第7話 魔王、困った時は勇者に縋る

 四天王の話を聞いた結果、なんか思ったより人族とか魔族とかに拘っていない気がする。みんな俺の敵が自分の敵だって言ってくれた……エルビンだけはちょっと怪しいけど。

 いやーでもこれは逆に迷う。確かに、他の魔族の領地を攻める事に関しては前向きな気持ちにはなった。ただ、なんの理由もなく喧嘩売るのはなぁ……俺って割と平和主義だし。


「……悩んだ時はあいつに相談してみるか」


 少しだけ迷った挙句、俺はリンクにメッセージを打ち始めた。



「……なんか深刻な雰囲気だと思ったらそんな事で悩んでいたのね。まぁ、あなたらしいと言えばあなたらしいけど」


 ジェミニ王国の王女にして勇者であるリーズリット・ローゼンバーグがパスタを食べながら呆れたように息を吐く。今日はアクエリアス王国で有名な海鮮パスタのお店に来ていた。お昼なので前みたいにリズがお店の酒を飲み干すなんて事態にはならないだろう。


「あなたって本当に魔王らしくないわね」

「……そうか?」


 俺が頼んだのは海鮮パスタの王、ペスカトーレだ。潮の香りがトマトの酸味とマッチしていて中々に美味しい。


「別に悩む必要なんてないでしょ。あなたは魔王なんだから思うようにやったらいいじゃない」


 一方、リズが頼んだのはイカスミパスタだ。スミって文字を書く時に使うアレだろ? そんなもの食べて腹を壊さないのか? いや、変なものを食べて腹痛を起こすような繊細な造りはしてないか。


「今失礼なこと考えたでしょ?」

「……いや、そんな事はない」


 鋭すぎるぞ勇者様。迂闊に変な事を考えれば俺の命はない。


「……まぁいいわ。とりあえず、あなたが悩んでいる理由が私にはわからない」


 リズは器用にクルクルとフォークにパスタを巻き付け、それを口に運ぶ。俺も真似してやってみるが、力加減が下手なせいかどうしてもトマトソースが飛び散ってしまう。こりゃ白いTシャツの時は食べれないな。


「そりゃ悩むだろうが。何かしら理由があれば別として、ただ領土を拡張したいからって、俺はお前のいる国となんて戦いたくないぞ」

「私と出会う前は理由なしで侵攻してきたじゃない」

「人族と魔族は領土を取り合ってなんぼだろ。そこに理由などいらない」

「そうですか」


 呆れたようにリズが息を吐く。正直な話、俺はリズとの会話にあまり集中できていなかった。それは彼女の周りのせいだ。何人かの野郎がパスタを食べるふりをして嫌らしい目でチラチラとリズを見ている。リズが美人だから見惚れるのは仕方がない事なんだが、俺はそれがすこぶる気に入らない。『人の恋人をじろじろ見てんじゃねぇぞ、目ん玉えぐり出されてぇのか、あぁ?』って気分だ。気にしないようにパスタの事とか必死に考えてみたが駄目だった。


「ちょっと! 聞いてるの!?」

「え? あぁ、すまん」


 不満げな顔をグッと寄せてきたリズに慌てて謝る俺。いかんいかん、集中せねば。


「まったく……ジェミニ王国私達の国と争いたくないんだったら、他の国を攻めればって言ったの」

「簡単に言ってくれるな。俺らの領地は大陸の端っこにあるんだぞ? 接してるのはジェミニ王国しかない。そこを飛び越して違う国を攻めるなんて戦略的にも常識的にもないだろ」

「それは……まぁ、そうね」


 人族が結託して攻めてきたとしても挟撃の形にはならない、と喜んでいた時代が懐かしい。こんな事なら大陸の真ん中に陣取ればよかった。いや、取ろうと思って取れるものでもないけど。


「だったら、平和に生きればいいじゃない。戦争なんてやらない平和主義の魔族を貫けばいいのよ」

「それは無理な話だな。幸か不幸かリズの国との戦争で魔族の死者が殆ど出なくなったから、うちの人口がどんどん増えていってるんだよ。だから、領土が欲しいのは本音だ、あと物資も」

