第5話 魔王、脳筋とは会話ができない

 やべぇ、まだ心臓がバクバクいってる。まじで心臓に悪いわ、あの部下。……目の保養にはもってこいだけど。

 さて、次は南か西か。北はマルコキアスのエリアだからこの二つのどちらかだな。まぁ、ルート的には南から行くべきなんだが……どうにも気が乗らない。しかし、四天王全員から話を聞くって決めたんだから行かないわけにはいかないか。

 南地区は魔闘エリアと呼ばれる場所だ。文字通り闘う戦士が集まる区域、肉弾戦に特化した近接戦闘を好む連中が住んでいる。そのためか、このエリアには魔族同士の力比べの場や、自己を鍛える施設が数多く存在していた。

 と、ここまで説明しておいてなんだが、俺はこの場所が苦手なんだ。なんていうかあれだ……うん……ここは猛烈に暑苦しくて男臭い。自己鍛錬とか大嫌いな俺とは相容れぬエリアだと言える。半裸でウェイトトレーニングに励んでいる魔族の野郎共を見て嬉しいわけがないだろ。


「フンッ! フンッ!!」


 そして、一際ムキムキで一際暑苦しい奴が今俺の前でベンチプレスをしている男だ。名前はラセツ。四天王の一人で素手での戦闘なら魔族で右に出る者はいないと言われており、その凄まじい戦いぶりから"拳豪けんごう"と呼ばれる鬼神族だ。


「精が出るな、ラセツ」

「ん? おぉ! 魔王じゃねぇか!」


 俺に気が付いたラセツはベンチプレスを軽々と投げ、所定の位置に戻すと、首にかけていたタオルで汗を拭きながら立ち上がった。でかい。すげぇでかい。俺の二倍はあるんじゃないか? ってか、腕の太さが俺の体くらいなんだけど。大木かよ。


「どうした? トレーニングでもしに来たのか? なら、おすすめはあれだな! 最近マルコキアスの野郎に作ってもらった最新式のやつだ!」

「いや、筋トレをしに来たわけじゃない。少しお前と話がしたい事があってよ」

「話? あぁ、どこから鍛えた方がいいって事か。とりあえず腹筋からだろ! 腹が割れてねぇ野郎は男じゃねぇ!」

「そ、そういう話はまたの機会に聞くとするわ。今日俺が話をしたいのは人族に関してだ」

「人族だぁ? あいつらは効率ばかりを求めてダメだ! まぁ、オレ達魔族とは違って肉体が貧弱だから上質な筋肉を少ない労力で得ようって考えるのは仕方のねぇことだが、やっぱり筋トレは自分の体をいじめてなんぼだろ!!」


 あっだめだこいつ会話が出来ねぇ。脳みそが筋肉で出来ているからどうしようもないわ。もういいんじゃないかなラセツは。……いやいやだめだ。魔王たるもの、部下から話を聞けなくてどうする。


「わりぃ。俺が回りくどい言い方をした。もっとストレートに聞くとしよう。ラセツは人族と戦う事についてどう思う?」

「うーん……例えるなら上腕二頭筋と上腕三頭筋を鍛え過ぎた次の日の朝って感じだな」

「どういう意味だ?」

「そのままの意味だ」


 至って真面目な顔でラセツが言った。ものすごく嫌な予感がしてまいりました。


「……では、他の魔族と戦う事についてどう考える?」

「おいおい! そりゃストレッチもせずに大腿四頭筋を苛め抜く所業だな!」

「……このまま戦う事をせず、領土を増やさなかったら?」

「そりゃ、カタボリック だぞ! アナボリックを維持しなくちゃダメだろ!」

「……もし、仮に俺が他の魔族と敵対すると言ったら?」

「広背筋から僧帽筋にかけて重点的にって具合か。魔王もマッスル道の事、分かってきたじゃねぇか!」


 ラセツがいい笑顔で俺にサムズアップしてくる。誰か助けてくれ。俺は異世界に迷い込んでしまったのかもしれない。でなきゃ、こんなにも意思疎通が図れない事なんてないだろ。とりあえず、その親指折っていいか?


