第5話 悪役令嬢は突然襲ってくる事もある



 パメラは走った。


 処刑されれば伯爵家は終わりである。

 まだ爵位を継げないかわいい弟の為にも……このまま終わるわけにはいかないのだ。


 ジェドも走った。


 なんだか知らないけど剣をぶん回しながら凄い形相で追いかけてくる女性がいるからだ。

 誰なのか何なのか全然分からないが、1つだけ確実に分かる……


「お前っ、絶対悪役令嬢だろーーー!!」



 ―――――――――――――――――――



 公爵家の子息で皇室騎士団長ジェド・クランバルは神様の悪戯なのか前世の悪逆か何かの呪いか……なーんにもサッパリ原因が分からないが、とにかく悪役令嬢が寄ってくる特異体質であった。


 ただ性格が悪いだけの令嬢ならばまだかわいい方である。が、揃いも揃って断罪だの処刑だの、物騒な未来が待ってるとかいう厄介な爆弾を抱えていたのだ。

 うちの国、平和だからそんな事は起こるはず無いのだが、何の力が働くのか分からないが放っておくと勝手に断罪イベントが始まってしまうから恐ろしい。

 何度も言いますがうちの国、処刑とか追放とかそんな物騒なシステムはありませんので勝手に始めないで欲しい。


 つい先日もパーティーでダンスを楽しんでいたら急に悪役令嬢断罪イベントに巻き込まれてしまい、騎士団仲間からは『悪役令嬢と事故る不運と踊っちまった漆黒の騎士』とかいうふたつ名を付けられた。もうふたつ名の程をなしているのか、いよいよ怪しい。


 いつにも増して前置きが長くなってしまったが、今日の俺は何故か悪役令嬢らしき女に追いかけられていた。

 いつもの如く突然である。街中で突然剣で切りつけられた。おま、恐ろしすぎるだろ……

 騎士団長じゃなきゃ避けられなかったと思う。騎士団長で良かった。一般市民ならば即死である。

 避けられると踏んでいたのか、その後も猛攻撃は止まらず、この街中での追いかけっこが始まった。

 縦横無尽に壁を走り、狭い路地を抜け、塀を飛び越える。

 異国のスポーツで『パルクール』という、アクロバットをしながら壁とかを飛び越えていく物を見せて貰った事があり、カッコいいと思って密かに真似して練習していたのが役に立って良かった。


 しかしこの悪役令嬢、一歩も引かない。凄いスピードで着いてくる。怖すぎる。

 最早、山姥である。悪役じゃないよ、悪そのものだよ。

 怖すぎて逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。あ……いや、今逃げてるわ。


 だが、こうして逃げていても埒が明かないので意を決して話しかけてみた。


「ストップ! 一旦待とう、タンマだ。まずはせめて理由を聞かせてくれないか……貴方はその、悪役令嬢なのだろう……?」


 落ち着かせるように優しく聞いたつもりだったのだが、俺の問いかけに女は固まり、目を見開いて剣を落としプルプル震え出した。えっ? 俺、何かまずい事言った……?


「何故、私が悪役令嬢だと知っている!??! 前世の記憶の事は誰にも話していないのに!!」


 いや、そこ?! うーん……いや、そこ気になるか。


「ああ、いや、何というか……貴方の事情は全く知らないんだが、その……同じような人にたまたま会ったというか……何となく」


 ごめんなさい、自分、悪役令嬢呼び寄せ体質なもので……


「そうだな……普通の令嬢はこうやって剣を振り回したりしないからな。何か事情があると思われ調べられたか。流石公爵家、情報が早い」


 いや、普通の悪役令嬢だったとて急に襲ってきたりはしないんですが?

 あと何か勘違いされてるが、いくら情報屋とかスパイとか忍びとか抱えていてもこの短時間で事情を把握するのは無理だろ。さっき会ったばっかやぞ。


「もう知ってるかもしれないが……私はカルタス伯爵家の令嬢、パメラ。そう、その通りだ。私は未来を見た……悪役令嬢だ。これから私が結婚する相手は我が伯爵家を貶め、没落に追い込んだ。私は悪女の汚名と共に処刑されたのだ」


 なるほど、全然知らなかったがカルタス伯爵家の方でしたか。あー、あと未来から巻き戻って来た系ねー、ハイハイ。


「あの結婚は間違いだった。私の家は……弟は、私が守らなくてはいけないと思い、巻き戻って以来剣の腕を磨き上げた。そして、我が家宝であり代々の当主のみが扱う事が出来るという聖剣『水龍の怒りと悲しみ』をついに手にする事が出来たのだ!」


「なるほど……それは頑張りましたね」


 おめでとう。……何その剣の名前。

 まぁでも当主になれるんならば良かったんじゃない?


