくりと3人で歩きながら、美那が嬉しそうに、俺の向こう側にいるルーシーに話しかける。

「はい。めちゃ、コウフンしました!」

 ルーシーがいま興奮冷こうふんさめやらずといった感じで答える。

 なんか知らんけど、「リユはヒーローなんだから真ん中で」というルーシーの提案で、美那とルーシーに挟まれて、しかもふたりから手をつながれて、今、歩いている。人通りはほとんどないけど、外から見たら、まさに〝両手に花〟ってやつだろう。

 ただ、ルーシーは握手するみたいに普通に繋いでるからまあいいとして、美那のヤツ、指と指をからめてきやがる。

 お前、それ、〝恋人つなぎ〟って知ってるよな! 知らねえはずない。

 どういうつもりだよ。まあ、心地良くはあるが……。

 でも、なんか、美那のあたたかくて優しい気持ちが伝わってくる。だからまあ、このままでいっか。

 行きと同じ江ノ電の由比ヶ浜駅に戻る。そこから、時間は少し多めにかかるけど歩きの少ないルートで帰宅。ルーシーは、またまた美那の家にお泊まりだ。浴衣の着替えもあるんだろうけど、すっかり意気投合いきとうごうしちゃったみたいだよな。

 美那の家の前で、預かっていたプレゼントのはしをルーシーに渡す。俺が持って帰ってきたテディ・ベアくんは美那に。もちろんき出しではなく、イベントのスタッフさんが元の箱と手提げ袋に入れてくれた。

「じゃね」と、美那。

「ああ」

「おやすみなさい、リユ」とルーシー。

「グッドナイト、ルーシー」

 なぜか英語で言う俺……。

 ふたりは何やら楽しそうに話しながら、玄関に歩いていく。

 俺はいつもの習慣で、美那が玄関に入るまで、門扉もんぴの前で見送る。

 すると、美那がクマさんの入った手提げ袋をルーシーに渡して、急ぎ足で戻ってきた。

「え、どうかした?」

 俺がちょっと驚いていると、美那は門扉の外まで出てきて、俺の手首を掴むと、車がすれ違えるくらいの幅の道路の反対側まで連れていく。

「明日の木村主将キャプテンとの練習は、区立体育館に5時前に行けばいいんだよね?」

 なんか、知らんけど、ちょっと思いつめたような表情。もしかして、行けなくなったとか?

「明日は午後部活だっけ?」

「あ、うん」

「じゃあ、無理しなくてもいいぞ。正直木村さんといきなりふたりはキツイと思ったけど、なんとかなるし」

「別にそれは大丈夫。ちょっと遅れるかもしれないけど」

「うん」

「あのさ、今日はありがとう。ルーシーも超喜んでくれたし、わたしもすごく楽しかった」

「あ、うん、俺も」

 ふたりともスゲー可愛かったし。って、今、この目の前にいる美那は、街灯の薄明るい光の下で、微妙な陰影ができて、可愛いと言うより、綺麗って言った方がぴったりくるけど……しかも、大人っぽいキレイ。

「それと、イベントのシュート、2本とも決めたリユ、すごく素敵だった。試合の時の方がカッコいいけど、今日のはまた別の意味でカッコよかった」

「2本目はヤバかったけどな」

「でも、かえって盛り上がったじゃん」

「まあな」

 なぜか美那がジッと見つめてくる。

「ねえ、おやすみのキス、していい?」

「え?」

 俺が戸惑い驚いている瞬間に、美那は抱きついてくる。

 キュッと抱き締められる。

 そして、唇のすぐ横にチュとされる。

 離れると、美那はちょっと恥ずかしげに微笑む。

「ね、リユもして?」

「え、俺も?」

いや?」

「別に嫌じゃないけど……」

 もしかして、ルーシーに感化かんかされて、アメリカナイズされちゃった?

「じゃあ」と美那は言うと、少し近づいて促すように左の横顔を向ける。

「うん」

 俺はぎこちなく顔を近づける。

 そしたら、美那は、さっと正面に向き直って、唇を合わせてきやがった!

 最初の時は事故かとも思ったけど、これは、違う。確実に違う。

 あ、やば、トロけそう。不思議な甘い味。

 2秒か、3秒か、5秒か、10秒か、1分か、5分か……時間の経過がまったく分からない。身動きができないというより、もうそこには、美那のくちびると俺のくちびるしか存在していない。

 美那は目を伏せて、そっと離れる。

「ありがとう。うれしかった。おやすみ、リユ」

 ちらっと目を上げた美那が早口に言う。なぜか不安そうな色の瞳。

「ああ、おやすみ……」

 くるっと背を向けて小走こばしりに離れていく浴衣の美那の後ろ姿を、俺は呆然ぼうぜんと見送る。

 美那はルーシーが開けてくれた玄関の扉に、飛び込むように入っていく。

 残されたルーシーが「グ・ナイ、リユ!」と陽気に声を上げる。そして大きく右手を上げて、浴衣の袖をはためかせながら、手を降った。

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