「オッケー。お前が筋肉を愛しているのは十分に伝わってきた。だから、一旦それは忘れろ。なんちゃら筋やら筋トレとか一切なしで俺の質問に答えてくれ」

「む……そりゃ、無理難題を言ってくれる。流石は魔王ってか?」


 いや、どこら辺が無理難題なんだよ。普通に話してくれって言ってるだけだろうが。子供にだってできるわ。


「まぁ、魔王の命令となれば従うほかねぇよな」

「そうか。助かる」

「とは言ってもオレは口下手だからよ。上手く説明できるかわからねぇぞ? 普段は少しでも伝わりやすいように筋肉を絡めた話し方をしてるんだからよ」


 筋肉を絡めた話し方で一ミリも内容が伝わってこなかったから。絡めるもの間違ってんだよ。


「えーっと、なんだっけ? あぁ、人族と戦う事に関してだっけか?」

「そうだ。それと他の魔族と戦う事についても意見を聞きたい」

「そうだなぁ……」


 こめかみを指で押しながらラセツが難しい顔をする。そんなに複雑な質問はしてないだろうに。本当にこいつは脳筋だな。


「……オレはよ、考えるのが苦手でよ。戦略とか裏工作とか、そういうのは全部マルコキアスや薄雪に任せて、ただ真っ直ぐに敵軍に突っ込むだけの猪武者なんだよ」

「そうだな。それは俺もよくわかっている」

「戦う事しか能がないオレだったが、あんたが腕っぷしを認めてくれて、こういう地位までくれて……へへっ。オレなんかを慕うバカも結構いるんだぜ?」


 ラセツが照れくさそうにボリボリと頭をかく。そのまっすぐな性格に惹かれてか、ラセツの部下からの評価は高い。まぁ、いい兄貴肌ではあるからな。


「……さっきの質問の答えだが、オレはこの拳を振るわせてくれるんだったら、人族だろうが魔族だろうが構いやしねぇよ。だが、俺の部下共に関しちゃ分からねぇと言うほかねぇな。人族に家族を殺され、その復讐を果たすためにこの軍に入った奴だって中にはいるかもしれねぇ」


 ラセツが遠い目をしながら少し寂しそうに笑う。


「ただよ? そんなの関係ねぇんじゃねぇか?」

「関係ない?」

「あんたはオレ達の大将だ。あんたが人族を滅ぼすって言えばオレ達は全力で従うし、他の魔王と戦うっていえばオレ達は全力でそれに応える。最初、軍に入った理由が復讐だったとしても、今はただあんたについていきてぇだけってバカな連中ばっかなんだよ。あんたの敵がオレ達サクリファイス軍の敵だ。だから、その相手が人族だろうが魔族だろうが関係ねぇのさ」

「…………」


 ……めっちゃまともぉぉぉぉぉ!! まとも過ぎるだろ!! ちょっと感動したわ!! え? ってか、さっきまでの筋肉のくだりなんだったの!? 最初からこう話せよ!!


「かーっ! やっぱり筋肉絡めねぇと上手く話せねぇや!」


 いやいや、めっちゃ上手く話せてたから。これ以上ないくらいに参考になったから。


「さっきの話を要約するとだなぁ、三角筋にグッと力を入れ肩にカットを出したら、ハムストリングがでかく見えるように意識しつつサイドチェストのポーズを」

「いやもうそれいいわっ! わかりにくいどころか、理解するのを俺の脳みそが完全に拒絶するレベルだから!!」

「だな! 言葉は不要だ! 男だったら筋肉で語れ!! ……って事で、魔王はラットプルダウンから始めるか!!」

「やらねぇよ!!」

「それとも、闘技場でオレと一緒に汗を流すか? 全裸でぶつかり合えば、絆も深まるぞ!!」

「いやぁぁぁぁぁ!!」


 俺の悲鳴がトレーニングジムに木霊する。やっぱりここは俺とは相容れない場所だ。

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