「……色々気を遣いながら戦っているからね、私達」


 リズがアイスティーに口をつけながらため息を吐く。確かに。常に全体の戦況を把握できる場所に構え、こちらがやられそうであれば適度に手を貸しに行って、あちらをやりそうであれば適当に邪魔しに行ってるからなー俺。リズも同じようなもんだけど。


 …………それにしても。


 一、二……八人か。リズを見て鼻の下を伸ばしている輩は。ついでに俺を見て鼻で笑っている人数も同じだ。いい加減ムカついてきた。


「リズ、そろそろ店を出ようか」

「え?」


 驚くリズを置いて俺は入口へと向かい、店員にお金を支払う。そして、さっさと店を出た。


「ちょ、ちょっと! いきなりどうしたのよ!? 私まだデザート頼んでないんだけど!?」

「ちょっと野暮用思い出してな」

「野望用って……!」


 それだけ告げてスタスタ歩きだした俺を見て、リズは額に手を添えため息を吐いた。

 さて、と。この街は初めてだから地理が分からないな。まぁ、どんな街でも人目につかない場所っていうのはあるだろ。だったら、人が少なそうで建物の陰になって薄暗そうな場所に歩いて行けばいいはずだ。


 ……ほーら、釣れた。


 The・路地裏って感じの場所で俺はピタッと足を止めた。少し後ろを歩いていたリズもそれにならう。


「……どういうこと?」


 俺の耳元で少しだけ怒りが混じった声が聞こえた。


「魔族っていうのは薄暗い場所を好むんだよ」

「そうじゃないわ。あれよ」


 リズが面倒くさそうに前へ視線を送る。物陰から姿を見せたのは四人。もちろん、さっきの店でリズに不躾ぶしつけな視線を送っていた連中だ。半分だけってわけじゃない。俺達の後ろから残りがちゃんと来ている。


「俺の知り合いじゃないぞ? そもそも人族の知り合いなんて片手で数える程度しかいない」

「私の知り合いでもないわよ。って、そういう話をしているんじゃないわ」


 どうして誘い出すような真似したの? と、リズが目でそう訴えかけてきた。そんなの決まってる。連中がどんな行動に出るか、興味があったからだ。


「よー兄ちゃん。冴えないツラしてる割にはとびきり上等なスケを連れてんじゃねぇか」

「俺達もあやかりてぇよなぁ?」


 そして、俺の期待通りの行動に出てくれた。やはり人は見た目で判断すべきだ。だが、短気はいけない。通過儀礼を済まさねば。


「俺達急いでるんだけど、そこどいてくんない?」

「あぁ? 急いでんのか? だったらとっとと消えな。もちろん、その女は置いてなぁ!」

「後は俺達が面倒見とくから心配すんな!」


 やばい。この状況で口角を上げるのはまずい。あまりにも想定通りで思わずにやけてしまいそうになる。だが、我慢だ。


「……悪いけど、彼女は置いていけねぇな」

「はぁ? なんでだよ?」

「お前らみたいなボンクラの手をリズに触れさせるわけにはいかない。……まぁ、触れる事なんてできるわけもねぇがな」

「んだと、こら!! 女の前だからっていい恰好しようとしてんじゃねぇぞ!!」

「調子こいてんじゃねぇ!!」


 俺達を取り囲んでいた男達が一斉に襲い掛かってくる。よし、これで正当防衛が成立するよね? そんな思いでチラッとリズの方を見たら、ものすごい呆れた顔で見返されてしまった。くっ……リズに言い訳するためにも三分で終わらせるぞ!

 と、思ったら全員気絶させるのに一分もかからなかった。おいおい、こちとらアーティファクトで極限まで魔力を抑えてるんだぞ? もうちょっと頑張れチンピラよ。


「はぁ……はぁ……く、くそがぁ……!!」


 む、全員寝かしたと思ったが、まだ意識のある奴がいたか。なんかゴリラみたいな体してるし、他の奴よりも頑丈だったんだろうな。すぐに眠らせてやるよ。


「ぶ、ぶっ殺してやるよ……!!」


 ゴリラ似のチンピラが鼻から盛大に鼻血を出しながら、懐から大き目のナイフを取り出す。


 ヒュッ……。


 それと同時に、風を切る音が路地裏に響き渡った。続いて根元から折れたナイフの刃がぽとりと地面に落ちる。


「……へ?」


 柄しか残っていない自分のナイフを見てチンピラが間の抜けた声を上げた。


「それを取り出したら、ただのじゃれ合いじゃ済まなくなるわよ?」


 少しだけ足を上げているリズが折れたナイフよりもずっと鋭利な視線をチンピラに向ける。多分、チンピラは何が起こったのかまるで分ってねぇな。それが普通だ。常人じゃ見えないほどのスピードでナイフの刃を蹴ったリズが異常なだけ。というか、そんなに殺気を当てたら……。


