第42話 星空の庭園
この婚約披露パーティーは王宮で開かれていました。何から何まで煌びやかで、沢山の人たちが殿下とジュリアを祝っています。
ジュリアも殿下が隣にいることで安心したのか、沢山の視線を感じていてもやんわりと微笑み続けていました。
ジュリアもきっと殿下の隣にいるための努力を決意したのでしょう。ぽわぽわしているだけでは殿下の奥さんにはなれないと覚悟を決めたのかもしれません。
私たちとご令嬢たちの些細なトラブルを解決して安堵したのか、殿下とジュリアはもう遠くにいました。
「また寂しい顔してる」
ジュリアをじっと見ているとレックス様の優しげな声が聞こえました。
「‥そんなことありませんわ!‥‥と、というか、先程!!」
「え?」
え?じゃないわよ!!
「わ、わ、私の、唇に、そ、その‥」
「あ、キス?」
レックス様が爽やかな表情のまま首を傾げています。なんでそんな余裕なんですの?!信じられませんわこの人‥‥!!
「か、か、仮にも!私にとっては初めての、キ、キスでしたのに!!そんな軽々と‥‥!!」
「あ、ごめん。ちょっとカッとなって‥」
「‥なんですって?!」
私なにか怒らせることをしてしまったのかしら‥?
「さっきの令嬢たちと対峙してた時、あまりにも当たり前に自分を犠牲にするんだもん。まぁアレクサンドラ嬢の自己犠牲は今回だけじゃないけど」
「‥‥え?!」
「アレクサンドラ嬢が“奪った”と言えば、殿下のこともジュリアさんのことも、俺のことも‥とやかく言う人はいなくなるだろうけどさ」
「‥‥‥べ、別にそんなつもりは」
ありましたけれども!!口にされると小っ恥ずかしいですわ!!
「でもアレクサンドラ嬢が庇いたいと思うように、俺たちだって大切な人を大切にしたいと思う気持ちは同じ。なのにアレクサンドラ嬢はいつも自分が犠牲になって」
「‥‥別に犠牲だなんて思ってませんわ!全然苦じゃないですもの」
誰にどう思われたって気になりませんわ。文句を言われたって言い返せる自信があるもの。だけどジュリアは気が弱いですし、敵を作ったら傷付くだけですわ。殿下だって、レックス様だって、せっかく人々からよく思われているのですから、そのままの評価でいられた方がいいじゃない。
「‥俺は嫌だ。自分を大切にしてほしい。俺は君を大切にしたいのに、君が自分を大切にしてくれなかったら、俺は虚しくなる」
自分を大切に‥‥。レックス様をチラッと見上げると、レックス様は真剣な表情で私を見つめていました。
レックス様は私よりも私のことを大切にしてくれる人なのでしょう。その気持ちは痛いほど伝わりました。私が良くてもレックス様が代わりに傷付いてしまうなら、少し考えて発言しなきゃいけないわね。
でも‥‥
「‥‥‥‥‥‥私のことを大切にしたいのなら、初めてのキスはもっと丁寧にして欲しかったですわ。あんな不意打ちみたいに一瞬だけなんて。せ、せっかくのレックス様との、初めてのキスでしたのに‥!」
少し唇が尖ってしまいました。確かに私は頑固だと思います。でも、やっぱりこれは文句を言わせていただかないと。
「‥‥‥‥ごめん」
レックス様は頬を少し赤くしていました。何故でしょう?そのまま手を取られ、バルコニーへと出ました。バルコニーには階段がついていて、中庭へと続いています。
「ここは‥?」
「ここは星空の庭園って呼ばれてる中庭。殿下と小さい頃ここで遊んだんだ」
「星空の庭園‥‥‥」
空には数え切れない星が所狭しと輝いていました。この庭園は王宮の壁に囲まれているので、まるで自分たちが箱庭の中に入って夜空を見上げているようでした。
「‥‥アレクサンドラ嬢」
「‥はい」
レックス様の長いまつ毛が、綺麗な碧眼を隠していました。伏せ目のレックス様の背後には星空が広がっていて、まるで綺麗な絵画を見ているようです。
「‥キスをね、やり直す前にひとついいかな」
「‥‥‥!」
キス‥!!やっぱりキスするのですね!ど、どうしましょう。改まってしまうと緊張しすぎて体が固くなります。唇カサカサじゃないかしら‥?!どういう顔をしていればいいの‥?!
