第6話 魔王、ショタっ子と戯れる

 はぁ……なんかどっと疲れた。強引な筋トレの誘いを適当な理由をつけて断ったから体力的には減ってないんだけど、精神的に相当疲弊した。薄雪といい、ラセツといい、どうしてうちの四天王は癖が強い奴らばかりなんだろう。部屋に戻って寝たい。

 とはいえ、あと一人で四天王全員から話を聞いた事になる。それが済めば今日のお仕事は終わりって事でいいよね? ……なんか手段が目的になってしまっている気がするけど気のせいだろ、うん。

 というわけで、魔王城の西に位置する魔法エリアにやってまいりました。そして、俺の目の前には立派な森が広がっております。うん、城の中なのにやりたい放題ですね。

 いやまぁ、このエリアには魔法に精通している連中が住んでいるんだけど、妖精とか精霊とかそんな連中ばっかなんだよね。自分達の住みやすい環境を整えろ、って命令出したらこうなるのもしょうがないのか。あいつら、森大好きだから。


「つーか、我が城ながら広いよなぁ……」


 平屋にトレーニングジムに森。おおよそ一つの建物の中にあるとは思えないラインナップ。中でも森の破壊力は半端ないな。


「あー! 魔王様だー!」


 ボケーっと森を眺めていたら、いつの間にか小さな男の子が俺の前で飛んでいた。


「ちょうどよかった。エルビン、お前に会いに来たんだ」

「ボクに? なになにー? ボクと遊ぶのー?」


 俺の周りではしゃぎ始めた褐色肌の少年。何を隠そう、この少年こそサクリファイス軍最後の四天王、ダークエルフのエルビンだ。尖った耳にサラサラの青い髪。見た目は完璧に可愛らしい男の子だけど、実際の年齢はその辺に生えている木と同じくらいらしい。間違いなく俺よりも年上だな。


「いや、遊びに来たわけじゃねぇよ。大事な話があってな」

「えー! 難しい話ならボク嫌だよー?」

「そんなに難しい話じゃないから大丈夫だ」

「そうなのー? それよりキャンディー持ってるー? 甘いもの食べたくなっちゃった!」


 自由か! 魔王に飴ちゃんねだる奴なんて聞いた事ないぞ!?

 俺は仕方なく懐からオレンジ味の飴を出し、エルビンに渡す。


「オレンジ味かー。柑橘系はそんなに好きじゃないんだよねー。出来ればグレープとかピーチとかの方がいいんだけど……まぁ、魔王様だししょうがないよね!」


 何こいつ。その無邪気な笑顔、ぶん殴りたい。

 おっと、まずいまずい。エルビンと話しているといつもこいつのペースに乗せられるからな。ここはしっかりと主導権を握らねば。


「飴をやったんだから話を聞かせてもらうぞ」

「うんわかった! 魔王様がオニね!」

「あぁ、俺がオニ…………へ?」


 オニ? オニって何? ラセツどこぞの脳筋の事?


「ルールはこのエリアから出ないこと! 森を傷つけないこと! 他の人に迷惑かけないこと! それでいいかな?」

「ちょっと待て。まるで意味が分からないんだけど」

「やだなー。オニごっご知らないのー? それやばくなーい?」

「オニごっこは知ってる。なんでそれをやる事になっているのかが」

「じゃあ三十秒数えてねー!」

「俺の話を聞けごるぁ!!」


 握りこぶしを振りかざし、怒りを露わにしたところで、エルビンの姿はもうなかった。なんというか虚しい。さっさと捕まえて用件を終わらせよう。

 きっかり三十秒数え、エルビンを探し始める。魔法で強化する必要もないな。翼を使って適当に飛んでればすぐ見つかるだろ。


「オーニさーんこーちらっ! 手ーのなーる方ーへ!」


 と思ったら本当にすぐに見つかった。というか、これはかくれんぼじゃなくてオニごっこだから、あんまり隠れる意味ないのか。さて、ちゃちゃっと捕まえてしまうか。

 少しだけ加速して一気に距離を詰め、そのままエルビンの体を捕まえ……へ? 消えた。


「へへーん! そう簡単につかまらないもんねー!」


 俺の目の前で嬉しそうに笑うと、エルビンはまた再び姿を消す。これは……’カモフラ’の魔法か? 驚いた。’カモフラ’は周りに同化して自分の姿をぼやかす魔法だ。確かに認識されづらくはなるだろうけど、姿が消えるほどじゃない。流石は魔法エリアのあるじといったところか。

 ここまで見事に姿を消されてしまっては仕方ない。まずは’カモフラ’を打ち破る方法を……。


 ズシーン!

 カコーン!


 地面に降りた瞬間、俺の足元が崩れ落ちる。そして、何が起こったのかまるで分らない俺の頭の上にタライが落ちてきた。


「いーっひっひっひ! 落とし穴にタライのトラップとは魔王様も運が悪いねー!!」


 穴の中から這い上がった俺を見て腹を抱えて笑っているエルビン。指でくるくる回していた水風船をぶつけると、笑い声と共にどこかへ飛んでいく。

 頭から水を垂らしながらしばらくその場に佇んでいた俺は、何も言わずに膝を曲げ、そっと地面に手をついた。


 ……なるほど、よろしい。ならば戦争だ。


「’漆黒の監視者レイヴン・アイズ’」


 俺の手を中心に地面に黒い円が広がり、そこから無数のカラスが飛び立っていく。こいつらは俺の闇魔法で生み出したハンターだ。獲物は絶対に見逃さない。


「……見つけた」


 エルビンの奴、太い木の枝の上で悠々と寝転んでやがる。一定の範囲まで俺が近づかないと捕まらない自信があるんだな。くっくっく……別に近づかなくても、お前を捕まえる方法はあるんだぞ?


