第28話 四次元の魔王、新入りを試そうとする

「魔王ルシファー……!!」


 パズズが驚きながらその場で後退る。俺の方はというとニコニコと笑っているイケメンを苦虫を噛み潰したような顔で睨みつけていた。


「お前を招いた覚えはない。そして、ここは俺の城だ。さっさと出て行け」

「サ、サクリファイス!?」


 俺の言葉が信じられなかったのか、パズズが勢いよく振り返って俺の顔を見る。なんだよ。なんか間違った事言ったか?


「ふっふっふっ……相変わらずだね。僕にそんな口が聞けるのは君以外であの暴力女ぐらいだよ。ところで――」


 言葉の途中でルシファーが姿を消す。


「――そこにいるのが魔王パズズなのかな?」


 いつの間にか俺の隣に立っているルシファーがパズズを見ながら言った。大きく目を見開いたパズズはその場で跳躍し、ルシファーから距離を取る。


「い、いつの間に……これが"四次元"の力でーすか」


 パズズのこめかみからツーっと冷や汗が流れた。即座に魔力を練り上げ、戦闘態勢に入る。


「やめとけ。死ぬぞ」

「うんうん。僕もやめといた方がいいと思うな」


 図々しく俺の玉座に肘をかけ、笑いながらルシファーが言った。気安く肘つくなっての。こういう所も癪に触る。


「おいバカ。玉座に肘を乗せてるってのは宣戦布告と捉えていいんだよな?」

「物騒だねぇ。そんなつもりは微塵もないよ。だってサクリファイスは友達なんだから」

「お前と友達になった覚えはない。うざい。帰れ」

「やれやれ……つれないなぁ」


 ルシファーは息を吐くと、再び瞬時に移動する。おいパズズ、何キョロキョロしてんだよ。後ろだ、後ろ。

 やっと後ろにルシファーが立っていることに気がついたパズズが再び後ろへと飛び退いた。カエルかお前は。


「友好の証に僕の空間魔法を教えてあげたっていうのに」

「空間魔法……? 魔王ルシファーが"四次元"の異名をとる要因にもなっている、あの強力無比な固有魔法をサクリファイスも使えると言うのでーすか……!?」

「使えるって言っても初歩魔法の'テレポ'だけだろうが」

「そんな誰にでも使える魔法みたいな感じで言われるのは心外だな。初歩魔法でも、教えたぐらいで僕以外の人が使えるようになるなんて思わなかったんだから」


 ルシファーが少し眉を顰めながら言った。え、そうなの? 俺も、便利だからって俺が教えたリズも割と簡単に習得してた気がするけど。


「まぁでも、役には立ってるでしょ?」

「…………」


 ルシファーの問いに俺は答えることができなかった。正直、'テレポ'はめちゃくちゃ便利な魔法だ。あの魔法がなければあんなにも気軽にリズに会う事はできないだろう。だが、それは認めたくない。認めてあいつのドヤ顔を見るくらいなら死んだ方がマシだ。


「……エルビンには厳しく言っておかないとダメだな。こういう俺に害をなす奴を城に入れない結界をちゃんと張っておけってな」

「そうやって話題を逸らすって事は役に立ってるって事だよね? よかったよ」


 ルシファーが眩しいくらいに白い歯を俺に向けてきた。苦手だ。やっぱり俺はこいつがすこぶる苦手だわ。


「そんなどうでもいい話をするためにこんな辺境の地まで来たのか? 随分と暇なんだな」

「いやいや、僕も用があってきたんだよ。魔王としての大事な、ね」


 そう言ってルシファーは値踏みをする様にパズズを見る。魔王としての大事な用? 皆目検討がつかないんだけど。


「戦力分析、といったところでーすか?」

「そこまで大仰ではないけどね。ただ、領土拡張なんかには全然興味がない噂の魔王が、他の魔王の勢力を取り込んだ理由が知りたくてね」

「……その『噂の』っていうのは俺の二つ名の事を言ってるのか?」

「あらら、知っちゃったんだ。せっかく隠してたのに。それを知った瞬間に立ち会えなかったのは残念だなぁ」


 ルシファーが楽しげに笑う。やっぱりこいつは知ってて俺の事を泳がしていたのか。万死に値する。だが、相手のペースに乗ってはいけない。俺は大人なんだ。


「こいつがうちにちょっかいかけてきた。だから、ぶっ潰してやった。それだけだ」

「なるほど、シンプルだね。君らしい」


 吐き捨てるように言うと、ルシファーは納得したように頷いた。こいつ……俺の『帰れオーラ』が全く効いてない。いつまでここにいるつもりなんだよ。こうなったら最後の手段を使うしかない。


「悪いけど俺は忙しいんだ。これから領地の見回りに行かなきゃならないんでね」

「あぁ、お気遣いなく。適当に帰るから」

「ちっ……勝手にしろ」


 これこそ「相手が帰らないなら自分がいなくなる」作戦。これ以上こんな腹立つイケメンと一緒にいられるか。俺の精神衛生上、ここは戦略的撤退をとらせていただく。用事があるから仕方なく感が出てて自然だろこれは。あばよルシファー! HAHAHA!!