「そこでだ……騎士団長殿、貴方に決闘を申し込みたい!!」


「なんでやーーー!!! えっ、今の話の何処にその流れあった???? 俺関係なくない??!!」


「関係はある!! 国1番の強者と闘い、その実力を認められれば晴れて『水龍の怒りと悲しみ』を持つ事を正式に認められ、正式に伯爵家が継げるのだ!!」


 かーーー、そう来ましたかーー! 確かにね、我、皇室騎士団長ですもんね!

 あっ、しかもソードマスターですからね、この間ね、晴れて頂いたんすわー、称号。

 悪役令嬢に邪魔されてる間にも鍛えてますからねー、強いですよーすみませんねー。そりゃ悪役令嬢もホイホイ来ちゃいますわー


「本当は国1番の強者は皇帝陛下だが、彼の方に剣を向けるなど不敬だし、正直、全く勝てる気がしないからな」


 おいコラ、今、暗に俺なら勝てそうってDISりましたよね。やるかコラ。


「という訳で、問答無用!!! 覚悟!!」


 問答無用とは……話し合っても無駄という事である。そう、最初から話など通じる相手では無かったのだ。

 そもそも決闘を申し込みたいとかね、言う前に攻撃してましたからね君。


「本当は女性に剣を向けたくはないのだが……」


 仕方ない――と剣を抜こうとした。が、あるべき物が腰に無かった。

 あっ、そう言えば今日非番だから剣、家に置いて来ちゃったんだった……

 さてはこいつ、丸腰を狙って襲ってきたな……? いや、汚名とかじゃなく悪女じゃん。マジで。


 真っ向から振り下ろされる剣に、いつもの癖で剣で受けようとしたのと、剣が無い事実を認識するまでに時間がかかり避けそびれてしまった。……詰んだ。

 水龍の怒りと悲しみがスローモーションに見えるし、何か走馬灯的に今まで出会った悪役令嬢の顔が思い起こされる。えっ、俺死ぬの?


 ――パチン


 一瞬何の音か分からなかったが、その音のおかげで俺は死ななかった。


「ジェド、街中で何やってんの?」


 俺の脳天をかち割ろうとした剣を防いだのは、この国の皇帝にして最強、仕事が出来る王、ルーカス陛下であった。

 しかも陛下も丸腰だったが、剣を平手で挟んで受けていた。あっ、これアレだわ、異国人が教えてくれた防御法、真剣白刃取りとかいうやつ。

 宴会でよくやる、平手で受け損ねて頭に刺さる、とかいう鉄板のギャグ以外で初めて見たわ。


「そんな……『水龍の怒りと悲しみ』は我が家系の者以外が触れただけで水龍の呪いにかかり、火傷と電撃でのたうち回るはずなのに……やはり陛下には敵わないのですね……流石です」


 流石、この国最強の皇帝ですわ。さす帝!

 てかコラ、何てモンで攻撃してんの??


「話は大体聞かせてもらったよ」


 いや、聞いてたんならもっと早く助けてください。


「ご令嬢は勘違いされてますが、その剣を持ち、力を認められる事でカルタス伯爵家を継げる……とかいうしきたりがあったのはもう何代も前の話だよ。あまりに使いこなせる人がいなくて当主不在のまま没落しかけたので、やめなさいって先代皇帝の時代に無しにしたはずなのだけど」


「えっ」


「貴女の父上、その剣使うような猛者じゃなかったでしょう? まぁ、剣を使いこなせるよう頑張った貴女は十分、当主として相応しいんじゃないかな? あと、財政難とかだったらちゃんと言ってくれれば補償も出るし、何なら経営再生の相談役を送るから。ちゃんと届け出てね」


 皇帝の仕事が出来る男っぷりに、俺も悪役令嬢も一言も発せなかった。

 パメラは皇帝から各種資料を受け取り、俺に謝罪して帰って行った。その背中は意気消沈としていた。


 うん、気持ちは分かるよ……復讐を糧に頑張ったけど、こんなアッサリ解決しちゃうんだもんね。

 まぁでも未来で結婚するはずだった男と出会ったら水龍の怒りと悲しみでぶん殴ったら良いんじゃないかな? ドンマイ。

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