第29話 魔王、友人がやってくる
あのキザ野郎が帰ってから二三日後、また別の魔王が俺の城に姿を見せた。ルシファーと違ってちゃんと正門から来たので会ってみたけど、すっごい後悔したわ。
俺の城に訪れたのは"死魂"の魔王バロールだ。お隣のお隣さんの魔王だ。いや、魔王だったっていうのが正確かな? パズズの隣に陣取ってた魔王だから、今はばっちりうちと隣接してる。
だから、挨拶にでもきたのかなーって思いながら魔王の間で待ってたら、やって来たのが頭からすっぽり黒いローブを被った陰気くさい奴でさ。いや、別に見てくれがあれだからって会ったのを後悔したわけじゃない。問題はそいつの第一声だ。玉座に座る俺を見るなり激しくどもりながら「じ、じじじ自分の下につくんだな」だよ? 流石の俺も目をぱちくりさせちゃったわ。
その後も「パ、パズズ如きを倒して、い、いい気になるな」だとか、「さ、"最弱"風情を手下に、しし、してやるから、こ、光栄に思うんだな」だとかうるさかったから、丁重にお引き取り願ったよ。
「……ぼぼぼぼ僕を敵に回した事を、ここここ後悔するんだな」
最後は俺を指差しながら、ビシッと決め台詞を言って帰っていった。なんか一人で勝手に盛り上がってたんだけど。本当に頭が痛い。お隣さんが顔までローブを着こんでるアホとかどんな罰ゲームだよ。絶対に面倒くさい奴だからなるべく関わり合いにならない様にしよう。そして、もう二度と俺の城にきた魔王には会わないと誓おう。まぁ、他の魔王が来ることなんてそうそうない……。
「魔王様、今日も他の魔王がお見えになっております。いかがなさいますか?」
俺の部屋で恭しく一礼をしているマルコを見て、俺は目をしばたたかせた。嘘だろ? 二日連続とかふざけてるとしか言いようがない。ってか、そもそも何時だと思ってんだよ。俺まだ寝間着よ? 早朝にもほどがあんだろ。
「出来るだけぞんざいに追い返せ」
「よろしいのですか?」
「あぁ」
当然だろ。俺は他の魔王と会わないって決めたんだ。それに、人の迷惑も考えず朝の七時に来るような奴を客とは呼ばない。そんな奴は雑に扱っても問題ないはずだ。というか、それぐらい自分の判断でやれよな。
「かしこまりました。では、パイモン様にそうお伝えします」
「ちょっと待て」
そそくさと俺の部屋を出て行こうとしたマルコを呼び止める。この野郎、わざと名前を出さなかったな? 本当にいい性格してやがる。
「いかがなさいましたか?」
「すぐに準備をする。通せ」
「魔王の間ですか?」
「ここにだ」
「かしこまりました」
微笑を浮かべながらお辞儀をすると、マルコが静かに部屋のドアを閉めた。それを見計らって俺は寝間着を脱ぎ捨て、洗面所で洗顔と歯磨きを同時に行う。そして、服を着ながら部屋に散らばったいらない物を、とりあえず'
コンコン。
そして、示し合わせたかのようなタイミングで叩かれる扉。なんとなくマルコの掌の上で踊らされている気分だ。
「魔王様、パイモン様をお連れいたしました」
「入れ」
ゆっくりと扉が開けられる。そこから入ってきたのはマルコと、背中に巨大な翼を持つ若い男だった。
「うぃーす! 久しぶりだな、サクリファイス!」
「バカ、朝早すぎんだよ。俺まだ寝起きだ」
「
相変わらずの軽いノリに思わず口角が上がる。こいつの名前はパイモン。俺と同じ魔王で、魔王の中で唯一の俺の
「何か冷たいものでもお持ちしましょうか?」
「おっ! 流石マルコキアス気が利くねぇ! 美味しい酒をよろしくぅ!」
「畏まりました」
おいおい、朝っぱらから酒かよ。本当にファンキーな性格してんな。
「だー……疲れたぜ……。朝から飛びっぱなしだったからな」
遠慮なく椅子に腰かけたパイモンが、そのまま机に突っ伏した。
「なんだってお前の領地はこんな大陸の果てにあるんだよ!」
「そんな事言われても困るっつーの。まぁ、確かに俺とお前の領地は結構離れているけどな」
確かこいつの領地は大陸の中央付近だった気がする。鳥人族で飛行に長けているとはいえ、かなり時間がかかったはずだ。
「朝から飛びっぱなしだったって言ってたけど、何時くらいに出たんだ?」
「んー……午前二時だな?」
「それは朝じゃねぇ!!」
ばっちり丑三つ時じゃねぇか! 子供どころか大人ですらぐっすり眠るころだぞ!?
