3—43 恋愛相談

【前回のあらすじ】

 バスケ・シュートのイベントでリユは見事テディ・ベアをゲットし、美那はご満悦。帰り道、ルーシーの提案でリユはふたりと手を繋ぎ駅まで歩くが、恋人つなぎをする美那に困惑する。ふたりを美那の家まで送り、いつものように家に入るのを見届けていると、美那が戻ってくる。おやすみのキスに応じるリユに、なんと美那がながーい接吻キスをする。

※シュート・イベントのテディ・ベア等につきまして、商品・景品・賞品と表現がブレていました(3-39 イベント、3-41 チャレンジングな少年、3-42 テディベアとおやすみのキス)。修正して〝賞品〟に統一いたしました。




 俺は唇の甘い余韻をそのままに、頭の中を白くしたまま、自宅に戻って、かーちゃんが「お祭りどうだった」とか訊くのを適当に答えて、速攻で自分の部屋に入った。

 デスクの椅子に座る。

 そして、小さく舌を出して、唇を少しだけ舐める。

 美那の味がする。

 あの時、ストロベリー・フラペチーノの日以来のキス。そう、有里子さんのバイトの行く前の晩だ。

 午前中はサスケコートで美那と地獄の1on1対決して、スタバでおごって、ふたりでホワイト・シチューを作って、かーちゃんと三人で食って。

 美那を家まで送って、その別れ際だった。

 車が来たタイミングで、美那から唇にキスされたんだよな。

 俺のファースト・キス。

 でも、あの時はほんの一瞬だった。

 ほっぺた、唇の横、そして直撃。

 うーん、わからん。

 夕飯の後、離婚がらみの話題で、この土地に居続けるのがキツかったかーちゃんが引っ越しを考えた時、俺が「美那と離れたくなーい」って大泣きしたって話になった。その時、美那は涙ぐんでいたけど、あの涙は同情の涙か、あるいは自分の状況と重ねた涙なのか、よく分からなかったけど、俺が美那と離れたくないって言っていたことが嬉しかったのか? いや、さすがにそんなんじゃないだろう。まあ、もらい泣きというのが一番もっともらしい解釈だよな。

 だから、あの時のキスとそれは関係ないだろう、たぶん。

 それとも、「リユとは離れたくない!」って意味だったとか?

 それとか、美那の家のことなんかを色々心配したことに対する深い感謝とか?

 結局バイトに行って、新しい体験の連続で、あの時のことを自分の中で曖昧あいまいにしたままだった。バイトから戻っても、美那は割と普通だったしな。

 そういや、バイトの初日の夜、美那にスタバでの写真を送って、その返信で、美那のやつ、おやすみにハートの絵文字を付けてきてたよな。あれはいつもの軽いノリだと思ってたけど、違うのか? キスと関係してたのか?


 スタバで撮った美那の笑顔の写真をスマホの写真アプリで開く。

 いつも俺に見せる、いつもの笑顔だ。

 この写真を撮った直後に見せた時、「自分のこんな顔の写真、初めて見た」とか言ってたな。ってことは、友達とかと写真に写る時とは違う顔ってことか。

 この写真を見た蒼山さんはなんて言ってたっけ?

 確か、「この子を一生大事にした方がいい」とかだったよな。それって、なに、結婚した方がいいってこと?

 まあ、俺だって、美那と結婚して生きていけたら、楽しいし、かなり幸せな選択肢だろうとは思う。だけど、今までは美那が俺のことを異性としては見てくれていないと思ってたから、そういう想像を自分の中で打ち消してたのかな?

 ん? ちょっと前には口では否定してたけど、今、美那は、俺を異性として見てる?

 上大岡のスタバで一緒にいるところを柳本に見られた後、俺たちが付き合ってるとか噂になったらどうする? とかいう話になって、美那は別にいやじゃない的なこと、言ってたよな。〝イヤじゃない〟と〝うれしい〟とはかなりレベルは違うけど、方向的にはプラスだよな?

 それになんか、最近、俺のことをカッコいいとか言うこともあるもんな。今日も髪を切った後、マジで結構カッコいいみたいなこと言ってたしな。それも割とマジ顔だったような……。そんなこと、以前は考えられなかったし。妙に素直に俺のことをめてくれることも多くなってきたしな。それも前は考えられないことだ。


 いや、ここはちょっとシンプルに考えてみよう。

 美那が俺の唇にまともにキスをしてきた。

 しかもそこそこ長い時間。実際どのくらい時間だったのかはまったくわからないけど、少なくとも初めての時とは、段違いの長さ。

 もし俺と美那じゃなくて、例えばドラマとかで、女子が男子の唇に長めのちゃんとしたキスをする。女子は男子のことを好きで、その気持ちを表現するためにキスという行動に出た——と考えるのが普通だよな。

 まさか、美那が、異性として俺のことを好き?

