1—12 初練習

「雨にならなくて、よかったな」

 花村さんがコートの上で暮れかけた空を見上げる。


 ショッピングセンターの中に作られた、屋根なしの一面だけの3x3用コートだ。オープンスペースにあるけど、やたらと人の行き交う場所ではないのがありがたい。へたっぴなところを衆人の目にさらしたくないからな。

 屋外のコンクリート素材のコートなので新品のナイキはお預けだ。

 更衣室のないことを、美那は俺以外には伝えていたらしく、すでに服の下にそれなりの服を着ていた。「言うの忘れてた。ごめん」と、美那が屈託なく謝る。しかたないから、俺はトイレで着替えた。まあいいけど。

「今日はどんなメニューを考えてるんだ?」

「コートは2時間借りてます。まずは軽く遊びませんか?」

 花村さんの問いかけに美那が答える。

「そうだな。互いのプレーの特徴もつかみたいしな」

 俺にすれば、ちょっとしたテストみたいなものだ。だけど見栄を張ったところでたかがしれているのだから、気楽にプレーしよう。

「じゃあ、とりあえず、お互いを知ってる、先輩と菜穂子さん、わたしとリユで組みましょう」

「そうだな」

 準備運動を兼ねて、花村さんと美那がボールを軽くゴールに投げたり、ドリブルをしてシュートしたり、し始める。

 俺と菜穂子さんもそれを真似る。花村さんの視線を感じる。

 5分ほどして、「そろそろ始めましょうか」と美那が声を掛ける。


 とりあえずは勝敗はなしということで、ポイントは数えない。

 まずはアーク――バスケのスリーポイントラインを3x3ではそう呼ぶらしい――の中から、守備側の美那が外側にいる攻撃側の花村さんにボールを軽くトスする。

 ゲームの開始だ。

 花村さんがドリブルで横にれて、菜穂子さんにパスを送る。美那のディフェンスはまだ本気を出していない感じだ。

 菜穂子さんのドリブルを俺が防御。

 ドリブルで横に行くと見せかけて、菜穂子さんがいきなり飛ぶ。

 高い!

 負けずに俺も飛んだはずだけど、ぜんぜん届かない。シュートされてしまう。

 ただ、ボールはボードに当たってゴールはならず。ラッキー。

 こぼれたボールを素早い動きで美那が拾う。

「リユ、外に!」

 そうだ、3x3は攻撃が入れ替わった時、一度アークの外に出てないと攻撃に移れないんだった……。

 俺のとろい動きを見限った美那が、ドリブルでアークの外側に出る。それに対して花村さんがディフェンスに入る。

 俺はパスを受けられそうなスペースに走り出す。

 美那からワンバウンドの早いパスが出る。

 一段スピードをアップして、菜穂子さんを振り切り、パスをキャッチ。

 ドリブルから、ステップを踏んで、レイアップシュート!

 うおー、決まった‼

 なんとチーム結成、初のゴールが俺とは……!

「ナイス、シュート」と、美那がハイタッチ。

「おう、ナイスだ」と、花村さん。

 菜穂子さんも笑顔でハイタッチをくれる。

 暫定ルールは、ゴールが決まったら攻撃権を切り替えて、アークの頂点付近で守備側から攻撃側にボールを渡す。どこが暫定ルールなのかは俺にはよくわからん。


 花村さんと菜穂子さんのペアが再び攻撃だ。

 ゲーム再開。

 美那から花村さんにボールをトス。

 今度は美那が花村さんの動きを封じる。

 花村さんがドリブルを止め、両手でボールをホールドしてジャンプ。

 そのままシュートかと思いきや、菜穂子さんがゴールに向かって走り出す。

 俺も負けじと追従する。

 菜穂子さんが、まるでバレーボールのスパイクを打つようにジャンプすると、そこに美那の両手の上を越えた花村さんからの緩いパスが……。

 なんと菜穂子さんがそれをキャッチして、ダ、ダンク……。ほんとに初心者か?

