第45話 若き王、魔王の力を垣間見る

 城と町が一体化しているキャンサー王国首都アクベンス。首都といっても、キャンサー王国が治める町は現在これ一つしかない。

 城門をくぐるとすぐに街路となり、アクベンスに住まう者達の家が建ち並んでいる。その様は城の中であるという事を除けば、規模は小さいものの他の国の城下町とそう大差はなかった。

 そして、アクベンスのメインストリートをひたすら真っ直ぐ進んだとこにある立派な建物こそ、キャンサー王国の王であるザックス・デスペラードの住まいであり、他国でいう王城の役割を担っていた。そのため、王が来客と面会するための場である王の間もこの建物内に存在する。

 とはいえ、元々黄道こうどう十二国家じゅうにこっかの中でも小国だった上に、どこぞの魔王の手により大幅に領地を失った国と呼べるかも怪しいキャンサーに、他国の王はもちろんの事その使者すらも訪れる事はなかった。だから、ザックスが王の座に就いてから今日こんにちまで王の間が機能する事はほとんどなかったのだ。

 だが、今日は違う。忘れ去られていた王の間で、ザックスが王の装いで玉座に座し、ゴードンを筆頭とするキャンサー騎士団の者達が緊張した面持ちでその傍に控えていた。


「……もうじき約束の午後十時ですな」

「そうだな」


 硬質な声で言ったゴードンに、ひどく落ち着いた口調でザックスは答える。


「城門前に立たせている部下からの報告もなし。本当に来るのですか?」

「恐らくな。俺が日時を指定したら、あいつは一言『わかった』と連絡をよこしてきた」

「そうですか……」


 ザックスの言葉を聞いた騎士達の表情が引き締まった。これからここにやって来る予定の者は、王は王でもただの王ではない。


「しかし、にわかには信じがたいですな。あのサク殿が……その……」

「魔王である事がか?」

「はい。……正直言って王の言葉でなければ笑い飛ばしているところです」

「ふむ」


 無理もない話だ。人類の敵である魔族の王が冒険者達の兄貴分で、あまつさえ自分達の命を救った。ゴードンが半信半疑なのは当然の反応といえる。もちろん、それはゴードンだけではない。部下の騎士達も同じような心持ちだろう。ザックスもサクリファイスの真の姿を目にしなければ、世迷い事だと軽く流していたはずだ。


 だからこそ、ザックスはサクリファイスにあるお願いをしたのだった。


 ゴーン……。


 時を告げる鐘の音が王の間に鳴り響く。一瞬、ピリッとした緊張感が走ったが、特に異変もないので、騎士達の纏う空気が弛緩したものへと変わっていった。


「……時間ですな。どうやら、彼はここに来る途中で何らかのトラブルに見舞われた様だ。至急捜索隊を派遣して」

「その必要はないぞ騎士団長。こう見えて俺は時間に正確なんだ」


 部下達に指示を出そうとしていたゴードンの動きがピタッと止まる。騎士達も突然聞こえた声に動揺を隠せない様子であった。その様を天井のはりから見ていた男は薄く笑みを浮かべると、黒い羽根を舞わせながら王の間へと降り、静かな声で魔法を唱えた。


「'常闇トコヤミクサリ'」


 その瞬間、無数の黒い穴が空間に現れ、そこから漆黒の鎖が勢いよく飛び出す。何が起こったのかまるで理解できない騎士達の目の前で、あっという間に王の間は黒い鎖に支配されたのだった。


「これは……一体……!?」


 自分の目で見た光景を信じられないでいたゴードンであったが、頭よりも先に体が動き、腰に差していた剣で鎖に斬りかかる。四方八方に張り巡らされた鎖は見事に自分達とザックスを分断していた。このままでは王が危ない。ほとんど反射的に振り下ろされた剣は、鎖に当たったとこから飴細工のように砕け散った。


「なっ……!?」


 自分の剣を見て目を見開くゴードン。そのまま視線は王の間の中央で黒い翼を広げたまま悠然と佇んでいる男に吸い寄せられる。


「初めまして、てわけじゃないからな。自己紹介は省かせてもらう。……あんたらの王様に呼びつけられた魔王サクリファイスだ。よろしく」


 そう言い終えるや否や、サクリファイスは極大な魔力を体から放出した。それを真正面から受けたゴードン達は呆気なく悟ってしまった。目の前で不敵な笑みを浮かべている男は自分達とはまるで次元が違う存在なのだ、と。だが、それでもゴードンはしっかりと足を踏ん張り、折れた剣を力強く握りしめる。


「……とまぁ、お前のわけの分からん注文に答えてやったけど、こんなもんでよかったのかよ?」

「あぁ、十分だ。つーか、俺までビビったわ。もう少し手加減しやがれアホ」

「はぁ? お前が圧倒的な魔王って言ったんだろうが」


 顔をしかめながらサクリファイスが指を鳴らすと、王の間を拘束していた鎖が砕け散り、跡形もなく消えてなくなった。それと同時に、体から放っていた魔力を止め、ゴードン達の体に自由が戻る。


「ザ、ザックス様……?」


 それでも、体に刻み込まれた恐怖はそう簡単には拭う事が出来ない。震える体を必死に抑えつけ、ゴードンが目で説明を求める。


「俺も知りたいぜ。『圧倒的な魔王って感じで登場してくれ』とか、いきなり言われても意味わからなかったわ」

「いやー、どうにもうちの連中が魔王だって事を信じられなくってよ? これ以上言葉を重ねても無駄だと思ったから、実際に自分の目で見て確かめさせようと、お前に頼んだってわけ。……効果こうか覿面てきめん過ぎたけどな」


 未だにその場で尻もちをついたまま立つ事も叶わない騎士達を見て、ザックスは苦笑いを浮かべた。


「もう少し手加減してくれてもよかったんじゃねぇか?」

「キャンサー王から直々の御依頼だぞ? 手を抜くわけにはいかないだろ」

「俺も玉座でふんぞり返っていなかったら、腰抜かしていた自信があるわ。……でもまっ、これでこいつが魔王だって事は信じられただろ?」


 ザックスが声をかけると、ゴードンを含め騎士達が何度も首を縦に振る。概ね思惑通りの展開。ただ一つ予想外だったのが、サクリファイスだった。


「まったく……お前一体何者なんだよ?」

「魔王サクリファイスだって名乗っただろ? それ以上でもそれ以下でもねぇ……それに俺が何者でも関係ないだろ?」


 "最弱"と呼ばれる魔王が見せた圧倒的な魔力。自分達の領土を奪っていった魔王もあそこまでの力はなかったと記憶している。もしかしたら自分はとんでもない化け物と関りを持ってしまったのかもしれない。


「……そうだな。じゃあさっさと用件を済ませて酒でも飲むか」


 だが、それがなんだというのだ? 化け物と手を組む、結構な事じゃないか。普通の相手など何の面白みもない。

 敵地かもしれない場で悠然と構えている魔王を見て、ザックスは冷や汗を流しながらにやりと笑みを浮かべた。

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