1—14 ライディングスクールで対戦相手?
6月23日、日曜日。
5時半には起きて、5分間ドリブル練習を2本こなす。あいかわらず途中でボールがとっ散らかってしまうが……。
今日も曇りがちで、午後からは雨の予報だ。バイク用のレインウエアはまだ持っていないから、チャリで使うやつを持っていく。
7時前の電車に乗って、ライディング・スクールへと向かった。
昨日はいろいろあった上に、寝る前にもう一度カイリー・アービングの動画を観たら、興奮してなかなか寝付けず、さすがに電車の中では熟睡だ。
延々と電車を乗り継いで、さらには駅から予約しておいた送迎バスに揺られること20分あまり、ようやくスクールの施設に到着した。
俺は初心者コースだが、他のコースも同時開催らしく、けっこうな人数が来ている。
広いロビーで開講を待っていると、美那からメッセージが入った。
――>怪我をしないでね。がんばって。
なんだ、なんだ。ずいぶん優しい言葉じゃん。それに昨日のあのキスのようなものはなんだったんだ?
開始時刻になると、担当のインストラクターが、初心者コースの人だけを集めて、参加者に自己紹介と抱負を言わせる。
全部で20人。
わりと年配の人が多く、20代はちらほらという感じだ。高校生は俺ひとり。女性は3人で、夫婦で来ている人もいる。
なんか想像していたのとぜんぜん違う。
受講枠の最後のひとつをゲットしたらしい俺は、指名の順番も最後だった。
俺は免許取得の経緯を、知り合いの駐車場――河原とか言うと面倒そうなので、嘘――で、友達のお兄さんの250ccのバイクを使わせてもらって、友達と一緒にそのお兄さんから教えてもらいながら練習して、教習所っぽいコースで有料の単発講習を数回受けた上で、試験場で5回挑戦した、と話した。
試験場合格には一部の人から「おー」と声が上がる。
続けて抱負を、「心配した親からライディングスクールに行ってからじゃないとバイクに乗ることを許可しないと言われて来たので、とにかく親に心配をかけない技量を身につけて帰りたい」と、うまくまとめたつもりだった。
でも、これに関してはどちらかというと反応は冷ややかで、社交辞令的な拍手がぱらぱらと起きただけ。
むう。そんな甘くないということなのだろうか?
建物の外に出て、まずはしっかりした準備運動。
バイクは250と400で選べるが、自分のバイクに合わせて250ccを選んだ。日常的なバイクの点検方法を教えてもらう。
インストラクターの後に続いて受講者が一列に並んで走る。
遠くまで来た甲斐があって、講習用の敷地はやたらと広い。
まずは、「発進」と「停止」という基本的なことをする。
何度も来ている受講者に比べると、超基本のこれさえも俺はまだおぼつかない感じ。エンストもするし、かっくんブレーキもしてしまう。
それとライディングフォーム。
インストラクターからかなり指示を受けた。
「前に座りすぎているから腰をひいて後輪に荷重をかけるように」とか、「肩に力が入りすぎているからリラックスして」とか、「ニーグリップをしっかり」とか。
とにかく基本ができてないらしい。
次は「ブレーキング」。
これまた自己流を直される。
とにかく操作が雑らしいのだ。
レバーの握り方や力の入れ方、前後ブレーキの連動など、徹底的に指導される。
ここまで丁寧に教わっているのは俺だけみたいだ。
「よく免許取れたなー」と、インストラクターにつぶやかれ、なんか、凹む。
いや、こんなことで負けるわけにはいかない。Z250が待っているのだから。
急制動の練習ではついに転倒を
ただ肘や膝にはスケボで使うようなプロテクターを着けているし、バイクにはエンジンガードなんかが付いている。
それに自分のバイクじゃないから気が楽だ。
自分のZ250で転倒したら泣く。
かーちゃんに感謝だ。
午前中の最後は、パイロンを使った「スラローム」。
スラロームというのは、パイロンの間を抜けてくねくね走るやつで、ブレーキングまでに比べると、バイクを総合的に操る必要がある。
だから、これはもっと悲惨。
免許を取る前にそれなりに練習したつもりだったが、パイロンにぶつける、曲がりきれない、転倒と、失敗の連続。
順番の列をはずされて、個人指導でアドバイスされる。
