第8話 魔王、結局フリダシに戻る

「バカですか、あなたは」


 魔王城に戻ってさっそく俺の素晴らしい考えを話した時のマルコキアスの第一声がこれだった。ものすごい真剣に話したのに一蹴された。へこむ。


「それはリーズリット嬢とお出かけなさっている時に思いついたのですか?」

「あぁ。リズからヒントをもらってな」


 俺が自信満々に答えると、マルコは頭痛を抑えるように手を頭にあて、深々とため息を吐いた。


「……それで? 彼女はなんと?」

「特に何も言ってなかったぞ? もの凄い可哀そうな子を見るような目で見られて『それをマルコキアスに話してみたら』って提案されただけだ」

「いや、それもう殆ど言っているようなもんじゃないですか」


 うっさい。リズに呆れられてんのはわかっているんだよ。でも、どうして呆れられたのか分からないから、こうやって言われた通りマルコに話したんだろうが。

 ちなみに今俺達は魔王城にはいない。俺の領地の一つであるアグリ村という農村に来ていた。こうやって領地を見回るのも魔王の立派な仕事の一つだからな。

 なんでも、最近野菜や穀物の出来が悪いとか。まぁ、そんなこと言われても農業なんてからっきしだから、こうやって見守る事しか出来ないんだけど。向き合う姿勢が大事だと俺は思うんだよね。うん。

 という事で、俺とマルコはせっせと畑を耕してる魔族を見ながら会話をしているというわけだ。


「まぁ、人族の文化に精通していない魔王様であれば、わからなくても致し方ないのかもしれませんね」

「なんだよ、人族の文化って?」

「そうですね……もし仮に他の魔王が人族と同盟を組んだら魔王様はどう思いますか?」


 む……いきなりなんだ? 他の魔王が人族と同盟? うーん。どうって言われてもなぁ……。


「別に。なんとも思わないけど」

「他の魔王に興味ない魔王様は特にそうですよね」

「……なんか引っかかる言い方だな」

「そう不機嫌にならないでください。恐らく、他の魔王も概ね同じ意見だと思います」


 そりゃそうだろ。別におかしな事は言ってない。


「ですが、人族は違います」

「ん? どういうことだ?」

「ジェミニ王国が我々と同盟を組んだとした場合、ジェミニ王国は裏切り者のレッテルを貼られる可能性があります」

「はぁ!? なんでだよ!?」


 思わず大きな声が出た。裏切り者のレッテル? まじで意味がわからんのだが。


「魔族と人族は敵同士、これは長い間争い続けてきた我々の共通の認識です」

「そんなの知ってるよ! だけど、俺は昨日の敵は今日の友的な発想で……!」

「そう簡単に割り切れないのが人族というものです」


 興奮する俺とは対照的に、マルコはひどく冷静な口調で言った。


「リーズリット嬢が言った通り、人族は人族同士で既に同盟を結んでおります。そんな中、一つの国が敵国と同盟を結ぶと言い出したらどうなると思いますか?」

「どうなるって同盟相手が一つ増えるだけだろ」

「いいえ、そうはなりません。ジェミニ王国は他の人族の国から白い目で見られるでしょう。下手をすれば敵国認定されるやもしれません」

「なっ……!?」


 思わず言葉を失った。敵国認定される? 魔族と同盟を組んだだけで?


「我々の常識からすればそんな事にはならないでしょう。それはもとより魔族同士が共同歩調をとっていないからです。人族と同盟を結び、戦力が増加する事は危惧すれど、裏切り者と目の敵にされる事はないと思います」

「……だが、人族の場合そうはならないと?」


 極力感情を抑えつつ問いかけると、マルコははっきりと首を縦に振った。


「人族というのは我々魔族に比べて脆弱です。そのため、同盟という形で一致団結し、『数』という絶対的な力によって我々魔族に対抗します。だからこそ、信頼を重要視するのです。もしそれが有耶無耶になってしまえば、大量の人員も烏合の衆と化す」