 キスした後、恥ずかしそうにして、玄関の中にんだよな。冗談とか、揶揄からかってるとか、そういう感じではなかったよな。

 だとすると、本気の接吻キスと考えるのが、もっとも妥当だとうな解釈だよな?

 俺とは学校でも普通の関係でいたいとか、バスケを始めて以来しょっちゅう俺と一緒にたがる的感もあるし、最近の美那の行動を思い起こしてみると、そう考えられなくもないふしは、確かにある。

 いやいや、だけど、親の離婚のことがあるし、それに前田の野郎に捨てられたという寂しさもあったはずだ。

 いやいや、だけど、一方で、ちゃんと試験勉強したら美那と同レベルの順位だったし、バスケでもグングン成長して美那も1on1で負けるのではないかと危機感を感じているくらいだし、中学の数学の授業で教師とクラスを静まり返らせたひらめきの回答も尊敬してるとか言ってたし、色々色々いろいろいろいろ、俺のことを評価してるよな。

 自分でも少し前までは、美那にちょっと馬鹿にされてるんじゃないかと思っていたし、自分のくすぶり加減を考えるとそれもそうだろうと自分自身で納得してしまっていたわけだが。

 数学の奇跡の解答を除けば、そもそも俺が美那の尊敬さえ勝ち得え始めたのは、あの日が始まりだよな。

 夏至も間近のあの日、美那が待ち伏せしてて、お茶して、バイクの話になって、有里子さんのところに行って、バイクを餌に3x3バスケに引き入れられた。

 そんでもって、最高のバイクは手に入るし、いざ3x3を始めたらマジ楽しいし、美那も喜んでくれるし、美那と一緒に行動するのもなんかスゲー楽しいし。


 うー。


 もし仮に、美那が俺のことを異性として好きだったとすると、俺はどうするんだ?

 香田さんは?

 万が一、有里子さんの言うように、香田さんが俺をデートのつもりで美術館に誘ったのだとしたら? そうだとしても、たぶんお試し的な意味が強いのだろうけど、少なくとも好意をいだいてくれているということになる。百万にひとつ、さらに好意を持ってくれちゃったりすることだってないとはいえない。そんでもって、コクられちゃうなんてことだって、その流れからすると、可能性がまったくないとは言えない。

 ダメだ。頭がパンクしそうだ。

 こういう時は、カイリーの動画だ!


 ところがカイリーも今日はまったく効かない。

 バスケ見てたら、美那のことばかり、頭に浮かぶ。

 そういや、有里子さんにも、美那との関係を一度考えておいた方がいいみたいなことを言われてた。

 けど、それを有里子さんに言われた時とは、状況がかなり変わってきている。

 あらためて有里子さんに相談してみるか?

 やっぱ、迷惑かな?

 でも他に頼れる人がいないことは香田さんの件で精査済せいさずみだ。

 10時か……微妙だな。だけど、まだ寝てる時間ではないよな?

 とりあえず、メッセージを送るか。


<——実はまた相談したいことができて、少し電話で話したいのですが、今、大丈夫ですか?


 すると、返信ではなく、すぐに着信が来た。

——もしもし。またなんかあった?

「はい」

——女の子がらみ?

「ええ」

——ま、リユくんの相談はそういうことだよね。で?

「今、大丈夫ですか?」

——うん。明日午前中に仕事が入ってるから、あんまり長くは話せないけど、30分程度なら。

「すみません。あ、そんなにお時間は取らせません」

——うん。それで?

「実は、さっき、美那から、えっと、なんというか、まともなキスをされまして……」

——へぇ。よかったじゃない。

「いや、それはまあ、なんていうか、うれしいし、それに、こんなこと有里子さんにだから言いますけど、すげえ気持ちよくて、時間がどのくらい経ったのかわかんないほど」

——そんなすごいキスだったわけ?

「いや、たぶん、あ、別に舌とか入れるとかじゃなく、ただ唇と唇を合わせるだけのやつですけど……」

——ふぅーん。あれ、でも、リユくんはもうキスはしたことあったんだったよね? 確か、そう言ってたよね?

「はい。まあ、あれはちょっと見栄を張っちゃった感はあるんですけど、その相手も美那で、あのバイトに行く前日の夜で、でもその時は、ほんの一瞬のやつで、挨拶とかお礼とか、そんな風にも受け取れるやつで……」

——ねえ、リユくん?

「はい?」

——いくら幼馴染でも、女の子がそんな軽い気持ちでキスをしたりしないと思うけど。少なくとも美那ちゃんは。

「そうですかね。あいつ、ちょっと、俺のことをからかうみたいなことするから」

——うーん。リユくん、ちょっと重症だね。

「え、なにがですか?」

——鈍感どんかんというか、なんというか……あ、でも、たぶん、自分で自分のことを認めてこなかったんだよね?

