3—38 ヘアカット

【前回のあらすじ】

 練習試合の翌日。ディフェンスとトレーニングを教えてもらう横浜実山学院男子バスケ部の木村主将にビビりながら連絡を取り、練習日を決めたリユは、美那のOKももらい一安心ひとあんしん。有里子のアドバイスに基づいて、服を買いに行ったものの、靴が保留に。翌朝はサスケコートで美那と練習をするが、バスケ技術の話をするうち、美那が「周りに合わせて距離を置いてた。学校でも、もっと普通の距離でいたい」とリユに打ち明け、謝罪する。




 結局、美術館に履いていく靴は、午後にあらためて上大岡のシューズショップに行って、ナイキのランニングシューズに決めた。白がいいと思ってたけど、シャツも青系だし、6000円ほどで売っていた紺色に。ソールとナイキのマークは白。ランニングシューズにしたのは、これから走り込みも必要だから。

 濃いめの水色のすそ出し半袖ワイシャツ、その下に白Tシャツ、そこそこシャキッとしたチノパン、そして紺色のナイキ。まあ、全体のコーディネートはそこそこさわやかだろ? たぶん。

 有里子さんに試着した全身写真を送ろうかと思ったけど、さすがに迷惑だろうと思って、やめた。

 明日の祭りを含めた計画を美那に送信。

<——祭りは鶴岡八幡宮ので、15時から。その前に、ルーシーの観光がてら、由比ヶ浜とか、周辺散策とか。だから、ルーシーと待ち合わせるとしたら、昼過ぎくらいかな?

——>ありがとう。ただ、あんまりいっぱいは歩けないかも。

<——なんで?

——>まあ、それはお楽しみで。じゃあ、ルーシーにはわたしから連絡しておく。それより、その前に午前中付き合ってもらいたいところがあるんだけど。

<——どこ?

——>それもお楽しみ? じゃ、ないかもしれないけど。たいしたことじゃない。

<——ま、いいけど。

——>じゃ、9時半に迎えに来て。

<——おーけー。


 まあ、なんか、わからんけど、いいだろ。お楽しみ、ってなんだよ!

 どうせ、買い物かなんかだろうな。



 8月7日水曜日。

 今日もしっかり晴れてる。

 朝はサスケコートでひとり練習。

 昨日の夜、たまたま写真投稿アプリを見ていたら、アメリカのバスケ技術のアカウントを見つけてしまった。ま、いろんな人がそういう投稿をしているけど、なんか妙に気に入ったのがあって、その練習をしたくなってしまった。

 たぶんペギーとかルーシー、それにテッドやジャックの個性的なドリブルに影響されたからだろうな。今までは、言葉が分からないから、動画サイトで日本人のバスケ技術動画を見ていたんだけど。

 美那のやつ、また驚くだろうな。それに美那もそういう技を求めているっぽいから、一緒に練習してもいいし。そうだ、木村主将を出し抜いてやるか。いや、そんなことしたら、せっかく俺の進学事情を理解してくれたっぽいのに、逆効果か。木村さんとの練習の時は封印しておこう。


 美那がどこ行くか言わねーから、白いポロシャツにジーンズって格好。靴は、慣らしを兼ねて紺色のナイキ。何も言わなかったってことは、まあ普通でいいってことだろう。

 9時半よりちょっと早く美那の家に到着。到着ってほど遠くないけど。

 家の前にいなかったから、玄関でインターホンを鳴らす。

 園子さんが出て、わざわざ玄関を開けてくれた。

「美那ちゃん、リユくんよ!」と園子さんが声をかける。

「わかったぁ」と二階から美那の返事が聞こえてくる。

「日曜日、ルーシーが来てくれて、楽しかったわぁ。リユくん、バスケット、また一段と上手うまくなったんだってね。ルーシーも初めて2ヶ月なんてアンビリーバブル! って驚いたわよ。なんか、リユくんをめられて美那もうれしそうだったわ。まあ、自分が育てたから、とか言って、照れてたけど」

