第4話 魔王、妖女に惑わされる

 さて……四天王に話を聞きに行くと言ったはいいが、誰から行くべきかすっげぇ迷うわ。マルコも含めて個性的な連中ばっかりだからなぁ、四天王は。まともな話が聞けるかどうか……まぁ、三人の中だったら一番まともなのは薄雪うすゆきだろ。あいつから始めるとするか。

 会いに行く四天王を決めた俺は、早速薄雪のいる魔獣エリアへと足を運ぶ。魔王城の東に位置するこのエリアには戦闘用の魔物が数多く飼育されている。低位の魔物だと知能が低すぎて全然いうことを聞かないが、ある程度高位の魔物は躾ける事が可能だ。

 ここには魔物と意思疎通を図る事に長けた魔族が魔物と共に住んでいるんだよな。そのせいかものっそい獣臭い。魔物の種類ごとに区分けされてて、しっかりとその魔物に適した環境で飼育しているのはいいんだけど……全然城の中って感じしないよな。この施設は普通に城の外に作ればよかったんじゃないだろうか。

 魔物のトレーニング振りを見ながらしばらく歩いたところで、ようやくお目当ての場所に着いた。場所っていうか建物だな。魔王城の中になぜか一軒家が建ってる。まぁ、このエリアはだだっ広く造られたせいか、壁とか部屋とか一切ないから、生活するには家でも建てる必要があったんだろ。もはや外やん、それ。天井くりぬいてバリバリお日様入って来てるし。やっぱ城外でよかっただろ。


「……それにしても古風だよなぁ」


 俺は目の前にある家を見て思わず呟いた。茅葺かやぶき屋根の平屋。玄関はガラス張りの引戸。日よけにはカーテンではなく障子が使われている。なんというか古き良き時代の家って感じだ。今はどこでもレンガや石で造られているから、おもむきがあると言えばある。……とと、今は家を吟味している場合じゃなかった。


「薄雪、いるか?」

「はーい。奥にいてはりますで」


 玄関をくぐりながら声をかけると、奥からあでやかな声が返ってきた。土足厳禁だと前に教わったので靴を脱いでから木の板で出来た廊下を進んでいき、薄雪の部屋の前まで来たところでそのふすまを開く。


「突然来ちまって悪いな……って、あれ?」


 部屋の中には誰もいない。おかしいな……薄雪の部屋はここであってるよね? もしかして留守か? いや、玄関で返事してくれたからいるはずなんだけど。

 疑問に思いながらぼんぼりに照らされている部屋の中へと入る。


「……うちはここどす、ぬし様」

「ひゃっ!」


 突然、誰かに背後から首筋を触られた俺は反射的に悲鳴を上げた。慌てて振り返ると、雪のように白い肌をした妖艶な美女が、天井から糸で吊り下がりながら俺を見てくすくすと笑っている。


「ほんまに可愛らしいお方やわぁ」

「け、気配を消していきなり触って来るな! 驚くだろうが!」

「すんまへん。どうにもぬし様を見るやらからかいとうなりましてなぁ。あまり怒らへんどおくれやす」


 そう言って薄く笑みを浮かべながら天井から降りてきたのがサクリファイス軍四天王の一人、"オスい"の薄雪だ。見た目は完全に人族の女性だが、希少な女郎蜘蛛じょろうぐもの魔族。人間の手と足が二本ずつあり、背中から蜘蛛の足が四本生えているらしい。らしいっていうのは蜘蛛の足の方は俺も見た事がないからだ。

 え? 二つ名の方が気になるって? そんなの胸の谷間やら肩やら鎖骨やらが丸見えのエロい着物と、たわわに実った二つのスイカから察しろ。


「それにしてもぬし様の方から来てくれはるなんて珍しおすなぁ。なんかうちに用があるんどすか?」

「え、あ、いや、その……」


 うん、用があるからここまで来たんだけど、その前に、その巨大なマシュマロを全力で俺の腕に押し付けてくるのは止めてもらえませんでしょうか? 柔らかすぎて何も考えられなくなるのですが。

 ってか、話をする時って向かい合うだろ普通。なんで俺の隣に座ってるの? なんで俺の腕に絡みついて来てるの? なんでこんなにいい匂いがするの?


「ぬし様、かおあかなってますで? うちにドキドキしてくれてるんどすか?」


 耳元でそう囁きながら、ツツーっと人差し指で俺の首から顎にかけて撫でる。そして、その指が耳元まで上がってくると、ふーっと優しく息を吹きかけられた。あ、俺食われるわ。今ここで。でも、それも悪くないかも……。


 ──サク?


