第三章 魔王と若き王の盃

第27話 魔王、二つ名を尋ねる

 アグリの村が元通りになるには一ヶ月の期間を要した。いや、元通りというのは語弊がある。以前と同じ面積の田畑が、以前よりもグレードアップして戻ってきたのだ。

 村の者達が言うには、パズズが疲弊していた土地を蘇らせてくれたらしい。なんでも、毒を司る元魔王は土壌に必要な栄養分を魔法で補ったようだ。リンやらカリウムやら言ってたが、農業に従事していない俺にはよくわからなかった。おまけに作物を食い荒らす害虫にのみ効果のある毒魔法で田畑を覆ってくれているのでえらく村人達が感謝してた。自分達の土地を荒らした張本人だというのに、この一ヶ月でよくもまぁ信頼を勝ち得たもんだ。

 そんな元魔王パズズは今、玉座に座る俺の目の前に佇んでいる。ちなみにここは俺の城だ。マルコに許可をもらい次第早々に帰ってきた。当然、主人である俺の前ということでパズズはかしこまった様子で……いるわけもなく、不貞腐れた顔で立っていた。


「ワタシに何か用でーすか? 特に用がないならさっさと戻らせていただきまーす。ワタシも忙しいのでーす」


 ここに来て第一声がこれだ。全くもって敬意が感じられない。


「忙しいってお前農作業してるだけじゃねぇか」

「その農作業が忙しいっと言っているのでーす。ここの農夫達は管理が杜撰ずさんすぎまーす。聞けば特に何も考えずに同じ田畑で同じように農作物を育ててるとか。土地に栄養も与えず、休ませる事もせずに酷使し続けるとかありえませーん」


 パズズが眉を釣り上げながら言った。なにこいつ農業奉行なの? 俺が命じたのは、自分で荒らした農地を元に戻せって事だけだったんだけど。


「いやまぁ、俺としてはありがたいんだけどさ。一応少し前まで敵だったわけで、そんなに本気で打ち込んでくれる姿を見ると逆に不安になるんだが」

「あなたの下につく事になってしまった以上、あなたの領地はワタシの領地でもありまーす。中途半端な農業は許しませーん。……それに、下手に手を抜いてそれが薄雪うすゆき様に知られでもしたら、恐ろしくて死んでしまいまーす」


 ……薄雪のやつ、しっかりと教育を施しているようだな。毒魔法に長けるって事で薄雪の部下にしたのは正解だったかもしれない。パズズのビビりっぷりを見る限り、かなりハードな躾が行われたに違いない。