 自分が戯れで教えた空間魔法である'テレポ'を完璧に行使しこの場から消えたサクリファイスを見て、ルシファーは思わず苦笑いを浮かべる。


「……本当に軽々使っちゃうんだよね。そんなに簡単な魔法じゃないんだけど。まぁ、闇魔法なんて空想上の産物を操る彼は常識じゃ測れないんだよね。ねぇ? 君もそう思うでしょ?」


 ルシファーは軽い口調でここに残されたもう一人の魔王に話しかけた。一方パズズはそんな彼に対し一切油断する事なく、緊張した面持ちで相手の出方を窺っている。


「……確かにあなたの言う通りでーす。こんな怪物の前に、配下を残していなくなるなんて彼には常識がありませーん」

「はははっ。怪物呼ばわりなんてひどいなぁ。君の新しい主人も似たようなモノでしょ?」

「……それは否定しませーん」


 パズズは魔王としてそれなりに自分の力量に自信を持っていた。だが、それは単に自分が井の中にいただけの話であった。あの夜、"最弱"の魔王と呼ばれるあの男と対峙した際、格の違いというものをまざまざと見せつけられたのだ。そして現在、目の前で何を考えているのかわからない笑みを浮かべて佇んでいる男にも格の違いを感じている。


「ところで、帰らなくてよろしいのでーすか? 友達の魔王はいなくなってしまいまーしたよ?」

「さっきも言ったでしょ? 魔王としての仕事をしにきたって」

「あの男にワタシがついた理由でーすか? それは先程彼が言った事以上の理由はありませーん」

「理由に関してはすごく納得したよ。まったく、サクリファイスらしいよね」


 ルシファーがくくくっと口元に拳を当てながら笑った。だが、帰る素振りは見せない。その意味を正しく捉えているパズズは警戒を切らさない。


「……パズズだっけ? その顔を見る限り、君は僕の狙いを正しく理解しているようだね」

「東で最強とされる魔王が最も厄介な相手の戦力を削ぎに来た、といったところでーすか」

「そんな物騒な事しないよ。ただ、"劇毒"の魔王を実際に目で見た感じただの小物じゃなさそうだから、"四次元"の魔王として少し力を確認しておかないと、とは思ったね」

「……お褒めの言葉と受け取っておきまーす」

「それじゃ、魔王のお仕事始めていこうかな」


 その言葉と同時に空間魔法によりルシファーが目前に現れる。目を見開き驚くほどパズズ。その速度は、何が起ころうと魔法を行使するべく準備していた彼の予測を上回っていた。だが、ルシファーの出した拳は虚しく空を切る。


「……へぇ?」

「なっ!?」


 ルシファーの攻撃を躱したパズズが目を丸くした。彼はいわば頭脳派。魔法には長けているが、接近戦ともなると他の魔王には劣る。にもかかわらず、最強の魔王の一撃を軽々と避けてみせた。


「見た目と違っていい反応を見せるじゃない」

「い、いや、これは……!!」


 自分の猛攻を寸でのところで躱していくパズズにルシファーが笑いながら驚きの表情を浮かべる。だが、最も驚いているのはパズズ自身であった。このような動きが出来ないことは自分が一番分かっているはずなのに、今のパズズはルシファーの攻撃に完璧に対応していた。いや、本人の意思とはまるで関係なく体が勝手に動いていると言った方が正しい。


