第26話 魔王、図らずも領土を拡大する
魔王パズズの城を攻め落としてから一週間、ようやくパズズ軍が俺の軍門に下る、というお触書がパズズ領にある全ての村や町に行き渡ったらしい。らしいっていうのは、特に俺は何もしていないからだ。こういう
「……というわけで、パズズ軍の吸収は
タキシードを着こんだイケメンが厚い紙の束を確認しながら俺に報告した。俺は玉座に座りながら大きな
「要するに、うちの軍にパズズ軍が入ったって事だろ? 端的に言ってくれ」
「事はそう単純な事ではありませんが……まぁ、いいです」
クイッと眼鏡を直しながら、マルコが紙の束をめくった。ちなみにここは俺の城の魔王の間じゃなくてパズズの城の魔王の間だ。あんまり趣味がよくないから帰りたいんだけど、マルコに『新しい王を自覚させるためにも、しばらくの間はここで威厳を振りまいていてください』って言われてさ。リズに報告しに行った日以外は仕方なくパズズの玉座に座って日がな一日ぼーっとしてるってわけだ。
「不毛な
「あー……そういうのはお前に任せる」
「では、こちらで適当に作っておきます。これだけは入れておきたい掟みたいなものはありますか?」
「俺の許可なく他の魔族や人族に手を出さない」
「承知いたしました」
ルールなんていうものはガッチガチに固めるから、それを破る奴が出てくるんだよ。だから、適度に自由なくらいがちょうどいい。まぁ、マルコだったらその辺分かってるだろうから、なんの心配もなく任せられるってもんだ。自分で考えるのが面倒くさいなんてことは断じてない。
「それにしても……とても複雑な気分ですね」
紙の束を懐にしまいながら、マルコが浮かない表情で言った。
「複雑ってなんだよ?」
「魔王の職務を放り出し、あろう事か恋人の親友を騙して、二人っきりで馬車に乗りつつ、二週間も楽しく旅行をしていただけだというのに」
「間違ってないけど、すごい悪意のある言い方だよねそれ?」
「旅先で他の魔王に喧嘩を売り、結果的に領土拡張に成功するとは……これでは嫌味も言いにくいじゃないですか」
「いや、そんなこと言われても……」
「帰ってきたら魔王のお死事をしていただく予定でしたのに」
「やっぱりお死事なの? 俺死ぬの?」
パズズの件がなきゃ俺の命は風前の灯火だったらしい。いくらリズの頼み事でも、今後は迂闊に引き受けないようにしないと、マルコのアンデット軍団の一員になりかねん。
「それで? これからどうするおつもりですか?」
「へ?」
なに、どうするおつもりって? いつ頃自分の城に帰るかってこと? それは俺が聞きたいことなんだけど。
質問の意図がまるで分っていない俺を見て、マルコは心底あきれたように首を左右に振り、これ見よがしにため息を吐いた。
「成り行きとはいえ、魔王を一人滅ぼしたんですよ? これまでのように放っておかれる存在とはいかないでしょう」
「え? 俺って今まで放っておかれてたの?」
「当然です」
きりっとした表情ではっきりと言われた。泣きそう。
「こんな東大陸の端っこに位置して、大した領土も持ってなくて、お遊びみたいな侵攻しかしない魔王を誰が警戒するって言うんですか?」
「…………」
正論過ぎて何も言えない。でも、あれだぞ? 端っこだから海にも行けるんだぞ? 漁村で取れた魚介類は美味いんだぞ?
「だから、"最弱"の魔王などという不名誉な二つ名が付けられるのです」
「そうなんだよ……って、あれ? その事、お前に言ったっけ?」
「いいえ。魔王様からは聞いていませんが、有名なので普通に知ってます」
「知ってたのかよっ!! だったら、教えてくれてもよかっただろうが!!」
「……? 何をそんなに興奮しているんですか?」
マルコが不思議そうに首を傾げた。これが興奮せずにいられるかっ!!
「マルコのせいでめちゃくちゃ恥かいたんだぞ!? 『お前は世間から"最弱"の魔王と呼ばれてる』ってパズズから言われた時の俺の気持ちを考えてみろっ!? 事前に教えてもらってればもう少し違った反応が出来たっていうのに!!」
「はぁ、そうですか」
マルコがどうでもよさそうに自分の眼鏡を布で拭き始める。すげぇむかつく!
