第40話 魔王、名乗る

 ドキッ。え、ちょっと待って。もしかして俺が魔王である事がばれた?


「……何者だって聞かれても、Fランク冒険者としか答えられないぜ?」

「はっ、とぼけても無駄だぜ」


 俺が懐から冒険者ギルドを取り出して見せても、ザックスは鼻で笑っただけだった。まじ? まじでばれてんの? こいつはティア以上の魔族探知機だっていうのか?


「俺はなぁ、人を見る目に関しちゃそこそこ自信があるんだよ。だからこそ言える。お前はただの冒険者なんかじゃない。その居直りようといい雰囲気といい、上に立つ立場のやつに間違いねぇ」

「そ、それは……!!」

「ズバリ聞くぞ? ……お前、ジェミニ王国の王族だろ?」


 …………ふぇ?

 やばっ。思わず心の中で変な声出た。実際に口から出なくてよかった。っていうかザックスの奴、めっちゃどやって感じで俺の事見てるんですけど。


「……何言ってんだお前?」

「え?」


 心の底から呆れたように、そして、若干の憐れみを込めて言ってやった。俺の反応が予想外だったのか、それまで完璧などや顔を浮かべていたザックスが急に動揺し始める。


「い、いや、間違いないだろ! だって、王族でもなきゃ王であるこの俺に、そんな横柄な態度普通とれねぇっての!」

「悪いな。普通じゃねぇんだ、俺は」

「嘘……だろ……!?」


 信じられないと言った顔でザックスががっくりとその場に膝をついた。なんかゴメンな。


「っていう事はあれか……? お前は王様相手でも偉そうに話す馬鹿で非常識な唐変木とうへんぼく野郎って事か……?」

「おいこら、言いすぎだろ」


 俺だって王様相手には最低限の礼を尽くすっつーの。お前が王様に見えないのが悪い。


「かーっ! やっぱついてねぇじゃねぇかよ!」


 ザックスがイ椅子に座り、投げやりな感じで瓶を掴み、ワインを一気飲みする。自棄ヤケざけのいい手本だな、こりゃ。


「てっきりジェミニとのコネクションが出来たと思ったのによ! 蓋を開けて見りゃただのチンピラ冒険者じゃねぇか!」

「チンピラじゃねぇよ。はっ倒すぞ」

「せっかく希望が見えたっつーによぉ……あんまりだぜぇ……ジェミニへの突貫も無駄に終わったしよぉ……」


 段々と意気消沈していくザックスを見てなんだか申し訳なくなってきた。


「ジェミニの王様に断られたのか?」

「あぁ? そんな段階じゃねぇよ。アポがないなら帰れって門前払いさ。だから、グライド王には会ってすらいねぇ。まぁ会ったところでちゃんと話を聞いてくれるのかどうかも分からねぇがな」

「腐ってもキャンサー王国の国王だろ? それが門前払いって……」

「腐ってねぇよ。十二国家の一つっていっても、キャンサー王国は味噌っかすみたいな扱いを受けてんのさ。重要な会議に呼ばれないなんてのはしょっちゅうだ。人口百にも満たないちっぽけな国の意見なんて誰も求めちゃいないんだろ」


 人族は互いに同盟を結んでいるから定期的に会議をするってリズから聞いてたけど、それにハブられるのはきついな。本当に不憫に思えてきたぞ。俺は魔族で本当よかったよ。魔族には横のつながりとかないから、魔族会議とかやらないもんな。……やってないよね? 俺が"最弱"だから呼ばれてないだけ、とかそんな落ちないよね? もしそうだったらザックスの事憐れんでいる場合じゃないぞ。


「特性のフルーツソースがたくさんあったところで、肉も魚も野菜もなけりゃ何の意味もねぇよ」

「野菜もないのか? 果物みたいに育ててると思った」

「そんな土地はねぇよ。かといって、果樹園の一部を潰して農地にする気は起きない。果実の木っていうのは育つのに時間がかかるからそれだけ愛着が湧いちまうんだよ」


 深くため息を吐きながらザックスが項垂うなだれる。


「とはいえ、一生果物喰い続けろってわけにもいかねぇしよ。本当困っちまったな……」

「今日出してくれた料理に使った食材は?」

「他の街に行って物々交換してきたものだ。とはいえ、そんな大量に持って行くことは出来ないし、道中だって危険が伴う。うちには冒険者なんていう心強い護衛はいないからな」