「’闇への誘いダークハンド’」


 前に出した俺のてのひらから、おどろおどろしい闇の手が猛スピードで飛び出した。当然、向かうのは怖い鬼をからかった素行の悪い子供の所だ。


「ほえ? わっわっわっ! なんだこれ!?」


 ようやく自分の周りにカラスがいる事に気が付いたエルビンが慌てて空へと逃げようとする。残念ながらそうはいかない。


「’鴉籠トリカゴ’」


 エルビンの周りを囲うように飛んでいたカラス達が結合していき、一瞬にして彼を捕らえる黒い鉄のオリに変わった。そして、ダークハンドをその檻に突っ込ませ、エルビンの体を鷲掴みにし、俺の所まで引っ張ってくる。


「くー! 離せ離せー!!」


 闇の手の中で悔しそうにじたばたともがいているエルビンを見て、俺は小さくため息を吐いた。


「もう十分相手してやっただろ?」


 俺がそう言うとエルビンがピタッと動きを止める。そのままこちらをジッと見つめ、小さく笑った。


「やっぱり魔王様と遊ぶのは楽しいなー。ボクをこんなにあっさり捕まえられるのは魔王様ぐらいだよ」

「それは褒められているって事でいいのか?」

「当然さ!」


 エルビンが楽しそうに笑いながら指をぱちん、と鳴らすと、体から光があふれ出し、俺のダークハンドを呆気なく霧散むさんさせる。


「エルビンこそ流石だな。俺の闇魔法をいとも容易たやすく消し去るとは」

「光魔法を使ったんだから当たり前でしょー? それに魔王様は今の魔法に全然本腰いれてなかったからね」


 その光魔法を魔の者が苦も無く扱えるっていうのが凄いんだが……まぁいいか。


「次こそは完璧に逃げ切ってみせるからねー!」

「ふっ、それはどうかな。俺は魔王だぞ? 部下を捕まえるなんて造作もねぇよ」

「へへーんだ! 今度は絶対に魔王様に吠え面かかせてやるよーだ! 覚悟しておけー!」


 あっかんべーをしてから飛んでいったエルビンに背を向け、俺は小さく笑みを浮かべながら歩き出した。中々いい運動になったな。偶にはエルビンの遊びに付き合うのも悪くな……。


「いや! そうじゃねぇから!!」


 突然大声を上げた俺に、魔法エリアにいる他の魔族達がビクッと体を震わせる。運動とかどうでもいいから! 危うく本来の目的忘れる所だったわ!


「エルビン! 戻ってこい!!」

「えぇー……」


 鬼の形相で近くに来るように指示を出している俺を見て、エルビンは渋々といった様子で戻ってきた。


「それで? ボクに話って何?」


 ふわふわと宙を漂いながら嫌そうにエルビンが尋ねてくる。そう聞いてくるって事は完全に俺を騙してふけようとしてただろ! たくっ……本当にしょうがない奴だな。


「そんなに身構えるなって。大した話じゃない。人族と魔族をどう思ってるかについてだ」

「へ? チーズケーキの事じゃないの?」

「え?」

「え?」


 俺とエルビンが互いに首を傾げる。チーズケーキってなんだ? いや、チーズケーキは知ってるんだよ。俺の大好物だし、この前街で有名な洋菓子店のチーズケーキをリズが買ってきてくれて、今も調理場の冷蔵庫に楽しみにとっといてるくらいだし……ん?


「…………チーズケーキとは一体どういう意味だ?」


 出来る限り感情を殺して尋ねる。返答次第では四天王が三天王になる可能性があるな。


「え、えーっと、人族と魔族だよね! べ、別にどうも思っていないよ、うん!」

「俺のチーズケーキをどうした?」

「ボ、ボクは森を害する人が許せないからねー! ひ、人族が木を切り倒せば人族が嫌いになるし、ま、魔族が森を荒らせば魔族が嫌いになるよー!」

「俺のチーズケーキ」

「で、でもジェミニ王国の人は割と好きかなー? も、森を大切にしているみたいだからね!」

「チーズケーキ」

「ぎ、逆にバロールとパズズは嫌いだよ! ち、近くの森を壊しまくってるからねー!」

「チーズ」

「ま、まぁ要するにボクは種族なんか気にしないって事だね! でも、魔王様の敵とは戦うよ! チーズケーキを食べちゃって悪いと思ってるし、魔王様のことは大好きだから魔王様の敵はボクの敵なんだ! というわけでボクは忙しいからこの辺で失礼するね! 森のみんなのために働かなきゃいけないからさ!」


 早口でそれだけ言うとエルビンは笑顔で手を振り、どこかへ飛んでいこうとした。俺は静かに魔力を練り上げる。


「……人の物を勝手に食べるんじゃありませぇぇぇぇん!!」

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」


 やはり子供は甘やかすだけじゃなく、偶には叱らないといけないよな、うん。

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