3—37 美那の謝罪

【前回のあらすじ】

 香田真由との美術館行きで有里子に相談したリユは、これまでの状況を説明する。誘われた理由がわからないというリユに対し、有里子は真由がデートのつもりで誘ったと断言。もし真由と付き合うようになった場合、今後美那との関係がどう変化するのかをよく考えてみた方がいい、と有里子から忠告される。




 ランチの後は、有里子さんのZ400と一緒に、港の見える丘公園の辺りや、赤レンガ倉庫など、観光スポットを巡る。それなりにアップダウンとカーブが続いて、なんか新鮮な感じ。

 有里子さんはわざわざ山下公園まで戻ってくれた。仕事があるので、ここでお別れだ。

「リユくん、ほんと、乗り方がキレイになったね。やっぱりライディングスクールのお陰?」

「ですね。まだ公道じゃ、あんまり走れてないですから。腕じゃなくて、腰で乗る、みたいな感覚はだいぶつかめてきました」

「そうなんだ。わたしも行ってみようかな?」

「もう、絶対おすすめです!」

「あ、最後にひとつ。服装は、今まで着たことのないようなのじゃなくて、今までの延長線上で考えた方がいいかも。リユくんらしくて、清潔感のあるもの。できれば、せめてシャツかパンツは新品の方がパリッと見えていいかもね。高いものじゃなくて、いいと思うよ」

「わかりました。ちょっと考えてみます。いろいろとありがとうございます」

「うん。じゃ、加奈江さんの許可がりたら、ツーリング行こうね!」

「うっす!」


 帰りは待ち合わせもないので、のんびりと流す。それでもまだ走っている時に、余計なことを考えている余裕はない。それにクソ暑いし。

 家に帰って、一息ついたら、花村さんに木村主将の連絡先を教えてほしいとメッセージを入れる。

 即レス。

 で、恐る恐る、木村主将に電話を入れてみる。

——おお、森本か。

「はい。花村さんから、木村さんにディフェンスと体力増強について、教えをうよう言われました。もともとオフボール・ディフェンスを教えて欲しいと花村さんに言ったら、ディフェンスなら木村さんが上手いから教えてもらえと……花村さんは花村さんでなにかと忙しいみたいで」

——理系の大学はそうみたいだな。あ、お前の事情も聞いたよ。文系コースで理系の勉強もしなけりゃならないとなると、確かに部活は難しいよな。で、どうする?

「あ、一応、公立体育館の個人利用というのは調べておきました。基本、木・金の5時7時だそうです」

——そうか。じゃあ、今度の木曜日から始めるか?

「はい。お願いします。あ、まだ美那、あ、山下さんとは詳しく話してません。だからスケジュールが合うかどうかは……」

——ま、山下が無理なら、とりあえずふたりでもいいだろ。

「そ、そうっすね……」

——じゃ、5時ちょっと前に体育館で待ち合わせでいいか?

「はい。15分前から受付で先着20人限定ですけど、人数分確保できるみたいなんで、僕が先に行って、しておきます」

——ああ、そうしてくれ。じゃ、木曜日に。


 いやー、なんか、電話でちょっと話しただけでビビるな。いきなり木村主将とふたりだけは、ちとしんどい。なので、美那にもメッセージで連絡。

 こっちも即レス。

——>木曜の夕方、OK。まだ、詳しい話は聞いてなかったから、明日の朝のサスケコートで教えて。

<——わかった。今日はサスケコートなし?

——>昨日試合だったし、今、部活。ちょうど休憩中。

<——実は俺、朝、サスケコート。

——>ほんと? さすが、カイリーユ。ルーシーは午前中、横須賀のホテルまで送っていった。

<——そうか。サンキュ。

——>うん。じゃ。


 今まで何回か通販で服を買ったことがあるけど、なんか今いちサイズが合わなかったり、色が微妙に違ったりしてたんだよな。それに、土曜日まで時間もあんまりないしな。届かないとかもヤバい。まだバイト代の残りが少しあるし、通販よりは高いかもしれないけど、買いに行くか?

