・第四夜
部屋の外で物音がして目を覚ました。普段家で使っているのとは別の、甘美で滑らかなベッド。サフランイエローの壁紙。アンティークで芸術的な調度品。
聞こえてきた音は昨晩登った、あの時代がかったシャンデリアの下がったホールの、艶やかな濃褐色をした木製の手すりが印象的な階段からだろうか。
折角旅行に来たのだ。寝ているのはもったいない。ああ、だけど眠い。ベッドのシーツが物凄く気持ちがいい。二度寝をしてしまいそうだ……ダメだ。そうしたら、目が覚めたら……寝ちまったら……
いかん、夢だ。寝ちまった。さっきまでいたホテルとは違う。梅の花が咲く日本庭園だ。毛氈と傘、野点の茶席だ。
「お気をつけて……」
対面に座し、抹茶を入れた茶碗をこっちに渡しながらそう言うのは、古めかしい学生服を着た、丁寧に切りそろえた黒髪長髪の女の子だ。和服ではないが、古風な感じが妙に茶席に合っていた。
あれ? この子、何処かで見たような……
はっ!?
目が覚めた。気がついたら、えっと、水族館のベンチか、ここは。一休みしたら寝ちゃって、朝に二度寝しかけた時と記憶が混濁してたんだな。
ベンチで寝ていたといってもきちんと背もたれを使っていて、寝転がってはいない。幸い、ウトウトしていたのはごく短い時間みたいた。それじゃ改めて観光を……
立ち上がる。目の前、殆ど壁一面と言ってよい大水槽を見る。
そこに居るのは、明らかに水族館にいる筈もないものたちだった。みるみる血の気が引いていくのが分かった。
カンブリア紀の生物をい無茶苦茶に繋げて巨大化させたような奴。
人間の言葉では説明できない色彩をして巨大な目と口を開閉させている奴。
ギラギラと光る生きた水銀みたいな奴。
何種類もの生物の干物を繋いで人型にしたような奴は水中なのに水気を吸って湿気も戻りもしないのは些細な事か。
もっととんでもない奴……奴といっていいのかすら分からない何かがある。
その部分だけ何故かよく見えない、見えない状態は人間の言語で説明できない奴。歪んだ空間、阻害された認識。
そして何より、人間の作った水槽に絶対に入るはずの無いものが奥にいる。この水槽には果てが無い。奥には無限の海がある。無限がある。人間には到底認識しきれない程巨大な何かがその緑で青で暗い奥の奥の奥にいる。蠢いている。此方を見ている。輪郭が漠然と分かる。分かってはいけない。分かったら……狂う。
そいつらが出てくる。硝子を無視してすり抜けて、明らかに、襲いに、夢から覚めたのに……全身が恐怖と緊張で強張って……強張る手の中に、温もりと触感。さっきの、別の夢の中で渡された筈の。
「うわ、うわあああっ!」
咄嗟に手の中にあったそれを投げつけた。それは、先頭に立って硝子を無視して現れた水の化け物の目玉にもろに当たって中身と破片をぶちまけた。
怪物が、怯んだ。
それは抹茶の入った茶碗。熱とカフェイン。
直後!
COOOCKADOOOLEDOOOOOOOO!!!!
耳を聾する程の、それが本当に鳥の喉から発せられたのであれば最奥の夢の水魔にも劣らぬ大きさなのではないかというボリュームを誇る鶏の鳴き声!白い光が一閃!茶碗投擲で驚いた夢の水魔達がバラバラに
「OK、気づいたわね。コレは夢の中で見る夢の中の夢。おかげで少し時間がかかった。もう思い出せない思い出の中の子に感謝しなさい。あの子の頼みで来たんだから!」
直後現れたのは、シルクハットに燕尾服、帽子の飾りもタイピンもカフスもベルトバックルも革靴の飾りもステッキの柄頭も全部時計型金飾りの出で立ちで飛び込んできた、七色の髪をした美女!片手にステッキ、もう片方の手には、鳥の骨を組み合わせて作った巨大な
「あ、あ……」
そうだ、確か。あの黒髪の子は。思い出せないけど、どこかで昔見た事が。くそ、助けてくれる夢を見ているのに、思い出せない、なんて。
「昔貰った思いで、十分だってさ。そういう訳で、安心して。私が貴方を悪夢からの目覚めまで連れて行く」
オレの心を察してそう言いながら、七色の髪の美女は鎌を一閃。それだけで、怪物達は水槽ごと真っ二つに吹き飛んだ。切り裂かれた先から、朝の光が見える。
「アンタは……」
彼女は言った。何時もの決め台詞、といった風で。
「
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