・最終第九夜
「唯の夢では、現実と区別が付かずそのありがたみをリアルタイムで感じ取る事もままならず、また悪夢であれば苦痛でしかない。明晰夢では没入感に欠ける。もっともっと私は酔いしれていたいのだ。眠る癒しの快楽、この世にあり得ざる不思議の夢、そして己がそれらを享受しているという確かな実感、現実に半歩足を置く事による夢の制御! 夢うつつに微睡む一時はたまらない!現実など不要!」
この目覚めかけの、布団の感触と夢だと自覚できる明晰夢を同時に感じ取れそうな夢うつつな微睡みの中で余りにも力強く駄目なしかし誘惑的な言葉を朗々と語るのは、不可思議な姿をした怪物だ。柔らかい布が何枚も絡み合い形作られた馬と蝙蝠の混合生物のような姿をしていた。
「……だから全世界を夢うつつにし、全人類を永遠に微睡ませると?」
それに対するドリムリーパーの今夜の出で立ちは、機械式時計を思わせる意匠をした黄金色の全身鎧。勿論手には得物たる骨鎌【明日の朝】。表情も、常ならぬ程本気の戦意に満ちている。
ここは夢と現実の境界。本来ならドリムリーパーが人を目覚めに送り出す場所。夢の住人でもあり夢の死神でもあるドリムリーパーは、夢界においてならば全知全能の神にすら抗う事が出来る。だがここは現実と夢の境目。完全に、とはいかぬ。
そこに今、彼女が戦うべき敵がいた。
「そうだ。それこそが救いだ。私、微睡王の救いだ。私は救いたいし救われたい。現実と夢を一つに。全てを曖昧にし、肉体の頸木から逃れ……これこそ救いだ……!」
(まさかこんな奴が、現実の世界に現れるなんてね……!)
そう豪語しドリムリーパーをして驚嘆せしむる、微睡王を名乗るこの夢魔だか布団だか分からん存在は、なんと人間だ。意図的に明晰夢を見る訓練を繰り返し、同じ要領で二度寝と微睡む事を制御する術を会得し、己の意思で己の夢を選び、その果てに夢の世界に、そして夢と現実の境界線に干渉する力を得た、ある種の特殊能力者。古代であれば仙人の一種や魔法使いやシャーマンと呼ばれえた存在だ。その姿は、夢の世界の己として夢見る事で自ら作り上げた夢の形だ。
「信じがたい事だけど、本当に全人類の集合無意識の夢に関する領域にその力でアクセスして、全人類を、ひいては世界を夢に埋没させ、眠り続ける事以外を不要としても存続出来る存在とする……その力を貴方が持っているのは本当みたいね」
「そうだとも。そして、その世界においては……全てが一つの夢となる安楽に微睡む布団の世界においては……
「……そう言われて私が大人しくおめおめと諦めると思う?」
夢と現実の境界線、微睡王とドリムリーパーは対決する。ドリムリーパーは鳥の骨の鎌【明日の朝】を構え、微睡王は翼を大きく広げた。その翼は悦楽で人を微睡みに誘う【朝の布団】である。どうにも張り合いも脅威度も感じられないネーミングだが、想像すれば分かるがその誘惑の力が凄まじい事は分かる者には分かるだろう。
「私は自由に目覚め、自由に眠りそして同じ夢の任意の時間軸に入り直す事が出来る。夢と現実を任意に出入りできる。夢と現実の境界を回避手段として利用して戦う事が出来る。勝ち目は無いぞドリムリーパー!」
「そうかしら」
豪語する微睡王に、だがドリムリーパーは笑った。
「確かに私は夢の世界の存在だけど……私は夢を守ってきた。夢を見る人間達を守ってきた。彼等彼女等が健やかな目覚めをし、命のその先を見て生きていけるように。夢と現実は、併存し共存してこそ美しいと思いたいから」
勿論完全にそうとは言いきれないけれど、それでも、と。
「何……?」
それに何の意味がある、と言いかけ、微睡王は違和感に気づいた。
ドリムリーパーが己を見ていない。己の方を向いてはいるが。己を見てはいない。そう、ドリムリーパーは微睡王の先を見て言っていた。微睡みの境界線の向こう、目覚めた現実の先を……
これまでにこの
「夜見る夢だけで無く、明日に願う夢もあれば、苦労して作り上げそれを観賞する物語という夢もある。それが、この世のあるべき姿だと思うし……私が夜見る夢を終わらせ、目覚めさせた人達も、そう思うと信じる。その人達の力が、貴方が微睡みに溶かそうとしている現実から、私を支えてくれると」
大体、寝過ごしそうなハラハラ感も、敢えて寝ちゃう背徳感や
その結果、どうなったかって?
君達が今、ちゃんと目を覚ましてこの物語を読んでいるだろう? という事は、つまりそういう事さ。
時に夢が君達を助けるように、君達の存在が彼女を勝たせしめた。故に彼女は今夜も、君達と夢の法則を守る為、夢から夢へ跳ね渡っているよ。
ドリムリーパーⅡ 博元 裕央 @hiromoto-yuuou
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