3—36 有里子さんのアドバイス
【前回のあらすじ】
練習試合の翌日の月曜。土曜日に控えた香田真由との美術館行きの服装に悩んだリユは、有里子に相談することにする。すると有里子からちゃんと考えた方がいいと言われ、ランチをすることに。なぜか一緒に行きたがる母親の加奈江をリユは速攻で
自分に素直になれば、か。
かーちゃん、どういう意味だろ。かーちゃんは、俺と美那がくっついたらいいと思ってるから、俺が美那を好きだって前提で、素直につきあえば、って意味だろうか?
素直になる。そんなこと、誰かに言われたな。誰だっけ?
そうだ、蒼山さん!
どこまでほんとか分からないけど、笑顔の瞳の奥にその人の内面が見えるとかいう蒼山さんに、美那の写真を見せた後、なんだっけ? 「君は人生の重大局面に差し掛かっている。自分に素直になれば悪い方向にはいかない」とか、言われたな。
あの時は、あんまりピンとこなかったけど、そういや、そのあとすぐ、文系から理系へのコンバートに挑戦することになったな。
さらには、香田さんから連絡があって、美術館に一緒に行くことになったし。
じゃ、なに? 香田さんとの美術館行きは、俺の人生にとって、かなり重要なイベントってこと?
いや、でも、あの香田さんが、俺をデートに誘うとは思えないしな。あ、もしかして、なにか相談事があるとか? 例えば「誰々君が好きなんだけど、どうしたらいいと思う?」とか? 口の堅そうな俺に相談しようと思ったとか。
ああ、まあ、それはそれで、香田さんのことを諦められるかもな。まったく脈なし、ってヤツ? でも、それだったら、別にわざわざ美術館じゃなくてもな。
うーん、わからん。
それにしても、香田さんはどんな格好で来るんだろう。
やべえな。すごい可愛い予感。
夏だし、ノースリーブのワンピースとか似合いそうだ。でも、デートじゃねえからな。普通にカジュアルで、ポロシャツにジーンズとか、かも。
同じクラスになったことがないから良くは知らないけど、美那と違って、すんげえオシャレに気を
美那の場合は、なんだろうな? 普通にイケてるけど、スパイスをかけた方がそれが引き立つというか。そんなのを上手く使ってる気がするな。
だけど妄想ばかり膨らませても、前に進めない。とりあえずは、有里子さんと話してからだな。もし何か重大なことがあるのだとしたら、実は核心をついているけどよく分からない蒼山さんよりは、有里子さん方が具体的で適切なアドバイスをくれそうな気がする。今はそっちの方がありがたい。
そういや、美那の家に泊まったルーシーはどうしたのかな。美那は送っていくのか? 今日の部活は午前か午後か?
というのも、木村
花村さんは、公立体育館の個人利用とか言ってたな。まずはそれから調べてみるか。
体育館のHPを見たけど、よく分からないから、電話で訊いてみる。
バスケで使えるのは、曜日が主に木金に限られていて、時間も夕方の5時から7時まで。先着順の20人限定で、利用者が2つのゴールを共同で使うということらしい。利用者同士で話し合って、時間を区切って譲り合ったりとか、その場で3on3になったりとか、いろんな使い方があるのだそうだ。
でなんだかんだと、10時ごろになったから、かーちゃんに声を掛けて、Z250で出発だ。
ひゃー、真夏ダァ!
