第39話 魔王、若き王と話をする

「おーい! 酒が空になったぞー!」


 トゥースが顔を真っ赤にして上機嫌に笑いながら持っているジョッキを振った。すると、すぐに脇に控えている女中らしき人がそのジョッキにお酒を注ぐ。トゥースの奴、完全に出来上がってんな。最初の緊張はどこいったんだよ。

 城の中にある一番大きな建物に案内された俺達は、そのままその建物の大食堂に通された。俺達がこの国に来てからまだそれほど時間が経っていないというのに、もう既に色々と準備が整っていたのには驚いたぞ。そこから歓迎会と称して酒宴が始まり、今に至るってわけだ。


「うめぇ! この肉、うめぇよ!!」

「こっちのスープも最高だ!! おかわりくれ!!」


 トゥースだけじゃなくその取り巻き達も相当浮かれてんな。まぁ、この国の人達みんなが俺らを『我らが王の命を救ってくれた恩人』として、丁重に接待してくれるんだから無理もないか。


「おう! 食え食え! じゃんじゃん食え!!」


 俺らを招いた張本人もあんな感じだ。品も何もあったもんじゃないこいつらの喰いっぷりを見てガハガハ笑ってる。本当に王なのか、こいつ。


「それにしても……」


 俺は騒ぎまくっているトゥース達から少し離れたところでワイングラスに口をつけた。うん、美味い。マジで美味い。リズと一緒に色んな町で色んなワインを飲んできたけど、これはそのどれよりも美味い。


「兄貴~! なんでそんな所で一人で飲んでるんですか~い? こっち来て一緒に飲みましょうよ~!」


 そして、うざい。マジでうざい。この歯抜けが酔って絡んでくることが何よりもうざい。


「離れろ」

「ふんぎゃ!!」


 食べかけのフライドポテトをトゥースの鼻の穴にぶっさす。そのまま後ろに倒れたバカを横目に、俺はワイングラスを持って立ち上がった。いけないいけない。俺とした事がバカのせいで食べ物を粗末にしてしまった。少し頭を冷やさなければ。ごめんなさい、フライドポテトさん。


 食堂にある硝子で出来た戸から外に出る。この建物は城の最奥にあるせいか、ここからバルコニーに出ると、そこは城外だった。

 ……ここに来た時はあんまりじっくり観察していなかったから気づかなかったけど、この城を囲む森には自然なものと、そうじゃないものがあるみたいだな。あそこの区画は明らかに整備されている。当然、この国の人達の手によるものだろう。


「……我が国の名産品を堪能していただいているかな?」


 夜風に当たりながらワインを味わっていたら、突然後ろから声をかけられた。振り返ってみると、ザックスが三本の瓶を片手にバルコニーにある椅子に腰かけ、目で合図を送ってくる。仕方なく俺はその隣の椅子に座った。それと同時に、俺がテーブルに置いたグラスにザックスがワインを注いでくる。


「美味いだろ? 手塩にかけて育てたブドウから作ったワインだ」

「ブドウってのはそこで育てたものか?」

「その通り」


 ザックスが機嫌よくグラスを掲げた。月明かりに照らされたワインはルビーのように鮮やかに光り輝いている。俺は注がれたグラスを手に取り、ゆっくりと傾けた。


「……確かに美味いな」

「だろ? 自慢の一品さ」

「ワインだけじゃない、料理も美味かったぞ」

「それは使われているソースに秘密があるんだよ。名付けてキャンサー特性フルーツソース! ワインと同じく、主戦力商品になる予定だ!」

「なる、ね」


 俺の呟きにザックスがピクッと反応する。俺はちらりと奴の顔を確認し、空になったグラスをテーブルに置いた。


「いいのか? こんな盛大に歓迎してくれて?」

「……それはどういう意味だ?」

「どういう意味も何もお前が一番よくわかってるだろ?」

「…………」


 ザックスは俺の言葉に応えず、静かにワイングラスに口をつける。トゥース達の目は節穴だから全然気づいてなかったと思うけど、俺は違うぞ。キャンサー王国の人達の服装を見れば一目でわかる。その貧困具合がな。


「中々どうして……冒険者になりたての割には鼻が利くじゃねぇか」

「冒険者になりたてだからって、何でもかんでも新米ペーペーってわけじゃないんだよ。こちとら冒険者になる前から色々と経験してきてるんだ」

「どうやらそうらしいな」


 ザックスが苦笑いを浮かべながらワインを一気に飲み干し立ち上がると、バルコニーの柵に手をかけ空を見上げた。


「……知ってるか? 黄道こうどう十二じゅうに国家こっかの中で最も小さい国がどこか?」

「そういう聞き方をする時点で大体答えは決まってる」

「へっ、可愛くねぇ野郎だな。……お察しの通り、ここキャンサー王国だよ」

「そんなに小さい国なのか?」

「あぁ、小さいね。なんたってこの城しか領土がないんだからよ」

「なっ……!」


 余りの事実に思わず言葉を失う。……そういえばパズズのやつも言ってたな。俺がジェミニ王国じゃなくてキャンサー王国を攻めろって言った時に、あんな小国落としても何も楽しくないって。まさか、街が一つの国だとは思いもしなかった。


「だけど、最初から町一つで国になったわけじゃねぇぞ? 他にいくつかの町や村があったんだよ。まぁ、それでも大国とはお世辞にも言えなかったがな」

「他の村や町はどうしたんだ?」

「前王……俺の叔父なんだが、この人がかなりのダメ人間でな。欲に目がくらんで魔王に手を出した結果町を奪われて、取り返そうと無謀な出兵をしたら、今度は別の村まで取られて……ってな感じで、めでたくこの城以外の領地がなくなったとさ。本当、笑い話にもならねぇよ」

「その前王は?」

「見事に雲隠れ。で、血筋のせいでやりたくもねぇのに、俺が王様に祭り上げられてるってわけだ」


 こちらに振り返りながら柵に肘を乗せ、肩をすくめる。なんというかこいつも大変な人生を歩んでるんだなぁ。俺は自分から魔王になった口だけど、誰かにやれって言われて魔王になってたら、多分一ヵ月も持たないと思う。


「まぁでも、俺を慕ってくれる連中を無碍むげにも出来ねぇからな。なんとか国の財政を復活させるために、今日だってワインやらなにやら持ってジェミニ王国に直談判しに行ったのさ。なんとか取引してくれないかってな」

「その帰りでグレートウルフに襲われた、と」

「そういう事だ。本当俺ってついてねぇよな」

「それで? 直談判はどうだったんだよ?」

「はっはっは……聞くな」


 ザックスが乾いた笑みを浮かべた。しかし、次の瞬間には俺に射抜くような視線を向けてくる。


「……ただまぁ、悪運だけは強かったみたいだ」

「そうか? 俺にはそうは思えないが」

「あぁ。ジェミニにうちの名産品を売り込むのに失敗して、文字通り尻尾撒いて逃げ帰る羽目になったが、神様は粋な出会いを与えてくれた……お前だ」


 背中に月光を受けながらザックスはニヤリと笑った。粋な出会い? 何言ってんだこいつ?


「俺の言いたい事がさっぱりわからないって顔してんな。詳しく説明する前に一つだけ俺の質問に答えてくれ。……サク、お前一体何者だ?」

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