アクセルのオン・オフで向きを変えるとか、ブレーキを使った前輪への荷重移動とか、言葉の意味はわかっても、実践となるとむずかしい。
見兼ねたインストラクターが特別に俺を後ろに乗せて、見本を見せてくれた。
アクセルのメリハリがはっきりしている。他の受講者に注目されて恥ずかしかったけど、これでだいぶコツがつかめた。
失敗せずにクリアできたところで、昼休みになった。
ちょー疲れた。
食堂で定食を食った後、お茶をすすっていると、隣に座った同じコースの比較的若い人(たぶん20代半ば)が話しかけてくれた。
「俺は2回目なんだけど、免許を取ったもののしばらく乗れなくてさ。バイクを買うことになって、2カ月前に初めて受講したんだ。そのときは俺も何度も転倒して、インストラクターも最初はあきれてた」
たぶん、俺を慰めてくれているのだろう。
「僕も免許を取って以来バイクに乗っていないし、教習所に行ってないから、かなり自己流らしくて、凹みました」
「ま、それにしては上出来じゃないの? フォームも良くなってたし、最後はスラロームもクリアしてたし」
「はい」
慰められて、少しは気持ちがアガった。2回目ともなると、けっこう他人のことも見てるんだな。俺にはそんな余裕はまったくなかったけど。
同じテーブルに座ったリターン組(若い頃にバイクに乗っていて、歳を取ってから再びバイクに乗り始めた人)のスポーツマンっぽいおじさんが会話に加わってくる。35歳くらいかな。
「僕は3回目。リピーターはみんな結構うまいでしょ。でも気にしなくていいと思うよ。それに丁寧に指導してもらえてラッキーじゃない」
「はあ」
そういう考え方もあるか。同じ金を払うなら、確かにいっぱい教えてもらったほうが得だ。
「すごい上達だよね」と、20代のひと。「あっという間にサマになってきたもん。まだ午前中なのに。あ、俺、イトウです。よろしく」
「僕は森本です。よろしくお願いします」
「僕はタナカ・サトシです。森本君はなにかスポーツやってるの?」
タナカさんというリターン組が訊いてくる。
「あー、前はテニスをやってましたけど、最近、バスケを始めました。3人でやるほう」
「え、3x3(スリー・エックス・スリー)?」と、タナカさんが驚いた顔をする。
「はい」
「あのストリートでやるやつ?」とイトウさん。
「まあ、それに近いものです」と、タナカさんが答える。「ストリートは3on3(スリー・オン・スリー)って呼ばれてますけど、3x3という正式競技ができたんですよ。少しルールも違います。東京オリンピックでも正式種目になりました」
「詳しいんですね」と、俺。
「僕もやってるから」と、タナカさん。
「そうなんですか!」
おお、こんなところに同士がいるとは。
同士って、俺はまだ昨日初めてコートに立った超初心者だったな……。すっかり美那ワールドに巻き込まれちまっている。
「チームとかに所属してるの?」
「まあ、昨日、チームが結成されたばかりで……」
「お、そうなんだ。あ、ごめんね、イトウさん、バイクの講習会でバスケの話題で盛り上がっちゃって」
さすが、大人だ。気遣いだ。
「いえ、いいです。俺も興味ありますから」
イトウさんも大人だ。それとも俺がガキなだけなのか?
「僕は会社の同好会でやっててさ。森本君たちはどの辺で練習とかしてるの?」
「まだ昨日が初回だったんですけど、新横浜辺りのコートを借りました」
「じゃあ、けっこう近いね。うちの会社は川崎市でさ、会社の体育館が敷地内にあって、週2とか3のペースで昼休みとか仕事の後とかやってるんだ」
「へー、いいですね」
俺も早く練習場所を見つけないとなぁ。いつまでたってもうまくなれん。
「森本君のチームはどのくらいのレベルなの? 全員、初心者?」
「いえ。4人だけのチームで、バスケ経験者ふたり、初心者ふたりです。もうひとりの初心者はバレーボールをやっていた人でジャンプ力が半端なくて、戦力になりそうですけど、僕なんかまだドリブルも下手で」
「そうか。でもバイクの上達を見ると、バスケもすぐ上手くなりそうだな。試合とかはしないの? まだ結成したばかりで、そこまでは考えてないか」
なんだ、この展開。まさか、試合したいとか?