 バイクで海の方のアウトレットに行こうかと思ったけど、もしもデートだとするとアウトレットというのもなんだな、と思って、結局、上大岡のデパートに。有里子さんオススメのコーディネートを参考に、ちょっとつやのある生地きじの、すそ出し用襟付きシャツをチョイス。色は濃い目の水色。家にある比較的新しいチノパンと合わせることにした。

 問題はむしろ靴。バスケの外用に買った白いナイキ・エアマックスでいいかと思ったけど、よく見ると、デートに履くには少々くたびれている。なにしろ1ヶ月くらい前に買ってから、毎日のようにサスケコートで使ってるからな。それに、低めとはいえハイカットだから、チノパンには合わんっぽい。シューズショップを覗いてみて、ナイキのエア・フォース1が欲しかったけど、ちょっと高い。というわけで、靴はペンディング保留に。



 8月6日火曜日。

 今朝は美那とサスケコートで練習だっ。

 ハードだった練習試合の後だからかもしれないけど、ちょっとユルめの練習。

 なんだか知らないけど、美那が俺にやたらとバスケ技術の質問をしてくる。特にペギーをはじめとするMCモンスターズ・クッキーメンバーの独自のリズムを持つドリブルへの対応の仕方とか、俺特有の身体からだの使い方とか、たぶんあまり教科書的なものに載っていないこと。

 俺の場合、NBAの——主にカイリー・アービングさまの——動画を見まくって、動きを覚えたし、比較的アメリカの音楽も聴いてるし、そんなんじゃねえかなぁ、とか適当に答える。あとは、身体の使い方は、サスケ以外にも、ライディング技術を応用してるとか。

「わたしってさ、結構、なんていうか、普段から人に合わせちゃうところがあるんだよね。空気を読んでさ。そういうのがプレーに出ちゃってるのかな? その点、リユはマイペースだし」

「確かに、お前は、空気読んで周りに合わせるところ、あるよな。だけど、それもひとつの生き方だしな」

「だけど、それがプレーにまで出ちゃったらまずいよね」

 なぜかふたりとも、その場でドリブルしている。

「そりゃ、まあそうだな」

「あのさ、実は、わたし、周りに合わせて、学校とかでリユからちょっと距離を置いてるところがあるんだよね」

「でも、俺でもわかるけど、俺とお前が仲良くしてたら、なんか不自然じゃね? それこそ空気を乱すっていうか。俺はほんと言うと、お前に対する周りの評価はどうでも良くて、美那は美那でしかないっていうか。スクールカーストではお前が上なんだろうけど、俺には別に上とか下とかねえし」

 美那がドリブルをヤメて、ボールをお腹の前に抱える。

 俺もドリブルをめて、もうすっかり癖になったハンドリング練習を無意識に始める。

「うん……わたしもそうなんだけどさ、ほんとはわたしは、学校でももっとリユと普通でいたいんだよね。周りの子たちが、森本くんってちょっと変わってるよねぇ、とか言うと、それに同意しちゃって、みんなと同じ距離感を取っちゃうし。まあ、変わってることは変わってるけど、わたし的にはいい意味で変わってるっていうか……」

「え、俺って、そんな変わってるとか言われてんの? 女子の間で……」

 俺は動かしていたボールを思わずホールドする。

「なんか、話しづらいとか、とっつきにくいとか、そんな感じみたいよ。でも、キモいとかは言われてないから、大丈夫」

「ああ、それ、なんかそういう雰囲気になりそうになると、お前が言ってくれてるんだろ? 前にかーちゃんがそんなようなこと言ってた。小学校の頃の話だけど」

「うん、まあ。わたしもギリギリ踏ん張るところは踏ん張った。だって、リユがそんな風に見られるのは我慢できないし」

「まあ、じゃ、テニス部の件は、そのお返しみたいなもんだな。お前だって、俺のことをかばったら、自分がヤバかったかもしれないんだし」

「リユ、ごめんね」

「なんでお前が謝るんだよ。悪いのは、そういう空気を作るやつだろ?」

「そうなのかもしれないけど、わたしもそれに乗っちゃってるわけだし……」

「てか、練習しねえのかよ」

「ああ、うん。練習しよ。木村主将とのディフェンス練習もあるし、わたしもスクリプツみたいなマッチョに対抗できるようになりたいし、リユは身体で止めてディフェンスしてくれる?」

「え、まあ、いいけど」

 いや、俺が木村主将から教えてもらいたいのは、オフボール・ディフェンスなんですけど……。ま、美那の練習になるならいいか。

 てか、この練習、女子とするには身体の接触度がメチャ高いんですけど。この間、学校の体育館で1on1をやったときみたいに、美那のやつ、グイグイくるし……。

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