「そうですか? まあ、自分でも驚くほど上達したとは思いますけど。たぶん、美那の教え方とか、やる気の出させ方とかが、上手いんじゃないですかね?」

「そうなのかしら? でもやっぱりリユくんの才能じゃないの? 美那もそう言ってたわよ」

「いや、まあ、センスがある方だとは思いますけど……」

 めちゃ、こそばゆい。

「これからも、美那のこと、よろしくね」

 園子さんが真剣な目で俺を見つめる。

「あ、はい」

 俺も真面目な顔で答える。

「遅いわね、美那。ちょっと呼んでくるわ」

「あ、別に俺は……」

 と言ったけど、園子さんは2階に上がってしまった。

 そうだ。香田さんと付き合うなんてことが万が一あったとしたら、美那との関係が今後どうなるか問題があった。

 美那はどう思うんだろうな? いや、有里子さんはそんなこと言ってたけど、別に俺と香田さんが付き合ったって、美那はむしろ喜んでくれるんじゃねえのか? リユにもやっと彼女ができて安心した、とか、まさかリユが真由ちゃんとほんとに付き合うことになるとはねぇ、とか。

 それよりも、香田さんが、俺と美那が親しくしているのをいたりして?

 いやいや、それは妄想が行き過ぎだろ。

 でも有里子さん説によると、香田さんは、男性としての俺に好意を抱いてる、ってことだよな。好きとかまでいかないにしても。


「ごめん、リユ、おまたせ」

「いや、別にいいけど」

 美那は、濃紺のポロシャツにホワイトパンツという、いつもの美那らしいスポーティな格好。

「どこいくの?」

「うんとね、月に一回くらい行くところ」

「それじゃ、わかんねえし」

「ま、いいから」

「ま、いいけど」

 連れて行かれたのは、最寄駅の近くのヘアサロン。

 って、なんで俺が美那のカットに付き合わされるんだよ!

「美那、なんで俺が一緒?」

「うん」

「いや、返事になってねえし」

 店の扉を入ると、受付で美那の担当らしい女性の美容師さんが俺に微笑みかける。

「いらっしゃいませ。山下さん、先に、どっちが切る?」

 え、どっち?

「こっちから」

 と美那が言って、俺を親指で指し示す。

「ちょっと、待った。なんで俺?」

「いや、ほら、最近一緒に色々出歩くのに、リユの髪、適当すぎるし」

「別にデートでもねえんだから、いいだろ。いやなら、ちょっと離れて歩くし」

 そう言ったら、美那がちょっと悲しげな顔。

「いや、まあ、お前の気持ちもわからないではないけど……ごめん」

 せっかく学校でもいつもの距離感でいたい、って言ってくれたのに、悪かった……。

「てか、俺、金、そんなに持ってきてねえし」

 カット、5000円〜になってるし。タケェー。

「わたしがおごるから。それに学割あるし、初回は安いし」

「なんでお前が……」

「ま、わたしのためでもあるんだから。ね?」

「山下さんの紹介だし、初めてだし、2000円でいいわよ」と美容師さん。

 2000円……なら、いつものところよりちょっと安いくらいじゃん。

 香田さんのこともあるし、そろそろカットしておいた方がいいことは確かだ。

「じゃ、まあ、それなら自分で払うからいいよ」

「うん。わたしはどっちでもいいけど」

 ああ、人生初の美容室。まあ、オシャレ系男子はこういうとこで切るんだろうけど。

「どんな感じにします?」

「あ、爽やかな感じで!」

 と、美容師さんと一緒に鏡をのぞき込んでいた美那が答える。

「いや、なんでお前が」

「じゃあ、リユくんのお望みは?」

 どうやら美那は美容師さんにも俺の話を色々しているらしく、初めからリユくんって呼ばれているし、なんか初めてあった気がしないって感じで接してくる。

 そういや、有里子さんは、清潔感ってキーワードを出してたな。

「じゃあ、清潔感のある感じでお願いします」

「具体的には、どんな感じかな。こんな感じ?」

 美容師さんがヘアスタイルの雑誌を広げる。しかし、自分に似合うかよくわからん!