「お前らはいいよな!? "冷血"のマルコキアス! "
なんだよ"拳豪"って!? なんだよ"
「私達の事をそう呼ぶのはジェミニ王国の人族だけですよ。公式認定じゃありません」
「俺の場合は公式で"最弱"って名前がついてんだよ!! むしろ悪いわっ!!」
「別にいいではないですか。なんの縁もない者からなんと呼ばれようとも」
「なっ……!!」
マルコにあっさりと言われ、思わず口籠もる俺。
「他者の評価など関係ありません。私は魔王様の事をちゃんと理解しております。それは他の配下達も同じです。でなければ、こんな体たらくでやる気のない魔王についていきませんからね」
「……さりげなく悪口言ってるよね、それ」
「さぁ、なんのことでしょうか?」
俺がジト目を向けると、素晴らしい笑顔が返ってきた。はぁ……なんというか、凄い小さい事に拘っていた気がする。確かにこいつらが本当の俺を知ってくれているのであれば、他の連中からなんと呼ばれようが関係ないのかもしれないな。
「我々サクリファイス軍は分かっております。だからこそ、"最弱"の魔王とは呼ばずに、"ポンコツ"の魔王とそう呼んでいるのです」
「そうか。それならいい……って、ちょっと待てぇぇぇぇぇ!!」
俺は悪趣味な玉座の手すりを両手で勢いよく叩きつけた。邪魔くさい装飾が粉々に砕け散る。悪いなパズズ。
「なにか?」
「いや、『何か?』じゃねぇだろ!! お前、頭いいくせに今の発言のおかしいところに気がつかなかったの!?」
「申し訳ございません。まったく分かりません」
マルコが涼しい顔で言ってのけた。長い付き合いだから知ってたけど再確認したわ。こいつは性格が悪い。
くそがぁ……もう二つ名とかどうでもいいやって思ったけど、こいつのせいで思い直したわ!! そもそも"最弱"ってなんだよ!? つけていい二つ名と悪い二つ名があんだろ!? "最弱"は間違いなく後者だ!! 付けられた奴の気持ちも考えてみろっての!! ティアにまで知られてるとか、人族の世界で知らない奴いないんじゃないか!?
……いや、ちょっと待てよ? そうなるとあいつも知っていたんじゃないか? 人族の中で俺が一番親密な関係になっているあの王女も……。
「当然、リーズリット嬢もご存知でしょうね」
「ナチュラルに人の頭の中読んできてんじゃねぇよ!」
「いえ、なんとなくそう思っただけです」
眼鏡を直しながら澄まし顔のマルコを苦々しげに睨みつける。いや、俺はまだ諦めない。リズは王女という事で少し世間知らずなとこがある。じゃなければ、王女という身分で魔族相手にあんなにも鬼畜な暴れっぷりを披露するわけがないからな。うん、俺の恋人は知らなかったんだ。そうに違いない。
「話を戻そう。これからどうするって話だったよな?」
「そうです」
「魔王であるパズズのバカを配下に取り込んだから、他の連中が黙ってない、と」
「その通りです。ですが、幸いにもパズズさんが治める領土もそこまで広くありません。魔王の中でも下の方に位置するでしょう。なので、魔王の最底辺にいるサクリファイス様にパズズさんがついたとしても、そこまで警戒される事はないと思われます。とはいえ、目敏い者はなんらかのアクションを起こしてくると考えてもおかしくありません」
「なるほどね……って、誰が最底辺だ!」
とりあえずツッコミを入れつつ考えてみる。マルコの分析はいつだって的確だ。身内贔屓の推測などありえない。だからこそ信頼できるといえる。それを踏まえて今後の動き方を考えなきゃならない。とは言っても、もう決まってるんだけどな。
「例えそうだとしても俺のやり方は変わらない。ジェミニ王国とは友好を築く方向に働き、他の勢力には牽制をする。こちらから手を出す事はない」
「……もし、ちょっかいをかけられたら?」
「その時は叩き潰すだけだ」
なんの迷いもなく言い放つ。俺は事なかれ主義者だが、無抵抗主義者じゃない。やられたらやり返す、倍返しだ!
俺の言葉を聞いたマルコが満足そうに頷いた。
「それならば安心です。そして、"最弱"にして"最強"であられるサクリファイス様に喧嘩を売ってくる愚か者が出てくる事を願います」
「できれば俺はこのまま安穏と生活していきたいんだけどな。……ところで、俺はいつまでこの城にいなきゃいけないんだ?」
「そうですね……パズズ軍の者達が全員忠誠を違うまでですかね?」
「それ何年かかるんだよ……」
途方もないマルコの発言に思わず深いため息が漏れる。あぁ……早く自分の城に戻ってだらだらしたいぜ、本当。
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