第42話 魔王、とりあえず待つことにする
「世話になったな」
中が町になっている世にも珍しい城の入り口で、見送りに出てきてくれたザックスに言った。
「世話になったのは俺たちの方だろ。グレートウルフの件もそうだし、今朝の事もそうだ」
「今朝の事？」
「うちの騎士団に手ほどきしてくれたんだろ？」
「その通りです」
ザックスが目を向けると、隣に立っていたゴードンがきっぱりと答える。
「サク殿の剣の腕は間違いなく一流。短時間ではありましたが、稽古をつけていただき、いい経験を積むことができました」
「えぇ！？ 起きたらいないと思ってたらそんな事きてたんすか！？ いいなー！ 俺達にも稽古つけてくださいよ！！」
ゴードンの言葉を聞き、馬の調整をしていたトゥースが喚き出した。ちっ、面倒な事聞かれたな。
「お前らは俺が稽古しなくても十分やっていけるよ。うん。とても素晴らしい冒険者達だ」
「心にもない事言って！！」
「アニキー！！ 帰ったら稽古稽古！！」
「アニキみたいに強くなってティアリス様を守るんだっ！！」
「そしたらアニキみたいにティアリス様と仲良く……アニキ！！ 俺を強くしてくれぇ！！」
「俺も俺も！！」
うぜぇ。それに尽きる。
「はっはっはっ！！ 随分と慕われてんじゃねぇか！ 冒険者歴で言えばトゥース達のが先輩だっていうのによぉ！ 可愛い弟分達の世話もしっかりしてやれよ！」
「そうっすよ！ 可愛い弟分達の面倒も見て欲しいっす！」
「自分で可愛いって言うな」
「アーニーキー！」
「あぁ、鬱陶しい！！ わーったよ！ 気が向いたらな！」
「約束っすよ？」
唇を尖らせながらトゥースが渡してきた馬を渋い顔で受け取る。お前がそういう顔しても可愛くねぇんだよ。むしろ腹が立つまである。
軽く地面を蹴り、その勢いで馬に跨った。もはや乗馬などお手の物さ。初めの頃、トゥースに教えを乞いながら練習したことは、俺の頭の中から奇麗さっぱり消し去ってやったのであしからず。
「じゃあ、またな」
「おう。次会うときは俺様に見合う冒険者になってろよ」
「ごちそう美味かったっす！ でも、もう少し王様っぽい感じを出した方がいいっすよ？ 変な王様」
「今度は魔物に気を付けてくださいよー変な王様」
「また美味いワイン飲ませてくださいねー！ 変な王様！」
「変なは余計だ！！」
ザックスの怒声を背中に受けながら、俺達は馬を走らせた。町が一つしかない国、キャンサー。また変な国もあったもんだ。色んな町や村を抱えるジェミニとは大違いだ。
「気持ちのいい王様でしたね」
「……そうだな」
俺の隣に馬をつけてきたトゥースが言った。どうやらトゥースもザックスの事が気に入っているようだ。もしかしたらあいつには人を惹きつける不思議な魅力があるのかもしれない。それもまた王の資質か。型破りな王というにはまだまだ器も経験も足りていない気はするが、初めての相手に
は相応しいのかもしれない。半人前の魔王には半人前の王がお似合いってか。
「……さて、鬼が出るか蛇が出るか」
風を切りながら走る馬を操りながら、俺は朝の事を思い出していた。
キャンサー王国の騎士達と軽く汗を流し、それをシャワーで綺麗に流し終えたところで、給仕が俺の所へとやって来た。
「サク様。ザックス王がお呼びでございます」
「ん、わかった」
どうやら一晩過ごした結果、
「急に呼び出して悪いな」
「昨日はゆっくり眠れたか……って、聞くまでもなさそうだな」
なんとなくげっそりした顔つきに目の下のクマを見る限り、安眠とはいかなかったようだ。
「あまり回りくどいのは好きじゃねぇから結論から言わせてもらうぜ」
「そうだな。その方が俺も嬉しい」
「無理。普通に一日じゃ答えなんか出ねぇ。状況を飲み込むだけで精いっぱいだっつーの」
ふかふかのソファに体を沈めながら、ザックスは深々とため息を吐いた。
「考えてもみろよ？ 自分を助けてくれた冒険者の一人が魔王でした。そんな話を他人からされて信じられるか？」
