第30話 魔王、勇者とデートをする

 俺の領地には立ち入りを禁止している場所がある。立ち入り禁止にした理由はそこが俺の育った山だったからだ。まぁ、サクリファイス領の中でも端っこにあるし、多少の思い入れがあるしで、なんとなく聖地っぽい感じにしてみたんだけど、思いのほかそれが役立っている。


「'閃光斬せんこうざん'っ!!」


 黄金の聖剣によって繰り出された光の斬撃が、こちらに向かって一直線に飛んできた。あれが直撃したら普通にやばい。

 俺は咄嗟に両手から闇の剣を生み出し、迫りくる斬撃に振り下ろす。当然、真正面から受けるような愚行はしない。多数の属性に有利を取れる闇魔法だが、光魔法にはめっぽう弱い。それも、最強の勇者が扱う代物となればなおさらだ。


「ぐっ……中々に強力……!!」


 闇の剣が砕かれながらも何とか力押しで斬撃を受け流し、上手い具合に躱したところに、金色の髪をした美しい女が俺に斬りかかってきた。この勢い、普通のシールドじゃ破られる。俺は慌てて右手を前に突き出した。


「'黒塗りの盾イージス'」


 誰でも使える魔力の盾シールドを闇魔法によって最硬化させた魔法の守りが俺の手を中心として円状に広がる。その鉄壁の盾に聖剣が触れた瞬間、足元の地面が陥没し、無数の地割れが走った。流石の俺も焦りを禁じ得ない。


「手加減しなさすぎだろ!!」

「本気で来いって言ったのはサクでしょ!? ハァァァァァ!!」


 そう言って全身に力を込めたのは俺の恋人ことリーズリット・ローゼンバーグだ。名実ともに最強の勇者と言われているジェミニ王国の王女様。そして、絶賛大ゲンカ中……というわけではもちろんない。


「おいおいまじか……!」


 '黒塗りの盾イージス'にヒビが入って来てるんですけど? 光魔法に弱いとはいえ、俺が持ちうる最高の防御魔法なんですけど? リズの奴、どんだけ全力出してんだよ!!


「'常闇トコヤミクサリ'!!」


 このままでは盾ごと真っ二つにされかねないので、必死に魔法を唱える。


「……無駄よ!」


 リズの四方に突如として現れた闇の穴から飛び出した黒い鎖が彼女の四肢を縛り付けたのも束の間、光魔法によって自身を強化&防御しているリズには数秒しか効果がなかった。一応、魔王パズズの動きとか完封した鎖なんだけどね。相性が悪すぎる上に、リズが規格外すぎる。だが、体勢を立て直すくらいには時間を稼げた。そっちがガチの聖剣使うって言うんなら、俺にも考えがあるぞ。


「来い! ダインスレイヴ!」


 '無限の闇ダークホール'に手を突っ込み、我が愛剣を取り出す。こいつに鞘なんかねぇぜ! なんたって世にも恐ろしい魔剣だからな!


「はっはっはー! 泣いて謝ったら許してやるぞーリズ!」

「生き血をすする魔剣、ダインスレイヴね……面白いわ! 本気で行くわよ!!」


 どうやら俺の恋人は戦闘民族らしいです。普通だったら恐怖に凍りつく魔剣を前にして子供みたいに目をキラキラさせるとは……困ったもんだ。もう少しまともなデートがしたい。


 そう、これはデートなのだ。相引きともいう。

 アウトドアなカップルもびっくりなデートだろ? 俺は別に驚きはしない。なぜなら、これが初めてではないからだ。それどころか、デートの三割くらいがこれだからね。どうなっとるんじゃ。

 流石に俺の城は紹介できないって事で『それなら魔族払いしてる聖地ならいいんじゃね?』って思ってこの場所をリズに紹介したのさ。最初は良かったんだよ、最初は。静かで空気も綺麗で景色も良くて、リズはとっても気に入ってくれたんだ。でも、ピクニック気分でのんびりしてたら、リズが突然『誰もいないんだったら、思いっきり動いても大丈夫よね?』とか言い出してさ。てっきりスポーツでもするのかと思ったら手合わせよ。デートで手合わせっておま。

 誰もいないとはいえ、俺とリズが手合わせしたらその魔力の大きさで面倒くさい連中に嗅ぎ付けられると思って、マルコに頼んでここら一帯に魔力を遮断する魔道具を設置してもらったら最後。のんびり自然を楽しむスポットから日頃のストレスを発散する場へと匠が一日で変えてくれました。とほほ。


「やっぱり体を動かすのって気持ちいいわね!」


 俺から受けた傷を笑顔で治癒しながらリズが言った。うん……流れる汗が光を反射して綺麗ですね、はい。


「なによー! 何か言いたい事でもあるのー?」

「いや、別に。ただ、デートで恋人を傷つけるのに抵抗があるだけ」

「愛の証みたいでいいじゃない!」


 魔剣の切り傷が愛の証ってファンキーすぎるだろ。


「それにしても……最初の頃に比べて、ずいぶんここも戦いやすくなったわね」


 リズがゆっくりと周りを見渡す。そうだね。来たばかりの頃は木が生い茂った山頂だったけど、今は見事に俺らの戦いの余波を食らって、見事に整地されてるね。環境破壊待ったなしだよ。