「……鈍感かぁ。そうなんすっかね? 確かに自分はなんか情けない奴だとか感じてましたけど。あ、だけど、最近は少しは自信を持てるようになってきました」

——うん。そんな感じ、する。バイトの時もそうだったけど、日に日に成長している感じがする。長野から戻って一週間後の一昨日おととい会って、また一段とたくましくなった感じがしたもん。

「そういや、女子会で美那もそんなこと言ってたって、かーちゃんが内緒で教えてくれました」

——女子会?

「あ、女子会というのは……」


 俺は練習試合やルーシーのことなんかをかいつまんで話した。割といろんなことがあって、あまり短くはできなかったけど。


——へえ。2世代女子会か。でも、まあ、そうなると、美那ちゃんの気持ちは間違いないと思うな。

「間違いないとは?」

——だから、美那ちゃんがリユくんを異性として好きだってこと! ねえ、リユくん、ちょっとそこから逃げてない?

「そういえば、かーちゃんからもそう言われました……自分じゃよくわかんないんですけど」

——加奈江さんもそう感じてたか。ま、わからなくはないわよ。ほんと、リユくんにとって、美那ちゃんは特別な存在なんだろうから。

「それは自分でもそう思います」

——難しいよね。リユくん的にはどうなの? 美那ちゃんを彼女にするってことは想像できるの?

「それがそういうことを想像したことはほとんどなくて……そう言われると、やっぱそこから逃げてきたのかな? まあ、今までは、そんな可能性はないと思ってたというのはあるけど」

——じゃあ、そういう願望はあるってことじゃないの?

「え? そういうことになります?」

——だって、そんな可能性はない、ってあきらめてただけで、心の奥底では美那ちゃんと付き合いたい願望があった、ってことになるんじゃないの?

「そうかなぁ? まあ、そうか。いや、俺、マジ、美那のことは好きなんですよ、親友として、人間として。だけど、女子として見るのは避けてきたというか。正直に言って、女子としてもチョー魅力的だとは思ってますけど。だけどそこは切り離して考えちゃうっていうか……」

——だろうね。

「やっぱ、そうなりますかね?」

——じゃあ、もう、真由ちゃんだっけ? 美術館デートはキャンセルした方がいいんじゃない?

「ちょっと待ってください。え? だってまだ、美那と付き合う、ってなったわけじゃないし。香田さんのことは香田さんのことで好きだし、というかあこがれの女子だし……ダメだ、余計混乱してきた」

——わたしはリユくんが優柔不断ゆうじゅうふだんとは思わないよ。劇的な環境の変化に戸惑ってる、って感じがする。ま、わたしが結論を出すわけにはいかないし、悩めるだけ悩むしかないね。わたしにはリユくんの本当の気持ちはわからないし、自分と徹底的に向き合ってみるしかないよね。

「そういや、蒼山さんも、俺が急激に変わってるから、世界が今までとは違って見えてくる、とか言ってましたよね?」

——うん。だから、蒼山さんの能力は、ああ見えて結構すごいんだから。

「そうかぁ。じゃあ、一度、ゼロからのスタートラインに立って、今の状況を見た方がいいってことですかね?」

——そうね。ニュートラルな心というか、まあ過去の経緯も含めて考えなきゃならないから、でも心はニュートラルにというか、初期化するというか、そんな感じじゃないかな?

「うーん、チョー難しそうですね……。そういえば、蒼山さん、あの時、俺が今、人生の重大な局面にある、みたいなことも言ってましたよね?」

——うん。そして、素直になればいい方向に行くだっけ、悪い方向にはいかないだったかな?

「はい。そういえば、かーちゃんからも美那に対して素直になれば? みたいなこと言われました。この間、有里子さんと会う前。まあ、かーちゃんは俺と美那がくっついてもらいたいみたいから」

——母親的にはそうなるわよね。だって、あんないい子、なかなかいないんじゃない? もっともわたしは美那ちゃんのことをそれほど知ってるわけじゃないけど。真由ちゃんに至っては、見たこともないし。ただ確実に言えるのは、リユくんの中にいつも美那ちゃんの存在があるってことね。その存在が、どういうあり方をしているのか、ということまではわからないけど。

「……そうですね、とにかく、自分としっかり向き合ってみます」

——そうね。たぶんそれしか、リユくんにとっての正しい道は見つけられないんじゃないかな? 一番良くないのは状況に流されちゃうことだと思うな。美那ちゃんにキスされたからとか、可能性としてだけど、真由ちゃんに告白されたからとか。

「わかりました。ありがとうございます。なんか、頭の中、いや心の中かな、それがだいぶ整理されてきたような気がします」

——うん、よかった。じゃあ、落ち着いたらツーリングに行こうね!

「はい」


 そんな感じで30分近い通話は終わった。

 答えが見つかったわけではないけど、答えを見つけるためのスタートラインに立つことはできた、って感じだな。

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