「いきなりアリウープ……」と、美那がつぶやく。

「わーい、決まったー」

 菜穂子さんが飛び跳ねる。花村さんが駆け寄り、菜穂子さんが抱きつく。

 うらやましい……。

「やったなー、ナオ! 初めて決まったじゃないか!」と花村さんが叫ぶ。

 俺と美那はがっくりと肩を落として視線を合わす。高さではふたりにかなわない。

 でも待てよ。チームメイトじゃん!

 美那が菜穂子さんとハイタッチ。俺もそれに続く。満面の笑みの菜穂子さんが可愛い。

「すごいジャンプ力。先輩から聞いて想像していた以上」

「これはおもしろいチームになりそうだな」と、花村さんがつぶやくように言う。「山下、俺たちもそろそろ本気を出すぞ!」

「了解」

 そこからは、俺も菜穂子さんも、花村さんと美那のテクニックに翻弄ほんろうされて、手も足も出ない。

 花村さんのダンクに、美那の華麗なレイアップシュート。バスケ部の先輩・後輩の点の取り合いだ。

 それでも菜穂子さんはジャンプ力を生かして、パスを受けたり、時折シュートを決める。

 俺は美那からの鋭いパスをハンブルしたり、ドリブルを菜穂子さんに取られたりとさんざんだ。

 10分経過したところで、一旦、終了。

 それでも俺もなんとか、レイアップ1本とツーポイントもどきシュート(片足がアーク内に入っていた)を2本、合計3本決めたぜ。

 

 休憩を挟み、メンバーを交換だ。

 こんどは美那と菜穂子さん、花村さんと俺という「同性ペア対決」。

 美那は、菜穂子さんの高さを活かして、ミドルシュートのリバウンドを菜穂子さんに確保させる。身長は俺とほぼ同じなのに、空中での到達点が優に10センチ以上は違う。

 その菜穂子さんは、花村さんに高さでは対抗できるものの、技術で簡単にかわされてしまう。

 俺は、菜穂子さんの高さにはまるでかなわないけど、動きの速さでは完全に上回っている。フェイントで振り切れる。

 だけど、美那の前ではそれも無力。テニスの横っ飛びのボレーみたいな姿勢で、花村さんに捨て身のパスを送れるくらいだ。


 最後はなんと、花村さんと美那の「バスケ部コンビ」と、菜穂子さんと俺の「未経験者コンビ」で対戦する。

 いや、それ無謀でしょ。

「1点でも取ってみろ」

 花村さんの言葉に菜穂子さんが闘志を燃やす。普段の穏やかで可愛らしい表情と違って、負けん気の強い一面を見せる。

 俺だって密かに燃えている。

「リユ君、行くよ」と、菜穂子さんが力強く俺に声を掛ける。

「うっす」と、俺が答える。

 開始を前にナオさんがバッグからコンデジ(コンパクトデジタルカメラ)を取り出して、なにやら操作してバッグの上に置いた。

「おい、ナオ、コ、なにやってんだ、始めるぞ」と、花村さんが呼びかける。

 想像以上に差があって、笑えるほど簡単にボールを取られ、軽々とゴールを決められていく。

 最後の最後に、俺がまぐれで花村さんをドリブルでかわし、リングへとジャンプした菜穂子さんにパス。

 美那も菜穂子さんの高さには届かず、パスが通る。

 でも横に逸れ気味の俺からのボールを菜穂子さんはきちんとキャッチできず、ボールは無情にもリングに当たって、外に落ちてしまった。


 結局、俺と菜穂子さんのペアは1点も奪えず、終了。

 ゴール下でうなだれる菜穂子さんに近寄ると、瞳からは涙がこぼれている。

「すいません。俺のパスが悪くて」

 菜穂子さんが顔を上げ、濡れた瞳で睨むように俺を見る。

「バレーならあのくらいのトスはちゃんとアタックできないとダメなの……バスケでもキャッチできるようにならないと」

 歩み寄ってきた花村さんが、「危うく1点取られるところだった」と、言いながら俺の肩を叩く。

 美那が菜穂子さんの肩を抱き寄せ、「すごい戦力。このチーム、絶対強くなりますよ」と、笑顔で言う。菜穂子さんは美那に抱きつき、声を上げて泣き始める。

 俺の肩に手を置いたまま困り顔で立っている花村さんに、美那が笑顔を向ける。そして、俺にウインク。まじか。ドキッとするじゃんか。やめろよ。


 初練習を終えて、菜穂子さんの用意していたデジカメで記念撮影。それから、花村さんのエクストレイルで近くのステーキハウスに。なんと、花村さんがおごってくれると言う。

「いや、今日は楽しかった。バイト代も入ったばっかりだし、好きなものを頼んでいいぞ」

 夕方の早い時間とはいえ、土曜日なので結構混んでいる。

 美那も菜穂子さんも遠慮なく頼んでいるようなので、俺も便乗させてもらった。あんまり高くないのにしたけど、ひさしぶりのステーキだ!