「無謀にも9月の大会にすでにエントリーしてて、いま練習試合の相手を探しているところですけど……」
と、俺は恐る恐る言ってみる。
「それはそれは。よかったら、今度、試合しない? うちも新入部員が入ったし、対外試合する相手を探してたんだ。メンバー同士とか、いつも同じチームとだけとやりあってても、刺激が少ないから。うちは10人以上いるし、ほどよいレベルで構成できると思うんだ。どうかな? 休日なら会社に申請すれば、社外の人も一緒に体育館を使えるし」
「もしあれだったら、チームの代表と話してもらえませんか? 僕は一番下っ端なんで……」
「もちろん。いつ連絡しようか? 連絡先を教えてもらえる?」
「つながるかわかんないですけど、いま、電話してみましょうか?」
「ほんと? 善は急げっていうからね」
「じゃあ。イトウさん、すいません」
俺もちょっと大人の気遣い。イトウさんが手を上げて、応えてくれる。
昨日教えてもらったオツさんの番号に電話をしてみる。
まさか、ナオさんとベッドの中、とかないよな? そうか、門限があるから、ナオさんは女子寮に帰ってるか。
「あの、森本ですけど」
「モリモト? あ、リユか」
「ああ、はい」
「どうした。まさか、辞めるとかじゃないよな」
えらくドスの効いた声だ。機嫌悪いとか?
「違いますよ。今朝だってドリブルの練習しましたから。それより、今、バイクの講習会に来てるんですけど、練習試合をしたいという人がいて……」
「あ? なんでバイクの講習会なんて行ってるんだ? そうか、バイクを買ったんだったっけ? なんでバイクの講習会でバスケの練習試合なんだ? すまん、いま電話で起こされて、意味がわからん」
「すみません。たまたま昼休みに話をした人が、会社で3x3の同好会をしてる人で、会社が川崎市で、メンバー10人に新入部員もいるし、うちのチームとレベルを合わせたメンバー構成で練習試合できるんじゃないかって……しかも休日なら会社の体育館を使えるそうです!」
俺は、寝ぼけているオツさんに邪魔されないように、分かっている情報を一気にまくし立てた。
「おまえ、俺をからかってるんじゃないよな?」
「違いますよ。タナカさんっていうんですけど、電話代わってもらってもいいですか?」
「悪い。ちょっとだけ待ってくれ。30秒」
「はい」
その間に、俺はタナカさんに状況を説明した。やりとりを聞いていたらしい、タナカさんとイトウさんは笑っている。オツさんの声はでかいので、スピーカーにしてなくても聞こえていたのだろう。俺もスマホをちょっと耳から離していたし。
「待たせたな。じゃあ、代わってくれ」
俺はタナカさんにスマホを渡した。
タナカさんの大人な話し方にオツさんも俺とは違う大人の対応をしているらしい。だからオツさんの話し声はほとんど聞こえてこない。ただタナカさんの穏やかな表情を見るとスムーズに話は進んでいるようだ。
「うまくいくといいな」と、イトウさんが声をかけてくれる。
会話の終わったタナカさんが、「ありがとう」と、笑顔でスマホを返してくれた。
「もしもし、どうでした?」
「でかした、リユ。前期末試験はいつ終わる?」
「7月9日です」
「何曜日だ?」
「火曜です」
「じゃあ、そのすぐ後あたりで試合を組んでもらおう。ミナには俺からすぐに連絡してみる。じゃあな」
試験後すぐかよ。練習する時間がほとんどないじゃん。ま、ナオさんを入れた3人がメインで、俺は控えだろうな。
「じゃあ、森本君、よろしくね。ハナムラさんと連絡を取り合って、日程とかを決めるよ。ありがとう。楽しみにしてるよ」
「はい!」
なんか燃えてきたぜ。もう何回もコートで練習はできないだろうし、美那に任せきりにしないで、自分でも使えるところを探してみなきゃな。
何光年も離れているとはいえ、カイリー・アービングという目標ができたからには、絶対にそこに近づいてやる‼︎
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