 くわを上から下に何度も振り下ろしている魔族を見ながら、マルコの話に耳を傾けている。こいつの言っている事は理解できた。俺達魔王軍にも同じことが言える。屈強な軍において最も恐れる事は内部崩壊だ。一人の裏切り者によって軍が崩壊する事だって考えられる。要するにあれだ。俺のは浅知恵だったってわけだ。


「……まぁ、人族との同盟がまるっきり夢物語というわけではありません」

「……どういう意味だ?」


 すっかり意気消沈した俺に、マルコが眼鏡を直しながら言った。


「リスクに見合うメリットを提示できればいいのです」

「メリット?」

「はい」


 他の国から侵略されるリスク見合うメリットなんてあるのか? まったく想像できないんだけど。


「交易や優秀な人材の確保、移民の問題。人族同士が同盟を結ぶ事によって享受される利益は知りません。具体的な同盟の内容もそうですし、それによって実際どれだけ人族が協力し合っているのかも分かりませんからね」

「まぁ、そうだろうな」

「ですが、これだけは言えます。同盟を結んでいようといまいと、それぞれの国が一番恐れている事は自分の領土が奪われる事です」


 確かにそうだ。いくら同盟によって資源が潤い優秀な人材が集まっても、占領されたら何の意味もない。結局、これまでの努力を強者に搾取されて終わりだ。つまり、領土を守るという事こそが一国の王に課された単純にして最も難易度の高い職務なわけで。


「侵略されるリスクに見合うメリット、もうお分かりになりましたか?」

「……他の国が攻める気がなくなるほどに俺の国が強大になれば、ジェミニ王国も大手を振って同盟を結ぶだろうな」

「よくできました」


 マルコが満足げな顔で頷く。こいつは俺のオカンか。


「そのために重要な事は広大な領土と圧倒的な武力です。後者に関しては何の憂いもありませんが、やはり問題は領土ですね。ジェミニ王国と同盟を結ぶにしてはちっぽけすぎます」

「ちっぽけって言い過ぎだろ」


 アグリ村のように作物を育てる村や家畜を飼育している村、漁業が盛んな港町だってあるんだぞ。十分立派だろ。……まぁ、ここのところ食糧不足に悩まされていたりはするが。

 でも、マルコの言う通りジェミニ王国からすれば頼りないかもしれない。あの国は人族の治める国の中でもでない国に入るからな。そう考えると、うちと同盟を組むなんて到底無理な話って気がしてきた。


「というか、武力に関しては問題ないのかよ」

「えぇ、問題ありません。私は我が軍の力、ひいてはサクリファイス魔王様のお力を信じておりますから」


 若干投げやりな感じで聞いてみたら、マルコが一切の迷いもなく答える。なんつーか、そんなに真っ直ぐに答えられると、こっちが戸惑ってしまう。


「……前から思ってたんだけどさ。お前、俺の事過大評価しすぎじゃないか?」

「私を見くびらないでください。相手の力量くらいわかります」


 そうっすか。一通り畑を耕し終えた魔族がこっち向かって手を振ってきた。俺はそれに応えつつ、マルコの方に顔を向ける。


「要するに目下のところ俺がすべき事は……」

「領土の拡大ですね。そして、ジェミニ王国を攻める事ができないとなると……」


 マルコはそこで言葉を切った。最後まで言われなくなってわかる。俺の私情でジェミニ王国と本気で敵対したくないのであれば、他に相手を見つけろって事だろ? そんでもってジェミニ王国以外に人族の国と接していない以上、相手できるのは二つくらいしかない。結局そこに行き着くってわけか。


 魔族を相手に戦争かぁ……やっぱり何かしら理由がないとやりづらいって話だよなぁ……。


 そんな事を考えながら俺は、のんびりと、それでも懸命に自分の仕事をこなしているアグリ村の魔族達をぼーっと眺めていた。

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