 かーちゃんに、「飯食って帰る」と、メッセージを入れておく。大会の承諾書の件で美那を連れていくことは朝のうちに伝えてある。

「花村先輩ってうちのバスケ部では伝説になりつつあるんですよ」

 美那が面白そうに話題を切り出す。菜穂子さんが話に食いついてくる。

「うちのバスケ部は男女共あまり強くなくて、例年、男子は支部予選――県内の地区予選みたいなものです――を突破できるかできないか、女子は支部予選を一度も突破したことがないんです」

「いつまでたっても強くならんな。学校も強化する気がないし、だから有望選手も集まってこないという悪循環だ」と、花村さんが解説を加える。

「ところが、花村先輩が2年の時、たまたまメンバーの粒が揃っていて、インターハイの県予選で初めて支部を突破したんです。翌年はその効果もあって有力選手も入って、全国にあと一歩まで迫ったんですよ」

「結局、行けなかったけどな」

「話はそこからで、先輩が3年の春季大会で成績がよかったから、冬の大会の県予選の出場権を得ていて、花村先輩は3年の冬までバスケに打ち込んだ結果、生徒の9割は進める系列大学への推薦枠を逃してしまうんです。バスケも残念ながら全国には届かなかったんですけど。ところが、菜穂子さんも知っての通り、現役で京浜工科大学けいひんこうかだいがくに合格しちゃったんです」

「うわー、すげー」と、俺。「うちの学校は推薦から漏れたら、ほぼ浪人覚悟だもんなぁ。それで現役で理工系トップクラスの大学!」

「俺は一応、推薦枠には入ってたんだぞ。でも行きたい学部に行ける成績がなかったから、受験したんだ。それもだいたい予想できていたから、学校の成績よりも受験勉強に切り替えておいたんだ」

「そうだったんですか。ますます伝説になりそうです」と、美那。

「へえ、知らなかった。航太さん、かっこいい……」

 菜穂子さんが花村さんの顔を見る。

「まあ、それほどでも……」

 俺と美那が顔を見合わせる。おのろけもほどほどにしてください。

「そういえば、大会はもう申し込んだのか?」

 花村さんが真顔に戻る。

「先着順なので先輩からOKが出た時点で申し込みました。エントリーは完了です」

「去年の決勝ラウンドのチームを見たら、そこそこ名の知れたやつがいたぞ。山下が本気で勝つ気なら、ちょっと気合を入れていかんとな」

「わたしは勝つ気です。優勝を目指してます」

 美那のやつ、例の男のことは言ってないんだろうな。

「俺たち4人、戦力的には潜在力を秘めてはいるが、大会は9月だろう? チームとしてどこまで完成するか……」

「大会は9月14日土曜日です。わたしたちはこれから前期末試験に入るし、こいつは夏休みにバイトで1週間くらいいなくなるから、実質2カ月ですね」

「まあ、しょっちゅう集まれないし、それぞれで練習した上で、練習試合でチームを固める感じか」

「そうですね。ただなかなかバスケの練習場所が……」

「学校の体育館でやればいいじゃないか」

「それがですね……ちょっと事情があって、それは難しくて。それにこいつ、バスケ部じゃないし」

「こっそり大会に出るつもりなのか。まあ部や学校に知られると面倒なことも多いからな」

「はい」

「ま、いずれにせよ、うまいこと探して、練習するしかないな。とにかくバスケを身につけてもらわんと」

 俺と菜穂子さんは小さくなる。

「いや、俺たちにしても、サークルの中じゃ、ちょっと肩身が狭くてな。なにしろ、この菜穂子を、加入早々俺が奪っちまったもんだから、特に先輩男子からの風当たりが強くて」