「まぁ……信じないだろうな」
「そんな妄言レベルの事が現実に起こったって事だけで頭の中いっぱいいっぱいなのに、それに加えて、俺様相手にあっさりと正体を明かした頭のおかしい魔王と手を組まないかって言われてんだぞ？ 俺の脳みそのキャパシティを軽く超えちまってるって」
うぅ……やっぱりそうなるよね。普通だったらテンション上がったくらいで正体明かさないよね。俺マジ反省。
「昨日の事をなかったことにするっていうのはどうだ？ お前は俺達に命を救われ、もてなしの席で調子に乗って飲み過ぎたせいで、訳の分からん夢を見てしまった」
何という自然な流れ。うん、それがいい。それでいこう。
「却下だ。……夢と片づけるには少々勿体ないほどに魅力的な提案だからな」
ものすごいあっさりと却下されてしまった。しょぼーん。名案だと思ったのに……やっぱり全てを無かったことになんて出来ないか。
「もう少しだけ俺に時間をくれ。即決できるような案件じゃねぇことくらい、お前にだってわかるだろ？」
「まぁ……そうだな」
できる事ならすぐにでも忘れるって選択をして欲しいところだけど、そういうわけにもいかなそうだ。こりゃもう腹を括るしかねぇ。
「別に慌てて答えを出す必要なんてない。人族の王にしては面白い奴だって思って、戯れに言ってみただけだからな。言わば俺の気まぐれってやつだ」
「けっ……魔王様の気まぐれのせいで、しばらくはアルコールなしじゃ眠れない夜が続きそうだな、おい。我が国がワインの名産国でよかったぜ」
「人の心を乱すのが魔王の仕事だ。悪く思うなよ」
俺の軽口を聞いてザックスが肩をすくめて笑う。なんと言うかこういうやりとりも心地いい。多分、こいつとは波長が合うんだと思う。だからこそ、調子に乗って正体をゲロってしまったのだ。つまり、俺は悪くない。
「結論は必ず出す。そして、あまり待たせることもしない。兵は神速を尊ぶって言うしな」
「別に戦うわけじゃないだろ」
「政治も戦いさ。俺に言わせりゃ判断が遅い王は愚王だ。自分が時間をかければかける程、民の平和が脅かされることにそいつは気づいていない」
ごめんなさい。俺は結構テンパって決められない方なんです。"最弱"の愚魔王サクリファイス。大いに反省します。
「じゃあ、お前の結論が出るまで俺はゆっくり待つことにするよ」
「あぁ……ただ一つ確認したい」
「なんだ？」
「お前の事を信頼のおける部下に話してもいいか？」
これは……中々に難しい問いかけだ。
「信頼のおける部下っていのはこの国の大臣とかか？」
「大臣なら俺の叔父さんと一緒に休暇とってバカンスを決め込んでんよ。この国には大臣はいない」
「って事は……」
「騎士団長のゴードン。それとそれに付き従う騎士達さ」
あの堅物騎士団長か……どっちに転ぶかまるで予想がつかないな。とはいえ、拒否することなんてできない。なぜなら、俺が同じ立場だったら間違いなくマルコに相談するからだ。
「大事な事を一人じゃ決められない情けない王だと俺を笑うか？」
「ばーか。大事な事だからこそ、他の者達の意見にも耳を貸すのが器量のある王だろ？」
「流石は俺が買ってる魔王だ。残念なのは二つ名だけか？」
「……それには触れるんじゃねぇ」
ムスッとする俺を見てザックスがニヤニヤと笑う。やはり、俺に"最弱"と名付けた奴は許すことができない。絶対にだ。
「話はこれくらいでいいだろ。一冒険者の俺がいつまでも王様の部屋にいるわけにはいかない」
「そうだな。不審がる奴もいるかもしれねぇしな」
「信頼のおける部下にいい助言をもらえるといいな」
「お互いにな」
ふっ……ザックスは俺がマルコにこの件を話すと思っているのか？ 馬鹿め！ 怒られる気がするから、まだ話すかは決めてねぇよ！ ……いや、話さないとダメですよね。あーぁ、どうしよ。めっちゃ憂鬱なんですけど。
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