「いいか? 太陽が顔を出したら朝だ。そして、俺は朝から行動を開始する。だから、来るんだったらもっと遅くに来い」
「何言ってんだよ! 普通、太陽が出たらまっさきに行動できるよう、もっと前に起きておくもんだろ! それに、これでもかなり気を遣って遅い時間に来てやったんだぞ!?」
遅い時間ってまだ朝の七時なんですけど。
「…………ちなみに、お前は何時くらいに寝るんだ?」
「十八時くらい?」
「じじいかっ!!」
はぁ……どちらかと言うと夜行性である俺と朝型魔族であるパイモンじゃ話にならないな。いや午前二時から活動開始とか、むしろこいつの方が夜行性じゃね?
「何やら興味深い話をされているようですね」
パイモンの要望通りお酒と適当なつまみを持ってきたマルコキアスがそれらを机に並べながら言った。
「聞いてくれよーマルコキアスぅー。こいつが寝るのも起きるのも早い俺の事をじじいって言うんだぜー?」
「おやおやそれはいけません。早起きは大変立派な事です。休みの日にお昼ごろまでぐーたら寝ている誰かさんに爪の垢を煎じて飲ませたいくらいですね」
「……休日をどう過ごそうか俺の勝手だろ」
「構いませんよ。魔王としての仕事をしっかりこなしてくだされば、何をいたそうが文句は言いません」
「ぐぬぬ……」
まさかこの流れで説教されるとは思わなかった。パイモンめ……余計な事を言いやがって。
「それでは、私は失礼いたします。何かあればいつでもお呼びください」
「おう! サンキューな!」
空のジョッキを振るパイモンに会釈で返しつつ、マルコキアスは部屋から出て行った。起きたばっかりで酒を飲む気になれない俺は、嬉しそうにビールをがぶ飲みするパイモンを見ながら、ボリボリとナッツを食べる。
「……っぷはー! キンキンに冷えてやがる!」
「うちの冷蔵庫はマルコ仕様だからな。氷点下まで冷やす事だってお手の物だ」
「まじかよ! 羨ましいなおい!」
市販の冷蔵庫は氷魔法を刻んだ魔石を組み込んで冷やしているらしいが、それだと火力……いや冷力が足りなくってな。いつでも冷たい飲み物が飲みたい俺がわがまま言ってマルコに作らせたんだ。いやー、わがまま言って正解だったな―。
「マルコキアス然り、本当にお前の部下って優秀な奴らばっかだよな。主人はこんなにもダメダメなのに」
「うるせぇ。ほっとけ」
「それはそうと、パズズをぶっ倒したってのは本当か?」
「あぁ。本当だ」
ポテトフライを食べながらあっけらかんとした感じで言ったら、パイモンが目を丸くしていた。
「なんだよ? そんなに驚く事か?」
「そらそうだろ。人族と戦う事すら面倒くさがってたお前が、他の魔王を攻めるとかありえないって」
「まっ、色々と訳ありでな」
動揺を隠せないパイモンに曖昧な笑みを向ける。色々と複雑だからあんまり説明したくないんだよね。リズと付き合ってる事とか内緒にしてるし。とはいえ、何も話さないっていうのは薄情すぎるか。
「別に大した理由はないって。パズズのバカがうちの
「あー、そういう事ね。だったら、納得だわ。たくっ……心配して損したぜ、まったく」
「心配?」
「お前がとち狂って世界征服でもし始めたのかと思った」
「なんだそれ」
あまりにも突拍子もない発言に思わず顔をしかめてしまった。それを見たパイモンがジョッキを片手に肩をすくめて苦笑いをする。
「いや、やっぱりサクリファイスはサクリファイスだな。お前に野心なんてものは似合わない」
「野心ならあるぜ? 平和にダラダラ過ごしたい」
「はっはっは! お前らしいな!」
パイモンが嬉しそうに笑いながらグッとジョッキを傾けた。こいつと仲良くしている理由、それは俺と一緒で侵略とか力とか、そういうのに一切興味がない変わり者の魔王だからだ。同じ立場で同じ考え方だから一緒にいて楽なんだよな。こいつ以外にそんな魔王はいない。……え? ルシファー? 寝言は寝て言え。
「……そういや一個聞いてもいいか?」
「ん? なんだよ?」
パイモンがナッツを指で弾いて食べながら、俺の方に顔を向ける。ちょうどいい。こいつに確認したい事があったんだ。
「お前さ、俺の二つ名知ってた?」
「ゴメン。チョット何言ッテルノカワカラナイ」
「カタコトで誤魔化してんじゃねぇ!!」
だぁぁぁぁ! やっぱり知ってたじゃねぇか! まじで"最弱"って名付けた奴、絶対に許さねえぇぇぇ!!
そんなこんなで、俺は久しぶりに会った友達とぎゃーぎゃー談笑したのであった。
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