「ひ、ひぃぃぃぃぃ!!」


 体から出る体液を全てまき散らしながら、恥も外聞も捨ててチンピラは逃げていった。おーい、仲間を忘れてるぞー……って、聞こえるわけもないか。


「あーあ。これでしばらくはこの街に来れないわね。あそこのパスタ、お気に入りだったのに……」


 リズががっくりと肩を落とす。


「ん? 別に問題ないだろ?」

「バカね。またあの男達が絡んできたりして騒ぎになって、万が一私の正体が誰かに知られたら大変でしょ?」

「もう絡んでこないような気がするが……」


 あれだけ完膚なきまでに叩きのめしたし、なにより最後の男はリズの手によって体の奥底に恐怖を植え付けられているからな。


「大体、なんでこんな真似したのよ?」


 リズがジト目を向けてくる。いやー……なんでって言われてもなー……。


「そりゃあれだ。あ、あいつらがやられ役っぽい雰囲気を醸し出していたっていうか……なんとなく生理的にがムカッとくる顔をしていたというか……」

「なによそれ?」


 リズが怪訝な表情を浮かべる。いや、正直に言うのは照れ臭いから無理だ。いいだろ、なんかむかついたからぶっ飛ばしたで。俺魔王だし。


「と、とりあえず大通りに戻らないか? ここにいたらあんまりよくないだろうし」

「……そうね、そうしましょう」


 しどろもどろになりながら提案すると、まだ納得していない顔をしていないリズだったが、渋々といった様子で承諾した。多分、これ以上聞いても俺が言わないのがわかったんだろう。とってもありがたい。


「……あぁいう身の程知らずがいるなんて、アクエリアス王国も高が知れてるわね」


 大通りに出たぐらいでリズはいつもの調子に戻っていた。


「あの手の輩はどこにだっているだろ。ジェミニ王国だってさ」

「あら? あの国には私をナンパする様な不貞な者はいなくてよ?」

「そりゃそうだろ」


 その国の王女を口説くとか下手すりゃ打ち首だろうよ。畏れ多くて手が出せないだけだ。


「やっぱりジェミニが一番ね! あなたもそう思うでしょ?」

「他の人族の国を知らないから何とも言えないが、気持ちはわかる。俺だって我が軍が最高だって思ってるしな。周りに二人ほど魔王がいるけど、あいつらはまるでなっちゃいない。……まっ、顔見た事ぐらいしかないからよく知らないけど」

「ふーん……」


 自慢げにそう言うと、リズは口元に手を添え、何かを考え始めた。


「……ねぇ? そのまるでなっちゃいない魔王の領地に攻め込むっていうのはダメなの?」


 やっぱりその疑問が浮かぶよね。マルコキアスにも同じこと言われてるし。


「ダメってわけじゃないが……やっぱり、なぁ? リズだって同じ人族の領土を攻めるのは気が引けるだろ?」

「気が引けるっていうか、私達人族は国同士で同盟を結んでいるのよ。互いに攻めてはいけない、互いに助け合わなければいけない、ってね」

「同盟、か……」


 集団戦法の得意な人族らしい考え方だ。魔族は無理だな。協調性がなさすぎる。特に魔王ともなれば我の強さも一級品だ……少なくとも俺の知り合いは我が強すぎて胃もたれする。俺達魔族も人族のように横のつながりを強固なものにすれば、交易とかできるんだろうな。そうすれば物資不足で悩まずにす……む……?


 ……ちょっと待てよ? 同盟、いいんじゃないか?


「リズ……それだ……!!」

「ん? それってどれよ?」

「同盟だっ!!」


 突然大声を上げた俺にギョッとしているリズ。いやはや、どうして今まで気づかなかったんだろう。これなら全ての問題が解決するじゃないか。よしよし、我が軍の今後の方針が決まったぞ。


 ジェミニ王国と同盟を結ぼう!

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