第44話 魔王、急にビビりだす

 俺の城には玉座の間、と呼ばれる場所がある。って、名前は違ったとしても大抵の城にはある部屋だし、デザインもまさにテンプレって感じだから別に珍しくもなんともない。城の最奥に位置し、ご立派な椅子がポンッて置かれているだけのなんの面白味もない部屋だ。

 そんな無駄に威厳たっぷりな玉座の間で、俺は威厳ゼロの姿勢でマルコと向き合っていた。いや、向き合うって表現は正しくないな。なにせ、俺は玉座の前で正座してマルコの足元しか見てないのだから。


「…………」


 沈黙が痛い。リズと同じように洗いざらい全てを吐き出してから十五分。言葉どころか身動き一つしない。……あれ? もしかして寝た?

 恐る恐る顔を上げてみてマルコの目を見た瞬間、すぐに顔を伏せる。ばっちり起きていました。あんなにも冷たい目で他人を、ましてや魔王である俺を見る者がいるでしょうか、いやいません。


「……リーズリット嬢は?」

「へ?」

「リーズリット嬢はなんと?」


 マルコが口を開いた瞬間、部屋の温度が五十度は下がった気がした。いや、気のせいじゃないだろ、絶対。だって、俺の額から流れる冷や汗が見事に氷結してるからね。


「あの、その……軽率な発言も行動も控えるように、と」

「…………」

「俺の振る舞いで下の連中が危険に晒される事もあるんだぞ、と」

「…………」

「もっと魔王としての自覚を持て、と」

「…………はぁぁぁぁ」


 魔界の瘴気を吐き出すかのように、マルコが深々とため息を吐く。


「本当に素晴らしい恋人をお持ちですね。私が言いたい事を全て代弁してくださったようです。……こうやって反省の意を示しながら私に話したところを見るに、大分効いたんじゃないですか?」

「はい……おっしゃる通りです」


 マルコに怒られるのもそうだけど、リズに怒られるのはかなり堪える。しかも、あれはかなり本気マジだった。思い出すだけでもへこむ。


「リーズリット嬢がしっかりとお灸を据えてくれたみたいなので私からは何もありません」


 ……おろ? まさか俺許された? リズのおかげで助かった? ラッキー! そろそろ足のしびれが限界だったんだよな!


「という事で、早速今後の展開を予測し、対策を立てましょう」

「おう! わかったぜ!」

「……わかったぜ?」

「あっ……わかりました」


 マルコにぎろりと睨まれて小さくなる俺。どうやら正座はまだ続きそうです。


「先ほどの話を要約するに、『ジェミニ王国との同盟』という目標の先駆けとして、王の人柄が気に入ったキャンサー国と友好を築く、という解釈でよろしいでしょうか?」

「はい、よろしいです」

「それでキャンサー国王であるザックス氏は、魔王様の突然の提案に頭の整理が追い付かず、少し時間が欲しいと言ってきたので、魔王様はその連絡を待っている、と」

「はい、その通りです」

「……睨みをきかせておいてなんなんですが、なんだかやりづらいのでいつもの魔王様にお戻りください」


 マルコが若干呆れつつも、胸ポケットから布を取り出して自分の眼鏡を拭きながら言った。とはいえ、玉座にふんぞり返るわけにもいかないので、玉座の前でちょこんと体育座りをする。


「あちらがどういう答えを出すかは色々と考えられますが、まずは一番最悪なケースを考える事にしましょう」

「最悪なケース……申し出を断られる事か?」

「そうなのですが、真正面から断られるのであればそれほど問題ではありません。最悪なのは内心では断るつもりで、外面はこちらの話に乗ったフリをされる事です」

「あー……」


 それは確かに厄介だ。その場合、俺達は爆弾を抱える事になる。


「そうなったらどうすればいいんだ?」

「どうする事も出来ません」

「え?」


 マルコが息を吐きながらお手上げポーズを見せる。


「そもそも本当に友好を結んだのか、結んだフリをしているかなど、こちらには測りかねます。心でも読めれば話は別ですが」

「じゃ、じゃあ手はないって言うのか?」

「残念ながら。ですが、魔王様が気に入られた人物なのであれば、その可能性は低いと存じます。魔王様は見る目だけはありますからね」


 うっ……なんというプレッシャー。もし万が一これでザックスが何かを画策していたら、節穴魔王のレッテルは免れない。


「それ、リズにも言われたな。『サクが自分の正体を明かしても問題ないって思った相手なのだから、最悪の事態にはならないとは思うけど』って」

「……本当に魔王様の事を良く理解されているお方です。惜しむべきは敵国の姫君という事だけですね」

「だーかーらー、こうやって敵国じゃなくするように努力してるんじゃねぇか」

「努力の仕方が無鉄砲すぎますが……まぁ、何もしないで手をこまねいているよりはマシでしょう」


 マルコが人差し指で眼鏡をくいっと上げる。


「という事で、打開策のない最悪のケースは起こらない事を祈りつつ、他のケースの話をしましょうか。複雑に考えても致し方ありませんので、シンプルに断られるケースと承諾されるケースの二パターンについて」