 ゾクッ……。


 今一瞬、満面の笑みで黄金の剣を構えた金髪の鬼が脳裏に浮かんだ。脳裏に浮かぶという事は単なる俺の妄想のはずなのに、なぜか震えが止まらない。


「おや?」


 体中から冷や汗を垂れ流し、極寒の海に放り出されたかのように震えている俺を見て、薄雪は不思議そうな顔をした。少しの間何かを考えていた薄雪だったが、不意に組んでいた腕を解き、俺と向き合う形で正座する。ほっ……なんでかわからんが離れてくれた。これであの戦姫ならぬ戦鬼の幻影に怯えずに済む。よし、一度深呼吸をして心の平静を取り戻そう。


「ぬし様……もしかしてええ人でも出来たんどすか?」


 平静取り戻せねぇぇぇ!! ちょっと待って!! どのタイミングでその結論が導き出された!? 

 いや、ここで動揺したらばらしているようなもんだ。あくまで自然に平常心で。いい人って何? ファニーファニー。面白いこと言いますね。よし、これで落ち着くことができた。これで問題なし。


「お、お、おまおまおお、お、お前が何を言っているのかみゃるでわからにゃいんだぎゃ」

「ぬし様の方が何言うてるのかわからしまへん」


 薄雪は肩をすくめると、部屋の隅に置いてある魔法瓶でお湯を急須に注ぎ、湯気が立ち昇る湯呑を俺の前に出してくれた。馬鹿な……俺の偽りの落ち着きっぷりを看破した……だと? ってか、めっちゃ和む。やっぱり緑茶はいいもんだ。


「ぬし様の色恋には興味があるんやけど、そら次の機会に取っとくことにします。それで? ぬし様はわっちに何の用どすか?」


 胸元から出した煙管キセルに火をつけつつ、薄雪が上目遣いで尋ねてきた。次の機会とやらが訪れない事を切に願うが、そろそろ本題を切り出すとしよう。


「今後の方針を決めるために部下達の意見を聞こうと思ってな。まずは四天王のお前達からってわけだ」

「意見どすか? そら何に関して?」

「んー……まずは人族をどう思ってるかについてだな」


 シンプルだが重要な事だ。人族に対して並々ならぬ憎しみを抱いているようなら、その気持ちを無碍むげにはできない。


「うちは人族好きどす」

「え? そうなのか?」

「えぇ。特に顔立ちの整うたおのこは、それはそれは喰いごたえがありますぅ」


 ……それは『私はステーキが好きだ』っていうのと同じという解釈でよろしいか?


「なんて顔をしてるんどすか。ほんまの食事の意味じゃあらしまへん」

「そ、そうだよな! ……って、食事の意味じゃないとしたらどういう意味だ?」

「それは……まぁ……」


 薄雪がぺろりと唇を舐める。妖艶すぎるよこの子ぉ! 俺じゃ扱いきれないよぉ!


「ってことは、べ、別に人族に対して悪感情を持ってるわけじゃないんだな? 嫌いだ、とか許せない、とか」

「相手にもよりますなぁ。うちに不利益を被るやからなら容赦はしまへん。そやけど、そら人族やら魔族やらは関係あらしまへん」

「……なるほどな」


 要は種族問わず敵と認めたら排除するって事か。まぁ、普通の感覚ではあるか。


「じゃあ他の魔族と戦う事に抵抗はあるか?」

「…………」


 薄雪はすぐには答えず、ゆっくりと煙管から煙を吸い込み、俺を値踏みするように見ながらそれを吐き出した。


「さっきも言いましたけど、うちに害なす相手は許しまへん。ほんで、ぬし様はうちの主人あるじ……ぬし様の前に立ちはだかる愚か者は、例えおんなじ魔族であっても……」


 僅かに細まった薄雪の瞳が怪しく光る。


「完膚なきまでに叩きのめします」


 隠す気のさらさらない殺気が部屋の中に充満する。俺にはそれが嬉しかった。なぜならこれは俺に害をなす相手に対するもの。つまり、俺への忠誠心に他ならないのだから。


「そっか……」


 なんとなく気恥ずかしかった俺はそれを誤魔化すように頬を掻く。そんな俺を見て、薄雪のにたーっと粘っこい笑みを浮かべた。


「その後はぬし様の寵愛を一身に受けます……当然、ベッドの中で」

「へ?」

「何なら今からでもええどすえ? ぬし様にやったら、うちはいつでも差し出すさかいに」

「いやおまっ……な、ななな、何を!?」


 一気に距離を詰め、体を密着させてくる薄雪。テンパる俺。


「い、いやー、貴重な意見だったぞ。感謝する」

「ぬし様?」

「で、では、俺はこの辺で」


 早口でそうまくて、逃げるように薄雪の部屋を後にする。まじで食われる寸前だったわ。我が部下ながら"雄喰い"、恐るべし。

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