 という事は、数少ない肉や野菜を振る舞ってくれたって事か。やばい、本気で居たたまれなくなってきた。


「ジェミニ王国だったら定期的にうちの国まで商品を搬送するくらいわけないだろ、って思ったんだが、肝心の交渉が相手にもされなかったんじゃ話にならねぇわな」

「ま、まぁ、そう気を落とすなって。何かいい案があるかもしれないし……」

「いい案ってなんだよ? そんなもんがあるなら今すぐ俺に教えてくれ」


 すがるような目を向けられた俺は何も答える事が出来なかった。今のは俺の失態だ。目の前にいる男は一国の王。その両肩には国民の未来がのしかかっている。軽はずみな発言は慎まなければ。


「あーぁ、俺も雲隠れできたら楽なんだけどなぁ……」

「でも、その気はないんだろ?」

「ねぇな。これっぽっちも」


 俺の問いかけにザックスがはっきりと答えた。


「キャンサーの国民はみんな俺の家族だ。見捨てるなんてありえねぇ」


 ……なるほど。出会ってまだ数時間程度の付き合いだからザックスがどんな男なのか詳しくは分からんが、一つだけはっきりした事がある。俺はこいつが嫌いじゃない。


「とまぁ、カッコいいこと言っておきながら、何の考えも思い浮かばないんだけどな。お、サンキュー」


 残り一本のワインボトルを手に取り、ザックスのグラスに注いでやった。それを一気に体の中に流し込むキャンサーの王。どうやら自慢の品を味わう余裕もないほどにまいっているようだ。それを横目で見ながら俺も自分のグラスにワインを注ぐ。


「あいつらがまともな生活ができるようになるって言うんなら、俺は何でもするぜ? 鉄板の上で土下座したってかまわない」

「焼き土下座されても、された方が困るだけだろ」

「ものの例えだ。それくらい切羽詰まってるし、覚悟を決めてるってこった。……なんなら魔族と取引したっていい」


 ワインを飲んでいた俺の体がピタリと動きが止まった。それに気づいた様子もなく、ザックスはおぼつかない手で自分のグラスにワインを注ごうとしている。


「……魔族とつながりを持てば、人族の中で裏切り者扱いされるんじゃないのか?」

「けっ……元々爪弾きにされてんだよ、この国は。裏切り者扱いされるくらいで国民の生活がうるおうんなら安いもんだ」

「キャンサー王国の領土を奪ったのは魔族なんだろ? そんな連中と手を組むのか?」

「流石にあの魔王とは手を組むつもりはねぇよ。ただ、他に魔王がいないわけじゃない。その中の一人くらい意気投合する奴がいてもおかしくねぇだろ?」


 中々面白い考え方をする男だ。意気投合する魔王、ね……確かに、いるかもしれないな。


「魔族と手を組もうなんて、大分脳みそがイカれてきてるみたいだな」

「イカれてないと王様なんか務まんねぇよ。あっ、って事はサクには王様務まりそうだな」

「勝手にイカれ仲間にすんじゃねぇ」

「正気かどうかは置いといても、俺は本気だぜ? 国が少しでもよくなるなら悪魔とだってダンスを踊るつもりだ」

「そっか……」


 俺はグラスを置き静かに立ち上がった。そして、ゆっくりと柵の方へと歩いて行く。


「どうした? 悪魔の前に月夜のバルコニーで自分と踊って欲しいってか? 勘弁してくれ。利がなきゃ俺は野郎とは踊らねぇよ」

「……最後にもう一度だけ確認しておく。お前は本気で魔族と取引するつもりなのか?」

「だから言っただろ? 本気だって。そもそも人族とか魔族とか、種族の違いなんて些細な事なんだよ。大事なのは一緒にいて退屈しないかどうかだ」


 なるほど、素晴らしくぶっ飛んだ考え方だ。少なくとも、俺はこいつと一緒にいても退屈しない気がする。


「やれやれ、キャンサー王国の王は頭のネジが外れまくっているらしい。……だが、悪運が強い事は確かなようだ。こうやって同じ目的を持った同志を国に招き入れる事が出来たんだからな」

「同じ目的を持った同志?」

「あぁ。『人族と魔族が手を組む』ってやつだ」


 そう言いながら俺は薬指にはめている指輪を外した。その瞬間、俺の犬歯は槍の穂先のように鋭くなり、背中からは夜の闇よりも更に濃密な黒い翼が顕現する。


「ザックス・デスペラード王よ。この"最弱"の魔王たるサクリファイスと手を組むつもりはないか?」


 目を見開き、開いた口が塞がらない状態のザックスに俺はニヤリと不敵に笑いかけた。

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