「うーん」

「あんまり具体的なイメージはない?」

「ええ、まあ」

「もう、おまかせでいいじゃない!」と美那。

「そういうのもありなんですか?」

「うん、あるわよ」

「じゃあ、おまかせでお願いします」

「はい。じゃ、爽やかで清潔感のある感じね? ショートも大丈夫?」

「どのくらいですか?」

「裾の方を刈りあげるくらいかな」

「あ、それくらいなら」

 なんか美那も嬉しそうな顔してるし。

 そして、そこまで済んだら、美那は「じゃあ、よろしくお願いします」と言い残して、さっさと待合席の方に行ってしまった。なんか、微妙に心細いし。この店の中、俺以外、みんな女性だし。


 カットの最中はよくわからなかったけど、最後に髪を洗って、ドライヤーで乾かして、整えてもらったら、え、結構悪くない? 俺って、意外と、悪くない?

「山下さん、どうかな?」

 美容師さんが美那に声をかけると、ちょっと面倒くさそうな感じで、美那が歩いて来る。

「あ、いい感じですね。うん、素材の割に……あ、ほんとはリユは結構カッコいいやつなんで、それが引き出されました」

 なんだ、それ? でも、なんか、ちょっと今までより評価、高め? やっぱ、バスケでかなりイケてた? まあ、それはルーシーも認めるところだしな。でも、ルックスは別問題か。

「どう?」

 美容師さんが少しひざかがめて、俺の顔の高さに合わせて、向かいの鏡の俺を見る。

「いや、ありがとうございます。なんか、意外と俺ってイケてるとか、一瞬思っちゃいました」

「うん、よかった」

「リユ、お疲れ。マジ、結構カッコいいよ」

「そうか? ま、髪型のおかげで、少なくとも今までよりかは全然マシだな。ありがとうございます」

 俺は美容師さんに礼を言って、立ち上がる。

「じゃあ、山下さんは向こうの席で」

 美容師さんと美那が行ってしまい、俺は美那が座っていたところに座る。

 そしたら、美那が小走りに来た。

「あのさ、ルーシーになんかプレゼントしたいんだけど、何がいいか考えておいてくれる?」

「あ、それいいな。せっかく友達になったんだしな」

「うん。わたしも考えておくから」

「わかった」

 何がいいだろ? 日本の思い出か。バスケ関係はナシだろうし、日本的なものでなんかいいものがあるかな? 扇子せんすとか?

 そうだ! はしとかどうだ? 俺が教えて、ルーシーもすっかり箸の持ち方が上手くなってたしな。それに荷物にもならない。

 調べてみると、箸の専門店が横浜駅にもある。今日行く鎌倉にもあるじゃん。サプライズ的には、あらかじめ買っておいて渡すのがいいよな。ただ、ルーシーに選んでもらうのもありか? でも、それじゃ、値段とか見ちゃうもんな。

 俺は鏡の中の美那を見る。

 美那がすぐ、鏡の中の俺の視線に気づく。美容師さんに手を止めてもらい、俺を呼ぶ。

「もしかして、なんか思いついた?」

「うん。箸なんかどうだ? 横浜駅とか鎌倉とかに箸の専門店があるぜ」

「いいじゃん! さすが、リユ!」

「でさ、鎌倉でルーシーに選んでもらうのもありかと思ったけど、サプライズ的な方がいいよな?」

「そうだね。あー、じゃあ、悪いけど、リユ、買ってきてくれない?」

「えー、俺ひとりで行くのかよ」

「わたしと一緒に行きたい?」

「そういう意味じゃなくて、俺、選ぶの自信ねえし」

「リユなら選べるよ。ルーシーとも波長が割と合ってるっぽいし」

「まあ、なんとなく好みは分からんではないけどなぁ……でも、デザインとかはなぁ」

「リユが選んでくれたって言ったら、絶対喜ぶって! 箸の使い方も教えてあげたんだし。あ、そうだ、ペギーとかも含めて4人分は? それなら、適当に好きなのを選んでもらえるじゃん」

「うーん、まあ、いいけど。でも、値段もいろいろみたいだぜ。ほら」

 俺はスマホを美那に見せる。

「でも、一膳いちぜん1500円くらいでも結構いい感じじゃない?」

「わかったよ」

「ほんと、ごめん。実はわたしこれから用事があってさ」

「ほんと、忙しいやつだな」

「じゃあ、すみませんけど、お願いします。鎌倉駅に1時半でいいかな? ルーシーはわたしが連れて行くから」

「了解」

「ありがと、リユ」

 というわけで、これから横浜までお出かけだ……。

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