「とりあえず、ちゃんと働いているみたいで安心したよ」

「だから、さっさと用件だけ言ってワタシを開放してくださーい。あの村の農地大改革はまだ始まったばかりなのでーす!」

「ほ、ほどほどにな」


 狂信的な目をしているパズズを見て、引き攣った笑みを浮かべる。ま、まぁ、やる気がある事はいい事だ。あんまり引き留めても申し訳ないな、うん。


「じゃあ、早速本題に移ろう。俺が聞きたいのは他の魔王についてだ」


 俺の言葉を聞いたパズズがピクリと眉を動かした。


「……なるほど。ワタシの軍を落としたのを皮切りに、本格的に動き出すつもりなのでーすね。まぁ、確かにあなたのような化物が今まで大人しくしていた方が不思議でーす」


 何やら納得したようにうんうんと頷いているパズズ。こいつは一体何を言ってるんだ? つーか、ちゃっかり人を化物扱いしてんじゃねぇよ。


「それで? 知りたいのは各魔王の強さでーすか? それとも軍団の規模? とは言っても、流石のワタシも全員を把握しているわけじゃありませーん」

「他の魔王の二つ名を教えてくれ」

「二つ名でーすか?」

「あぁ。俺と同じように不遇な二つ名をつけられた魔王がいるのか知りたい」

「……は?」


 俺が大真面目な顔で言うと、パズズの目が点になる。


「……一応確認しまーすが、それは二つ名から魔王の戦力を測るという意味でーすか?」

「バカが。戦力なんてどうでもいい。俺だけあんなしょうもない二つ名なんて嫌だ」

「…………」


 こいつは何か勘違いしていたみたいだが、一番重要なのはそこだ。俺よりもダサい二つ名を持つ魔王を見下し……いや、ねぎらい、傷を舐め合いたい。

 ちなみにリンクで確認してみたところ、リズは当然のように俺の二つ名の事を知っていた。『"最弱(笑)"でしょ?(笑)』っていうメッセージを見て、リンクを破壊しなかった俺を褒めて欲しい。


 しばらくぽかんと俺を見つめていたパズズが大きくため息を吐いた。


「……あなたの考えがまるでわかりませーん。ですが、理解しようと努力するのは無駄なことに思えまーす」

「別に理解しなくてもいい。俺は教えてもらえればそれで満足なんだ。そしたらお前も大好きな農業に戻れるぞ」

「……わかりまーした。まずは手近なところからにしまーす。ワタシの領土……元ですが、そこに隣接しているのは"死魂"の魔王でーす」


 "死魂"の魔王……パズズの隣って事はバロールか? こいつはダメだ。かっこいいよりの二つ名な気がする。


「彼はワタシよりも闇が深いでーす。人族をモノとしか思って」

「あーそういうのはいいから。次」


 なんとなく長くなりそうだったのでパズズの言葉を遮り先を促した。何か言いたげな表情を浮かべたパズズだったが、特に何も言わずに話を続ける。


「その他には"獄炎"の魔王スルト、"蒼空"の魔王パイモン

、"絶氷"の魔王ロキなどがいまーす。特にロキやスルトは力のある魔王として有名でーす」


 ふむ……俺が知ってる魔王の名前も出たが、こいつらも論外だな。特に"絶氷"とかめちゃくちゃイカしてる。


「有名どころでいくと、ワタシ達とは反対の西大陸の支配者とも言われてる"破壊"の魔王ラーヴァナでーすかね」

「ラーヴァナ……"破壊"の二つ名とかお似合いすぎて笑える」

「笑えるって何を言ってるんでーすか?」


 俺の呟きに反応したパズズが呆れた顔で俺を見てくる。いいんだよ、こっちの話だから。


「そして、その魔王ラーヴァナと肩を並べる東大陸の大魔王、ルシファーは"四次元"の魔王と呼ばれ恐れられていまーす」

「はぁぁぁぁ!?」


 俺が大声をあげると、パズズがビクッと体を震わせた。


「な、なんでーすか急に。驚いてしまいまーす」

「なんでだよっ!?」

「こちらのセリフでーす!!」


 まるで意味がわからない、といった表情を浮かべるパズズ。だが、俺にはどうしても納得がいかなかった。


「なんであのクソ野郎がそんなにもカッコいい二つ名をもらってんだよっ!?」

「あ、あのクソ野郎というのは魔王ルシファーの事でーすか?」

「俺みたいな素晴らしい男が"最弱"の魔王で、あんなナルシストで傲慢で我儘で自己中心的な野郎が“四次元"の魔王だぁ!? ふざけんじゃ……!!」

「随分な物言いだね」


 突然、魔王の間に気障ったらしい声が響き渡る。怒りでわなわなと震えていた俺を見て戸惑っていたパズズが、瞬時に入り口へと顔を向け唖然とした表情を浮かべた。玉座に座っている俺は緩慢な動作で声のした方へと視線を向ける。そして、そこに立っている男を見て大きく舌打ちをした。


「やぁ。久しぶりだね、サクリファイス」


 魅入ってしまうような美しい銀色の髪に女性を蕩かせる甘いマスク。そこから溢れ出す圧倒的なオーラ。

 話題の男、魔王ルシファーがムカつくほどに清々しい笑顔を浮かべながら、俺に向かって手を振っていた。

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