第43話 魔王、普通に勇者に叱られる

 キャンサー王国の王を魔物の手から救うという珍事が起きてから数日が経った。今日は久しぶりにリズとデートをしている。


「何がいいかしらねぇ……」


 メニューと必死に睨めっこしている恋人を俺は静かに待っていた。リズはさばさばしているくせに、極稀に優柔不断になったりする。今日はそれがメニュー選びで出たようだ。ちなみに俺は即断即決。ビーフシチュー以外にあり得ない。


「そういえば、この前トゥース達のクエストの手伝いをしてやってさ」

「トゥース? あぁ、前言ってた冒険者ね」

「そうそう。その都合で俺も冒険者になったんだよね」

「サクが冒険者とかなんか笑えるわね。……パスタにしようかしら」

「魔物狩りのクエストだったんだけどさ、そのクエストを終えたところでグレートウルフに襲われている集団を見かけたんだよ」

「グレートウルフに襲われる? モフモフしてただけなんじゃないの?」


 いや、あの魔物をモフれるのはリズレベルじゃないと無理だから。普通の人族じゃモフろうとした瞬間に丸呑みコースだから。


「別に放っておいてもよかったんだけどな。トゥースが意気揚々と飛び出していったから渋々人助けしたんだよ」

「人助けねぇ……グラタンも捨てがたいわ」

「そしたら助けた男がキャンサー王国の王様でさ。あれには驚いたなぁ」

「王様ねぇ……デザートの事を考えると、あまりカロリーが高いものは選ばない方がいいわよね」

「なんやかんやあって、俺の正体をばらして手を組もうって話をしてきた」

「手を組むねぇ……あー! どれも魅力的で決められないわ!」


 リズが困った顔でメニューの右左に視線を走らせる。あれ? 意外とそんな感じ? 実は怒られるんじゃないかって心臓バクバクだったんだけど。なんだ、俺が気にしすぎてただけか。これならマルコに話しても普通に流されるかもしれないな。ぶっちゃけ何を言われるかわからなかったからまだ話してないんだよね。


「そうそう、キャンサーのワインがすげぇ美味くてさ。無事に話がまとまったらリズの分ももらってきてやるよ。いやぁ、特に赤ワインなんかは絶対気に入ると……」


 バリッ!!


 俺の目の前でメニューが真っ二つに引き裂かれた。おかげでメニューとメニューの間からリズの綺麗な顔を眺める事が出来る。えーっと……気に入らない料理でもあった?


「……今、なんて言った?」

「え?」

「今なんて言ったの?」

「え、あ……キャンサーのワインが凄い美味いって」

「その前よっ!!」


 リズがものすごい剣幕で迫ってきた。その前……あー、うん……ですよね。


「……ごにょごにょ……と言いました」

「え、なに、聞こえない」

「……なんやかんやあって、俺の正体をばらして手を組もうって話をしてきた、と言いました」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 店内の視線が一気に俺達に集まったので、慌ててリズを宥める。ジェミニ王国じゃないとはいえ、あんまり注目されるのはよろしくない。


「あんた……!! 自分が……!! 何をしたのか……!! わかってんの……!?」


 必死に押さえつつも、その声にはありありと怒りが滲み出ていた。これは本格的にまずい、まずいですぞ。


「き、聞いてくれリズ! 正体をばらしたのには深い深ーい、海よりも深い理由があるのだ!」

「……深い理由って何よ?」

「えーっと……なんかテンション上がったから」

「浅瀬っ!!」


 リズがおもいっきり机を両手で叩いた。思わずビクッてなったぞ。


「浅瀬にもほどがあるわっ!! 理由が浅すぎて潮干狩りが出来そうよ!!」

「リズ! リズ! ちょっと落ち着いて……!」

「落ち着いていられるわけないでしょ!? よりにもよって一国の王に知られたのよ!? あんたの正体が魔お……!!」


 ギリギリの所で踏みとどまり、リズが店内を見回す。チラ見どころかもはやガン見している他の客を人睨みすると、俺の腕を掴んで足早に店から出て行った。そのまま人気のない所まで歩いて行き、'テレポ'で移動。一瞬で見知らぬ森まで連れてこられた俺は、闘牛のように鼻息を荒くしているリズを前に、小さくなって正座する事しか出来なかった。


「……それで?」

「はい?」

「事の顛末てんまつを詳細に説明しなさい。余計だと思っても一切端折はしょらないで」

「はい……」


 森の木漏れ日を一身に浴びながら、俺は地べたに正座したまま起こった事を話した。もちろん恐ろしくてリズの顔なんて見れない。話している間中ずっとお腹の辺りを見ていた。

 腕を組んで立っているリズの体から放たれる半端ない威圧感に抗いながら、何とか話しきる事が出来た。冷や汗で体がびしょびしょです。風邪ひきそう。


「はぁ……」


 話している内にいつの間にか視線が地面に向いていた俺の耳に、これ以上ないほどの深いため息が聞こえた。人間、こんなにも深くため息を吐く事が出来るのか。


「その話をマルコキアスは知ってるの?」

「あ、いえ、その……まだ話してません」

「大方、怒られると思って私の反応見てから話そうと思ったんでしょ」


 すごい。ものの見事に俺の思惑がバレてる。


「もしかしたら詳しい話を聞けばしょうがない部分もあったりするのかな、とか密かに期待してたんだけど、そんな事なかったわね」


 そして、どうやら救いはないようです。


「あんたさぁ……自分の立場わかってる?」

「はい、あのぉ……重々承知しているつもりであります」

「いいえ、全然わかってないわね」


 ばっさりと袈裟斬りされてしまった。何故だか震えが止まらない。


「あなたは魔王なの。人族と敵対している魔族の王なのよ? あなたの一挙手一投足、ひいては一言であなたに仕える者達の命運は決まると言っても過言じゃないのよ? もう少し王としての自覚を持ちなさい。……これは恋人じゃなくて王女としての言葉よ」

「……はい」


 あまりにも重いお言葉。俺の心にぐさりぐさりと突き刺さる。


「……ただまぁ、サクが自分の正体を明かしても問題ないって思った相手なのだから、最悪の事態にはならないとは思うけど。それでも、万が一って事があるんだから、軽率な発言も行動も控えるようにしなければダメ」

「はい……深く反省いたします」

「あなたが今からする事は、すぐに自分の城に帰ってマルコキアスに今後の事を相談する事。最悪の事態になった時に最善の結果になるよう努力する事よ。わかった?」

「……わかりました」


 もはや正座よりも土下座に近い姿勢になりながら俺は答えるのだった。

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