信号待ちとかでは、太陽と道路の熱に加えて、周りの車からの排熱でむちゃ暑いけど、走り出してしまえば、風でしのげる。
思ったより早く到着して、10時45分には駐車場に入った。駐車場の使い方を読んでいるうちに有里子さんのZ400がやってきた。
俺のZ250——元は有里子さんのだけど——より1世代新しいけど、デザインはそんなに変わらない。てか、新型の400は250とフレームとかが共通だから、大きさも同じくらい。
「うわー、やっぱり真夏の
バイクを降りてヘルメットを脱ぐなり、有里子さんが我慢しかねたように声を出す。
「ほんとっすね。でも、俺はまだ梅雨時と真夏しか知らないから」
「ああ、そうか。まあ、冬は冬で寒いけどね。バイクで気持ちがいいのって、春と秋の短い時期しかないけど、いろいろ味わえていいよね。夏でもツーリングで山の方に行けば、気持ち良かったりするしね」
「俺も早く、ツーリングに行きたいんですけど」
「いつだっけ? 加奈江さんから許可が出るのは?」
「次回のライディングスクールが終われば、課題クリアです。それが次の次の日曜日です」
「じゃあ、もうすぐじゃない!」
「はい。あ、それと、有里子さんに言われてライディングスクールでタンデムのコツを教えてもらえないか頼んでみたら、短い時間ですけど、教えてくれました」
「へえ、よかったじゃない。じゃあ、もうすぐ美那ちゃんを後ろに乗せられるね」
「はい。まあ、あいつもなんか、ずいぶん何回も言ってくるから、早く乗せてやりたいんですけど」
「で、美那ちゃんじゃない女の子が登場か……」
「いや、でもまあ、そんなんじゃ……」
ランチは有里子さんの希望で、カジュアル系のイタリアンに。ピザとかパスタとか、有里子さんが適当に頼んでくれる。
「で、とりあえずの相談は、女の子と行く美術館の服装だっけ?」
「はい。俺、美術館なんて学校の美術の課題で行ったことがあるくらいで、その時はひとりで行ったし、女の子とふたりでどっかに行くのも、少なくとも中学以降は記憶にある限り初めてで」
「あら、わたしとはいろいろ行ったじゃない。陸運局も行ったし、長野も行ったし」
「いや、有里子さんは、仕事とかだったし」
「あ、女の子じゃないか」
「そういう意味じゃなくて、有里子さんは大人のきれいな女性で、付いて行きますっ! って感じなので」
「きれいな、とか付けてくれるんだ」
有里子さんが親しげな笑顔を浮かべる。
「それはそうです。あ、でも、俺はそういう対象じゃないですけど。いろんな意味で」
「まあ、あっちのことはあるけど、別荘を見つけてくれた後、言ったじゃない。同級生だったら告白してたかも、とか」
「そうでしたね。だけど、なんかピンと来なくて」
「そういえば、あの時、美那ちゃんじゃなくて、好きな女子がいるみたいな」
「そうでしたっけ? ま、そう言ったなら、そうです。美術館に誘われたのは、その女子です」
「え、すごいじゃない!」
有里子さんの顔が一瞬、パッと
「で、リユくんはどういう意味で誘われたと思ってるの?」
「いや、ほんと、わかんないんです。美那と一、二を争うほどの女子ですよ? なんで俺なんか誘うのか。その子は、普通に休み時間とか話す友達はいるみたいだけど、グループに所属してなくて、ちょっと
「じゃあ、それなりに話したことはあるんだ?」
「基本、図書室限定ですね。図書室で会うと、今どんな小説を読んでるとか、せいぜい5分くらいですかね。そうだ、あと、終業式の日、誰もいない
「そのときは何を話したの? 学校から駅まで」
「夏休みに何をするとか、ですかね? 肉体労働のバイトとか答えちゃったんですけど。今までそういうバイトはしてきたし、有里子さんから荷物運び的なことを言われてたし。バスケのことは秘密になってたし」
「はは、まあ、確かに肉体労働ではあるわね。それはわたしもだけどね。え、でも、下駄箱——なんか、
「そうなんですかね? いや、それはないんじゃ」
「でもそれ以外、その子がそこにいた理由は考えられる?」
「そう言われると、わかんないですけど……」
「だよね。あ、まず、名前を聞いておこうか」
「コウダ、マユ、です。香りに田んぼに、真実の真に理由の由」
「へえ。香田真由ね。確かに、美人っぽい名前」
「いや、まじ、可愛いんですよ。可愛い感じの美人かな?」
「ふーん。美那ちゃんのことは、どんなタイプの美人だって表現するの?」
「あいつは、きれ
俺は昨日思いついた表現を口にする。確か、ナオさんはカッコ美しい、だった。あれ? ナオさんと香田さんは
「へえー。で、リユくん的には、美那ちゃんより真由ちゃんの方が上なんだ?」
「上とか下とかじゃないけど、なんかいいな、って感じで。静かで落ち着くっていうか。美那のことはあんまりそんな風に見ないし、
「なるほどね。じゃあ、リユくん的には、真由ちゃんとお付き合いしたいんだ?」
「まあ、そうですね。でも、もし仮に