「じゃあ、まずは断られるケース」

「わかりました。といっても、先ほども申し上げました通り、断られるのは問題になりません。そこで関係を白紙に戻し、それ以降互いに不干渉を貫けばいい話ですから」

「なるほど」


 断るって事は魔族とのつながりを持ちたくないって事だ。だったらしょうがない、と割り切って一切合切なかった事にしちまえばいい。そうすりゃ、なべて世は事もなし。


「そして、魔王様の提案をあちらが受けた場合なのですが……こちらが少々厄介ですね」

「厄介? なんでだ?」

「魔王様の提案にはなんら具体的な内容がないからです」


 具体的な内容……俺がザックスに言ったのは『俺と手を組むつもりはないか?』って事だけど、冷静になって考えるとやばくない? 手を組むって何? 戦争とかしてるならわかるけど、俺は何に対して手を組むつもりなの? 誰か教えて。


「まぁ、でもそれに関してはあちらも同じことが言えます。だからこそ、ザックス王は時間が欲しいと願い出たのでしょう。そして、その時間を使って親密な部下と話し合いをしている……我々の目的はなにか、とね」

「俺が他のやつにも話していいって言っちゃったからなぁ……」

「その判断は正しいと思いますよ。部下と相談する事も許さない相手とはあちら側も友好的な関係など築けるわけもないですしね」


 よかった。ダメ出しばかりで自信が持てなくなってきてたんだよね。


「具体的な内容が決まっていない以上、我々と友好的な関係を築くと決めた相手側はそれを詰めてくるでしょう。そこが一番注意しなければなりません」

「……流れで不平等な条件を押し付けられないように、って事か」

「そういう事です」


 うへぇ……俺の一番苦手な分野だ。そういうのが上手くできる奴が考えなしに正体明かすかっての。でもまぁ大丈ー夫! なんたって俺には優秀な参謀がついているからね! こいつに任せれば逆に不平等な条件をあっちに押し付ける事だってお茶の子さいさいだ!


「その辺はお前の得意分野だろ? 任せるよ」

「はぁ? 何言ってるんですか? 私は行きませんよ」

「ほへ?」


 あまりに予想外な言葉に変な声出た。いやいやいや……たちの悪い冗談止めろよ。


「何言ってんだよ。一緒に来るに決まってるだろ」

「行きませんよ。少なくとも次回は」

「な、なんでだよ!?」

「友好関係を築くのに最も大切なのは信頼です。だからこそ、部下など引き連れず、一人で行くことで魔王様が相手方を心の底から信頼している、という姿勢を見せるのです。そうすれば、相手もそれを無碍むげには出来ないはず」

「む……た、確かにそれは一理ある……」


 護衛を大量に連れてきといて『俺はお前を信用している』とはならねぇもんな。裸の付き合いじゃないけど、敵意がない事をそれなりに見せなくちゃならない。流石はマルコだ。俺と違ってちゃんと考えてる。


「それに万が一襲われでもしたら嫌ですからね。魔王様一人で行ってください」

「本音はそっちかーい!!」


 主君が襲われたら身を挺して守るのがお前らの役目だろうがっ!! ゴードンの爪の垢っていうか爪を丸ごと呑み込んで来い!!


「というわけで、魔王様は手を組むのか組まないのか、それだけ話をまとめてきてください。そうすれば次は私も赴き、話を煮詰めます。手を組む事になっても、決してそれ以上の話はしませんように」

「わ、わーったよ!」


 ものすごい念を押すように言われた。なんだか逆に緊張する。たかが手を組むか組まないか聞けばいいだけなのに……どうしよう、いつの間にか超高級な壺とか買う羽目になってたら。

 いや、待て。俺がキャンサー王国から帰ってまだ数日だ。時間に余裕はあるだろう。こうなったらマルコに一問一答の外交必勝本みたいなものを作ってもらって頭に叩き込むしか……おや? なにやらリンクにメッセージが届いているみたいだ。


『待たせて悪かったな。明日の夜、城に来られるか? ザックス』


 あー……そのパターンね。時間があると思ったらないやつ。うん。あるある。時間はないけどあるあるだね。

 もっと早くマルコに相談しときゃよかったよちくしょう!!

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