「それとも、過保護な上司がいるのかな?」


 そう言いながら、ルシファーがパズズの上に手のひらを向ける。


「'ラプチャー切り取り'」


 ルシファーが魔法を唱えた瞬間、パズズはその場で尻餅をついた。脳みその理解が追いつかない。だが、体に自由が戻ったのは確かだった。


「……生半可な炎じゃびくともしいひんうちの糸も、空間ごと消されてもうては敵わへんわぁ」


 この独特な口調。パズズがビクッと体を震わせ、恐る恐る振り返ると、そこには和服に身を包んだ妖艶な美女が微笑んでいた。


「お久しぶりどす。もしかして、うちの部下がルシファー様にご迷惑をおかけしたか?」

「いやいや、そんな事はないよ薄雪うすゆき。……ただ少しばかり彼の力を見てみたくてね」

「天下の大魔王様が気にするほどの力量やら持ち合わせとりません。……ぬしもそうは思わへんか?」

「私もそう存じあげます」


 薄雪が王の間の隅に視線を送ると、そこには燕尾服を着た魔族が姿勢正しく立っていた。いつからそこにいたのかまるでわからないパズズとは違い、そちらへ目を向けたルシファーは驚いた様子もなく、笑みを浮かべながら僅かに目を細める。


「サクリファイスの優秀な右腕じゃないか。元気してた?」

「おかげさまで。魔王らしくない誰かさんのお陰で胃の痛い日々を送っております」


 お腹のあたりに手を添え、マルコキアスが恭しく頭を下げた。完璧なる執事の所作の中に隙は微塵もない。


「エルビンとラセツは……いないようだね」


 ルシファーが確認するように魔王の間をぐるりと一周眺めながら言った。静かに頭を上げたマルコキアスがチラリとパズズへと視線を向ける。


「そちらの者ではルシファー様の暇潰しの相手には些かばかり不十分かと」

「あはははは! やっぱりバレてた? 魔王の仕事とか偉そうな事言ったんだけど、本当は退屈してただけなんだよね」


 楽しそうに笑うルシファーとは対照的にマルコキアスは一切表情を変えない。


「ルシファー様にはがあるのを存じ上げておりますゆえ、僭越ながらお声をかけさせていただきました」

「のわっ!?」


 尻餅をついたままぼーっとしていたパズズの体に糸を巻きつけた薄雪が、そのままパズズを魔王の間の外まで投げ飛ばす。それを確認したマルコキアスは蓄えていた魔力を一気に解放した。


「お暇であれば私と薄雪がお相手させていただきます。それならば互いに壊れる事はないでしょう」


 魔王の間が一瞬にして凍土と化す……そう錯覚するほどに、この場が冷気に満ち溢れた。だが、ルシファーは春のそよ風に撫でられたかのように気持ちよさそうな顔をしている。


「魅力的なお誘いではあるけど、受けるわけにはいかないかなぁ。四天王を二人相手にするとなると、僕も本気を出さざるを得なくなる。遊びとはいえ、この城を壊しちゃったらサクリファイスに怒られるからね」


 ルシファーが軽く肩をすくめながら両手を上にあげた。同時に、マルコキアスが魔力を引っ込める。


「ご冗談を……私達二人ではとてもとても敵いません」

「謙遜しちゃってー。僕の周りにもこれほどの冷気を纏う魔族はいないよー? ……まるで、時間すら凍らせてしまいそうだ」


 それまで全くと言っていいほど表情が変わらなかったマルコキアスの眉が少しだけ動いた。それを見たルシファーが笑みを深める。


「本当は今すぐにでも二人を……いや、四天王全員僕の陣営に勧誘したいところなんだけどね。それこそサクリファイスが激怒するからやめておくよ。それに君達も彼にぞっこんなのは知ってるし」

「お慕い申し上げてはおりますが、ぞっこん、と言うのは賛同しかねますね」

「あら? うちはぞっこんどすえ? ぬし様にはこの身を捧げてもええ思てるわ。むしろ捧げたいまであります。あぁ……この身にぬし様の寵愛を受ける事ができたらどれほど幸せなことか」


 なぜか恍惚な表情を浮かべている薄雪を見て、マルコキアスがため息をつきながら顔を左右に振った。


「ははは! 本当に君達は愉快だね! ……さて、そろそろお暇させてもらう事にするよ。あんまり留守にすると、うちの副官に大目玉食らっちゃうからね。たまには僕のところに遊びに来いってサクリファイスに言っといて! じゃあね!」


 そう言うと、ルシファーは'テレポ'でこの場からいなくなる。不意に静寂に包まれる魔王の間。


「……流石は要注意人物といったところですね」

「ぬし様の最大の障壁になりうる男どす。魅力的なだけに残念に思うわ……ところで、こらどないすんの?」


 薄雪が手首をくいっと動かすと、糸に縛られたパズズが飛んできた。先程投げられた時に勢いよく壁にぶつかったのか、見事に白目を剥いている。


「アグリ村に帰してやっては?」

「了解どす」


 魅惑的な笑みを浮かべた薄雪は、乱暴にパズズを引きずっていった。それを見たマルコキアスは、なんとなく薄雪のパズズへの扱いを察するのであった。

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