「……確かに争奪戦になりそう」

 菜穂子さんは首を横に振って否定しているが、俺は美那の言葉に強くうなずく。入学早々の香田さんとか美那とかと1年男子が付き合うようなものだ。

「いや、まあ、そういうわけで俺たちもこっそり練習する感じになる」

 今度は菜穂子さんが首を小さく縦に振る。

「先輩、練習試合ができそうなチーム、知りません?」

「俺も3x3はな……でもたぶん何人かツテをたどれば、いくつか頼めるかもしれん。ただ今日のレベルじゃきついな。そうだ、過去の大会の記録からちょうどいいレベルの相手を探して、直接連絡してみる手もあるかもな」

「そうか。さすが先輩。ところで先輩、プレー中の呼び名を決めません? コートネームを」

「べつに決めなくてもいいだろ。自然に出るやつで」

「わたしはミナと呼んでください。こいつはリユ。菜穂子さんは、ナオコか、2文字に統一してナオか」

「ナオコは言いにくいでしょ? バレー部とかクラスではナオって呼ばれてました」

「じゃあ、ナオで」

「はい」と、うなずく菜穂子さん。

 なぜか花村さんが顔を赤らめている。

「リユは意外と丁寧なやつなんで、ハナムラさんと呼びそうで、それだと試合中は時間がかかりすぎですよね」

「俺はまさか……それはやめろ」

「オツ」

 俺たち3人は同時に低い声で言って、声を出さずに笑う。

「コウタじゃ、だめか?」

「やっぱ、オツさんはオツでしょう」

「だから、〝さん〟は付けるなって。でもな、大学4年なんて、俺なんかよりよっぽどおっさんくさいやついるからな。な、菜穂子」

「たしかにサークルでは航太さんはは感じないです。あと2年したらわかんないですけど」

「いや、そうはならん。わかったよ。だけど絶対、〝さん〟はつけんなよ」

「了解」と、美那が笑顔で応じる。

「じゃ、あとは俺と山下で連絡を取り合って進めていくか。それでいいかな」

「はい」と、美那。俺と菜穂子さんがうなずく。

「山下とリユ君は家が近所なんだろ? 車で送ってやるよ」

「え、いいんですか?」

「ま、ドライブがてら」

 花村さんは笑顔で美那に答えると、伝票を持ってさっと立ち上がった。おとなだ。勉強になります。

「ごちそうさまですっ!」と3人が声を揃える。

 花村さんが手で会釈してレジに行ってしまうと、菜穂子さんがこっそり言う。

「実は、ふたりきりのときはナオって呼ぶの」

「うわー」

 俺と美那が声を上げる。

「じゃあ、まずいですかね?」

「ぜんぜん、かまわない。それと、できるだけ敬語、丁寧語はやめにしません? あ、わたしもつい使っちゃうんだけど、チームはフラットのほうがいいと思うから。ま、臨機応変に」

「賛成。そうする」と、美那。

「わかりました。あ、俺もつい。気をつける」

「ただ、わたしは花村先輩には普段はさすがに……試合中はいっさい気を遣わないけど」

 美那でさえ部活の縦つながりはなかなか壊しにくいのだろう。

「わかるー。わたしも試合中はいつもそうだった」

「ナオさんも京浜工科大学なの?」

「わたしは京工大けいこうだいじゃなくて、桜蘭おうらん女子大」

「じゃあ、家とか厳しそう。実家ですか?」

「実家は福岡なの。東京では女子学生向けの寮に入ってる。いろんな大学の人がいるの」

「へー、そんなのがあるんだ」

「門限とかあるから面倒だけど、男の人は入ってこられないから安心だし」

「門限って何時?」

「夜は11時。だからそれほど不自由じゃないけど」

 花村さんが戻ってきた。

「なんの話だ?」

「今、ナオさんの寮の話です」

「ああ、それな。お、もう7時か。さ、行こう」

「それから、フラットなチームにするため、できるだけタメ語にしようって3人で決めたんですけど、いいですか?」

 花村さんが美那を鋭い目で見る。

「そのあたりは、車の中で話そう」

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