「一応、この山って俺が育った場所なんだけど……」

「そんな事わかってるわ。だからこそ、私も大切に思っているわよ」

「それにしては容赦なかったな」


 俺とリズが手合わせを始めてから確実に標高が低くなっている。削られてる的な意味で。


「ちょ、ちょっと張り切っちゃっただけよ! ……本気でぶつかれる相手なんてサク以外にいないから」


 リズが少しだけ申し訳無さそうに言った。その言い方はずるい。何も言えなくなってしまう。


「……まぁ、実際俺も偶にはしっかりと体を動かさないとなまっちゃうからな。こうやって本気で体を動かす機会なんて殆どないし、ある意味助かってるよ」

「そうでしょ? 大いに感謝なさい!」


 リズが嬉しそうに笑いながら胸を張る。子供っぽい仕草がなんとなく可愛い。とはいえ、何かしら対策を立てないと、このままじゃ俺の生まれ育った山が平地になってしまう。


「……って言っても、サクの方は強い人が揃ってるじゃない。私が直接戦ったことがあるのはマルコキアスだけだけど、彼はかなり手ごわかったからね。四天王はみんなマルコキアスと同じくらい強いんでしょ?」

「あーまぁ……強いっちゃ強いんだが……」


 どうにも歯切れの悪い言い方しかできない。確かにあの四人の実力は俺の配下の中でも群を抜いて高い。近接戦闘に置いてラセツの右に出る者はいないし、エルビンが本気で結界魔法を行使すれば触れる事すら困難になる。薄雪うすゆきの鋼鉄をも越える強度を誇る魔糸も厄介だし、マルコの魔法はチートじみている。四人とも強者だと自信を持っていう事が出来るが、かといって手合わせの相手に相応しいかと聞かれると……うーん、ってなる。

 手合わせの話をしようものならラセツは嬉々として筋トレを強制してくるだろうし、エルビンに至ってはそもそもやる気を出させるのが不可能に近い。薄雪は適当にはぐらかされて俺の純情をもてあそぶだろうし、マルコに関しては『そんな事より仕事をしてください』って言われると思う。やっぱりリズが最適な相手だ。


「リズの方こそいるんじゃないのか? ほら、勇者組合とかいうのに入ってるんだろ?」

「ダメダメ。所属はしてるけど、会合とか全く顔出してないもの」


 リズが面倒くさそうにひらひらと手を振る。え、そんな感じなの? 『打倒魔族のために一致団結!』みたいな熱血集団かと思ってた。


「意外そうね?」

「え? あー……そういうのって強制的に参加させられるもんだと思ってたからさ」

「まぁ、たしかに半ば強制よ。私以外の勇者は全員出席してるらしいし」

「は? いいのかそれ?」

「いいのよ。だって、私は最強の勇者なんですもの」


 そう言ってリズが屈託のない笑みを向けてきた。何とも魅力的ではあるが、リズが人族の中で浮いていないか心配になった。


「私が強すぎるせいで会合になんて参加したら、色々と面倒事を押し付けられるのよ。それに十中八九、戦いを申し込まれるだろうし、鬱陶しいったらないわ」

「戦いを? なんでまた? 勇者同士だろ?」


 俺が尋ねると、リズが小さく肩をすくめた。


「あまりにも私に求婚してくる男が多かったから言ってやったのよ。『私より強い男としか結婚しない』ってね」

「あー、なるほどね」

「そうよ。本当、勘弁して欲しいわ……もう私には心に決めた相手がいるっていうのにね?」

「っ!?」


 リズが頬を少しだけ染め上げながらの上目遣いを向けてきた。きゅうしょにあたった! こうかはばつぐんだ!

 むむむむむ……顔が火照って熱い。こういう甘い雰囲気は嫌いじゃないけど苦手だ。何を話したらいいのかわからなくなる。とりあえず可もなく不可もなくの話題を……。


「そ、そういえばゴールドクラウンには〈フィッシャーマン〉っていう魚の美味い店があるんだろ?」

「えぇ、有名なお店よ。よく知ってるわね?」

「あぁ。この前一緒に旅した冒険者の連中が教えてくれたんだ」


 トゥースと愉快な親衛隊達。今日も布教活動に勤しんでんのかね。


「そういえば、仲良くなったって言ってたわね。それにしても〈フィッシャーマン〉かぁ……一度は行ってみたいけど、流石に難しそうね」

「王女様権限で城にその店の料理人を呼べたりしないのか?」

「出来なくはないけど、そういう私利私欲のために権力を行使するのは好きじゃないわね」

「まさに王女の鑑だな。じゃあ感想だけでも楽しみにしといてくれ。今度ティアと行く予定だからさ」

「…………は?」


 リズの目が点になる。あれ? なにかおかしなこと言ったかな? あ、もしかしてゴールドクラウンで俺の正体がばれるんじゃないかって心配してんのか?


「……ティアと二人で行くの?」

「おう! そういう約束だったからな! 魔王だってばれる事なんてないから心配はいらないぜ!」


 俺がリズの不安を取り除くようにサムズアップをしたにもかかわらず、彼女の顔は能面のままだった。はて? なぜだろうか?


「さて……少し休憩もしたし、さっきの続きをしましょうか?」

「え? だって、今日はもう終わりにして後はのんびりしようって……」

「そうね、そのつもりだったわ。けど、このどうしようもないモヤモヤを発散しないと帰れそうにないわ」


 自慢のエクスカリバーを超高速で素振りしながらリズが言った。あ、これは拒否権がないパターンのやつだ。どうしてこうなった。


 結局、ボロボロになるまでリズの手合わせに付き合う羽目になったのであった。

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