第38話 魔王、城に招かれる

 月明かりに照らされた道を、馬車がゆっくりと進んでいく。完全に日は沈み、もはや今日中にゴールドクラウンに戻るのは'テレポ'でも使わないと不可能だろう。ましてや、馬車に乗って他国の城に向かっているなら尚更だ。


「招待を受けてもらって感謝するぜ。あのまま帰したとあっちゃ、歴代の王に顔向けできねぇからな」

「あ、いえ……そんな……」


 トゥースの奴、ガチガチになってやがる。まぁ、無理もないか。相手は一国の王様だもんな。学校の先生の前でもこんなに姿勢よく座らないだろってくらい背筋がピンってなってる。俺は余り絡まれないように組んだ足をプラプラ揺らしながら窓の外の景色を見ていた。


「おいおい、そんな緊張する事ねぇぞ? サクを見習え。自分の馬車みたいに寛いでるだろうが。それでいいんだよ」

「別に寛いでなんかねぇよ。これでも王様の御前で背中なんか冷や汗びっしょりだぞ?」

「ははっ! そうは見えねぇな!!」


 ザックスが自分の膝をバシバシ叩きながら笑う。ちなみに、今馬車の中にいるのは四人。俺とトゥース、それに王様と騎士団長のゴードンだ。他の取り巻きは馬でこの馬車を追ってる。俺とトゥースの馬は騎士の奴が代わりに騎乗してくれてるから心配ない。

 ……ところで、さっきからゴードン騎士団長が怖い顔で俺の事を睨んでいるのはなんでだろうか。


「まったく面白い奴だな、お前。冒険者やってんだろ? どれくらいだ?」

「そうだな、ざっと十時間ってところだ」

「そりゃ随分とベテラン冒険者だな、おい!」


 こいつ……本当に王様かよ? こんなに軽い感じでいいのか? 王っていったら、もっとこう重厚なオーラを纏うもんだろ? 少なくとも、リズの親父さんはそんな雰囲気を醸し出していた気がする。遠目で見ただけだからあやふやだけど、逆に言えば遠くから見てもその王様ぶりを感じたって事だ。ほんの少ししか関わってないが、この男からはそういうの全く感じないわ。


「なぁ? あんた本当に王様か?」

「あ、兄貴!!」


 眉をひそめながら聞くと、トゥースが慌てて俺の方に向いた。


「し、失礼っすよ!! キャンサー王国の王様がザックス・デスペラードという若い男なのは有名な話です!!」

「でも、お前だって名前を聞かなきゃ気づかなかったって事は、顔を知らないって事だろ? 名前なんて嘘でどうとでもなる。こいつが本物だっていう確証は一切ない」

「そ、そりゃそうっすけど……」


 トゥースがしどろもどろになりながら俺とザックスを何度も交互に見る。対してザックスは面白そうに俺の事を見ていた。


「そんなに俺が王様に見えねぇか?」

「あぁ、見えないな。いいとこ、ちょっとばかし遅い反抗期を迎えた貴族のお坊ちゃんってところか」

「貴様っ!!」


 騎士団長のゴードンが怒りの表情で立ち上がる。


「助けてもらったとはいえ、度重なる王への無礼な行為、見過ごすわけにはいかぬ!!」

「見過ごせないならどうすんだ?」

「ぐ……そ、それは……!!」


 俺がぎろりと睨みつけると、ゴードンは怯んだ様子で言葉に詰まった。ザックスが制するかのようにスッと手を挙げる。


「おいおい、こいつらはジェミニ王国の奴らだろ? だったら俺に敬意を払う必要なんてどこにもない」

「し、しかし……!」

「あっ、兄貴はジェミニ王国出身じゃごふっ!!」


 余計な事を口走りそうになったバカの腹に俺の肘が突き刺さった。おやおやどうしたトゥース君? ぐったりしちゃって。疲れでも出たのかな?


「まぁ、俺が本物か偽物かは城に着けばはっきりする事だろ。仮に偽物だったとしても、命の恩人に不義理は働かねぇよ」

「……そうかい」


 海風みたいに爽やかな笑顔を向けてくるザックスから目を逸らし、俺は再び馬車の外へと視線を移した。


 二時間ほど馬車で揺られたところでようやく目的地が見えてきた。


「これは……」

「す、すごいっすね……」


 思わず声が出てしまった。田舎道のような街道を馬車でひたすら進んできた先に現れたのは、森に囲まれた巨大な煉瓦造りの要塞だった。


「ようこそ、キャンサー王国へ」


 呆気に取られている俺達を見て、ザックスがニヤリと笑みを浮かべる。


「これが城なのか? 町はどこにある?」

「この建物は城であり、町なのさ。いや、城の中に町を作ったって言った方が正しいか」

「城の中に町……!?」


 ザックスの言葉を聞いたトゥースが信じられないといった顔でもう一度城壁を見た。おいおいとんでもない城だな。まさか城と町を融合させるなんて。城下町ならぬ城内町って事か? 俺のとこですら森やら筋トレジムやらしかないっていうのに…………あれ? 人のこと言えなくない?


「王の帰還だ! 開門せよ!!」


 騎士団長のゴードンの号令で分厚い門がゆっくりと開いていく。相当に厳重な護りだな。見たところ魔道具により城を囲う石壁の耐久度を上げているようだ。


「王様! お帰りなさい!」

「無事に帰ってくださってよかったです!」

「予定よりもお早いお帰りでしたね!!」


 門をくぐるや否や、住民達がこぞって馬車に駆け寄ってきた。これでこの男が本物の王様だって事は証明されたってわけだ。正直、俺としては偽物の方がありがたかったんだけどな。適当な因縁つけてバックレられるし、なにより他国の王と関わり合いになったなんて知られたらマルコにもリズにも怒られそう。


「おう! ちょっとばかし予定外な事が起きたが、ちゃんと戻ってきたぞ!」


 ザックスが馬車から身を乗り出すと、途端に歓声が上がった。随分と人気者なんだな。どこぞの最弱魔王に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいぜ。うるせぇよ。


「えーっと……この方達はどちら様でしょうか?」


 少し盛り上がりが収まったところで、馬車と一緒に入ってきたトゥースの取り巻き達を見て、住人達が眉をひそめる。


「旅先で魔物に襲われてな。そん時に世話になった連中だ」

「魔物に……!? だ、大丈夫なのでしょうか!?」

「ちょっとばかし危なかったけどな。ジェミニ王国の冒険者のおかげで命拾いした。それで、命の恩人を我が国へ招待したってわけだ」


 ザックスが俺達を手で示しながら言うと、住人達はキラキラした瞳をこちらに向けてきた。


「そうでしたか! 私達の王様を助けていただきありがとうございます!」

「是非ともゆっくりしていってください!!」

「宴だ! 王様の恩人達に礼を尽くすぞ!!」


 住人達は代わる代わる頭を下げると、急いで自分達の家に戻り、なにやら慌ただしく準備を始めた。あまりの展開の速さにポカンとしていた俺達に、ザックスがニヤリと笑いかけてくる。


「うちの国民は中々に気のいい奴らだろ?」


 ……どうやら爪の垢を煎じて飲むべきなのは、王ではなくてその民なのかもしれない。

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