というか、”ひとつ”とは?なんでしょう‥。どうぞ、の意を込めて頷くと、レックス様が唇を開きました。
形のいい唇‥。柔らかそう‥。さっきは本当に一瞬でしたけど‥‥確かに柔らかかったような気がしますわ‥。
「‥‥俺、アレクサンドラ嬢が好きだよ」
「?!」
え、なんですの突然‥!!
「‥‥他人にね‥興味がないんだよ、俺。なのにアレクサンドラ嬢はどうしても目で追っちゃって」
「‥‥い、医者を呼びますわよ」
「大丈夫。気が触れたわけじゃないから。
アレクサンドラ嬢のすることはいちいち気になっちゃうし、アレクサンドラ嬢の反応ひとつひとつを可愛いと思ってしまう」
「‥や、やっぱり医者を‥」
「大丈夫。
俺ね、アレクサンドラ嬢を今後もずっと見ていきたい。誰よりも近くで」
「っ‥‥お、お医ーー」
「ねぇ、俺と結婚しない?」
「ーーー!!!」
「俺ね、絶対に幸せにする自信あるよ。まぁたまにはおちょくることもあると思うけど」
レックス様は私の手の甲にそっとキスを落としました。私もいつ結婚してもおかしくない歳ですし、何よりレックス様を好いているのです。断る理由なんてありません。
ただ、恥ずかしさのせいかレックス様の顔を見ることができません。
「ーーー正直言うと、ノーランド侯爵にはもう頭下げてるんだよね。アレクサンドラ嬢と結婚したいって」
ーーえ?
「だから遅かれ早かれ婚約は決まってた。でも、ただの政略結婚じゃなくて、好きだから結婚したって思ってほしい」
私の知らないところで、私と結婚する為にそんなことを‥?
ああ、どうしましょう。最近涙腺が弱くて困ってしまいますわ。
「‥‥アレクサンドラ嬢は、嫌?俺との結婚」
私は無意識のうちに足を踏み出していました。
とん、とレックス様の胸にしがみ付くと、レックス様が優しく抱きしめてくださいます。この安心感がこのうえなく好きです。
「‥‥‥わ、私はこう見えてとても執念深いんですの。後悔しても知りませんわよ」
「本望だよ」
目と目が合いました。とは言っても潤んだ視界ではレックス様の姿はぼやけてしまっていますが。
レックス様の顔がすぐ近くまで降りてきて、星空は見えなくなりました。澄んだ夜の風に頬を打たれながら、唇に感じるレックス様の熱。
柔く、温かい。レックス様の手のひらは私の後頭部を抑えていて、離れることを拒んでいました。
「っ」
触れるだけのキスです。それなのに‥苦しい!!息ができないわ!!
ーーレックス様の胸をバンバンと叩きました。
「痛い痛い」
「っぷはっ!!はぁ、はぁ、はぁ‥‥っ!!」
「‥唇を重ねただけだよ?」
目がぐるぐると回りそうです。え、あれ?!私、息をしてなかったのかしら?!
「‥‥‥‥分かってますわ。こんなキスなんて余裕ですけど?」
チラリとレックス様を見上げると、レックス様はニヤリと不敵に微笑んでました。
「じゃあ心置きなく」
「あっ、待ってください!!」
「やだ」
レックス様は暫く私の唇を解放しませんでした。私は勿論呼吸困難で死にかけましたが。
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