「そうか……悩める少年だね。青年か? その間くらいか。わたしが確実に言えるのは、真由ちゃん的にはデートだと思ってる、ってこと」
「そうなんですか⁈」
「まあ、どのくらいの気持ちかはわからないけどね。軽い気持ちなのか、それとも結構真剣なのか」
「俺は、桃太郎の犬かキジか猿、つまりお
「向こうもそうなんじゃない?」
「だけど、俺を誘う理由が……」
「いや、単にリユくんのことを気に入ってるんじゃない? だから、もう少し話をしてみたいとか、近づきたいとか、そういう意味じゃないかな?」
「そういうもんなんですか?」
「そりゃ、そうじゃない? 今までの関係から一歩踏み込むと言うか。まあケースバイケース的なところはあるけど、状況を聞いた限りでは、そういう気がするけど」
「マジか……」
「
「嬉しいことは嬉しいけど……」
「テンション、
「いや、違うんですよ。戸惑いと、それとなんだろ? なにかが引っかかった感じ」
「でもまあさ、考え過ぎてもダメだから、いろんなパターンを想定して、対応するしかないわね」
「はい」
「でさ、どんな服がいいか、ってことだけど」
「はい」
「美術館はどこ?」
「あ、三崎の美術館です」
「そうなんだ」
「知ってます?」
「なんと、そこ、元山先生の設計よ」
「マジっすか?」
「うん。真由ちゃんに自慢できるじゃない。でもそういうのもあれか。いやらしいか」
「わざわざ言うと、そうかもですね。まあ、向こうが面白い建物とか言ったら、そういうのもありですかね?」
「うん。そのくらいがいいかもね。さりげなく言ったら、カッコいいと思うんじゃない? いや、大人の女だって、驚くし、素敵! とか思うわよ。ましてや高校生だったら。それに、あの美術館もなかなか凝った作りをしてるから、そういう話題が出る可能性は結構あるんじゃない?」
「なんか、ちょっと、自信が出てきました」
「リユくんってさ、もっと自信を持っていいんじゃない? バスケだって、相当上達したんでしょ?」
「バスケはそうですね。バスケに関しては美那も俺を認めてるんじゃないかな。この間の定期テストも良かったしな……あ、そうだ。有里子さんに言いましたっけ?」
「なにを?」
「俺、本気で理系を目指すことにしました。バイトから帰った次の日、ちょっと学校に用事があって。あ、有里子さんのバイトの届けを出すのを忘れてて——なんですけど、それで、美那に、泊りがけだし、事後でも出しておいた方がいいんじゃないか、って言われて、出しに行ったんです。で、その時に、
有里子さんが穏やかな笑顔を見せる。
「へえ、真剣に考え始めたんだ。よかったじゃない。加奈江さんはなんて言ってた? あれでしょ、推薦がもしダメなら、外部受験なんでしょ?」
「やべ、かーちゃんに言うの忘れてた! あ、それと、かーちゃんから、有里子さんによろしく言って、って言われてたのも忘れたっ!」
「リユくんて、ちょっと抜けたところがあるわよね。もしかして、大物かもよ? それ、真っ先に加奈江さんに相談しなきゃ駄目なことじゃない」
「そうでした……」
「で、加奈江さんは、なんて?」
「あ、よろしく言ってくれと」
「それだけ?」
「あ、俺が有里子さんとランチするから
「へぇ。まあ、男子的には、こういう話はあんまり母親には聞かれたくないよね?」
「はい」
「あ、でね、これ見て」
有里子さんはそう言いながら、iPhoneの画面を俺に向ける。
なんと有里子さんは、ネットで探して、いくつかのパターンを見立ててくれていた。
「色は派手じゃなくて落ち着いた感じがいいよね。それとシルエットもシンプル系が。リユくんのイメージだったら、こんな感じか、あるいはこんなのがいいんじゃないかな? あとでまとめて送っておくね?」
「うわぁー、マジで助かります!」
「たぶん、真由ちゃんも、ちょっとシックな、でも女の子っぽい感じの服で来るんじゃないかな。会ったことはないから、なんとも言えないけど」
「ありがとうございます。やっぱ、有里子さんに相談してよかったぁー」
「あ、それとね」
有里子さんが真剣なまなざしで俺を見る。
「なんでしょう?」
俺はやや緊張気味に答える。
「こんなこと言うと、また混乱しちゃうかもしれないけど、真由ちゃんと会う前に、美那ちゃんとの関係が今後どうなるかもよく考えた方がいいと思うよ」
「それはどういう……」
「きちんと説明するのは難しいけど、もし真由ちゃんと付き合うことになったら、美那ちゃんとの関係がどう変化するのか、というか」
「長野からの帰りの車で話したようなことですよね?」
「うん、そう。考えたからって、どうにかなるものじゃないけどね。ただ、一度真剣に向き合って、想像はしておいた方がいいかなと思う」
だよな。香田さんと付き合うことは想像することはあっても、想定したことはないからな。
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