第41話 突然奪われましたわ!


 結局狩猟大会はマティアス殿下が優勝致しました。レックス様はビリでございます。まぁあのあとも大会を放棄して2人で過ごしていたので当然の結果と言うべきですわね。


 あの日以降、私は自分の気持ちを素直に認めることができるようになりました。おかげでレックス様から逃げることはなくなったのです。



 ジュリアも私も、今日は一段と着飾っていました。お父様は緊張した面持ちで、お母様はいつもよりも更に派手に、お兄様は普段と全く変わらず‥今日は殿下とジュリアの婚約発表パーティーでございます。


 ジュリアのドレスは薄黄色の華やかなデザインのものでした。殿下の煌びやかなスーツにも、ジュリアのドレスと同じ色合いの差し色が施されており、二人の仲睦まじさが表れています。


 ぼうっと2人を見ていると、隣に立つレックス様の声が聞こえてきました。


「‥‥また寂しくなってる?」


 寂しい気持ちはもちろんありますが、もう大丈夫です。私には、感情に浸るよりもまず先にやらなければならないことがあるのですわ!


「‥いいえ、まったく!!

私は少し商談に行って参りますわ!!」


「し、商談‥‥?」


 スーザンに視線を送ると、彼女は全てを察して頷きました。さすが有能すぎる侍女ね‥!


 レックス様にすぐに戻る旨を伝え、その場を離れます。この機会を逃すわけにはありません‥!!待っていて!パチェコ伯爵!!!


 ジュリアのガラクタたちを返品したあの日、発毛剤だけは手元に残していたのです。そのまま返品してしまっても良かったのでしょう。

 しかし‥!私は彼がはわわ‥!と感動していた姿を忘れることはできませんでした。


「パチェコ伯爵!!」


 少し離れたところからでも彼を見つけることができました。相変わらず浅黒い肌に強面のスキンヘッド。どこからどう見ても悪役ですわ。


「これはこれは、アレクサンドラ嬢‥!!」


 私たちは数秒の間見つめ合い、そして同時に頷きました。


 こうして、あの日叶うことのなかった商談はこの日ついに叶ったのです。パチェコ伯爵と共に屋外通路に出てから、スーザンにアイコンタクトを送りました。スーザンは胸元からソッと布に巻かれた発毛剤を取り出します。


「‥‥こちらを」


 前回の悲劇を振り返り、お猿のジョーダンがいないことも確認しました。スーザンの手からブツを受け取り、パチェコ伯爵に手渡します。


「っっっ!!!」


「前回は叶わず申し訳ありません。今度こそお渡し致しますわ」


「ありがとう‥ありがとう!!!‥‥これはマニアにとっては本当にレアな品物なんだ‥‥!一体いくら払えばいいかな?!」


 私は小さく笑いました。

これは、恐らくジュリアの最後の無駄遣い‥。謂わば記念の品なのです。その品をこんなにも熱望してくれている人がいる。


 元々は売りつけるつもりでいましたが、他の商品たちが全て返品された今、心にも不思議なゆとりがあるのです。

 まぁすべてジュリアに返金したので私は結局損をして終わったのですけども!でも別にいいのです。きっとこれも良い思い出になることでしょう。


「お代は要りませんわ」


「えっ?!」


「その品は謂わば私の思い出の品なのです。

どうか一滴残らず大切にお使い下さいませ‥」


「嗚呼!アレクサンドラ嬢‥!!この御恩は一生忘れません!!」


 こうして、パチェコ伯爵との商談は無事に終わったのでした。



 会場内のレックス様の元に戻ると、彼は様々なご令嬢たちに囲まれておりました。レックス様は現在婚約者がいない状況ですし、まぁ寄ってきますわよね。私だって好きと言われただけですし。婚約に関しては何も言われていませんし。

 でもやっぱりいい気分ではありませんわね。レックス様はご令嬢たちに素っ気ない気がしますけど、ご令嬢達の目はまるでハイエナのように光っていますわ。


「お待たせしましたレックス様」


「アレクサンドラ嬢!遅かったね」


 私はご令嬢たちにフンッ、と視線を送りながらレックス様の隣を確保致しました。


「‥っ!」

「お噂は本当でしたのね!」

「姉の婚約者を奪うなんて」


 ご令嬢達の声が漏れ出ております。聞こえているわよ、少しは自重なさいな‥。まぁ負ける気はありませんけども。


「オホホホホ。皆様、お噂の通りですわ!私はレックス様に熱烈に恋をしているのです」


 扇子をパッと広げて高らかに笑ってみせます。ジュリアの婚約発表パーティーにレックス様が参加するなんて、レックス様の居心地が悪いに決まっているじゃない。それなのにお父様はレックス様を招待してしまうし、レックス様もノリノリで来てしまうし‥!私がこうして言ってしまえば、レックス様に向かう様々な視線が少しは緩和されるんじゃないかしら。


「‥認めるのですか?!婚約者を奪ったのだと‥!」


 そう口に出したのはエリーゼ嬢。ドレイパー公爵家と並ぶ名家、クリーズ公爵家の御息女です。


「ええ!事実ですわ!!」


 私がそう言って笑うと、レックス様が唐突に私の顎を掴みました。え?何をなさるんですの?


 クイっと顎を上げられたと思ったら、レックス様のやたらと綺麗なお顔がすぐ目の前にありました。‥‥え?


ーーーチュ、



 ‥‥‥え?



「悪いけど、奪われたんじゃないよ。アレクサンドラ嬢より俺の方が先に彼女にアプローチを仕掛けてるし」


 普通に言葉を落としていますが、え??え、え??貴方今スムーズにキスしました?いつの間にか腰に手が巻かれています。もうあれです、これただの人目を憚らないバカップルというやつですわ。


「レ、レレ、レックス様‥!」


 レックス様は特に何もなかったかのように優しく微笑み、今度は私の額にキスを落としました。


「?!?!」


「‥‥あれ、君たち何の用だっけ?」


 立ち尽くすご令嬢達に、レックス様が問いかけました。私はススス、と扇子を上にズラして顔面を隠しています。ご令嬢達を散らす為の作戦かもしれませんが、あまりにも刺激が強すぎますわ!!


「‥‥っっ、で、では、レックス様は浮気されていたということですか?!」


 エリーゼ嬢が口を尖らせております。


「浮気‥ではない筈だけど」


 とレックス様が首を傾げました。


「そうそう。浮気ではない!どちらかといえば俺が横恋慕した!」


 わ、突然のマティアス殿下ですわ!隣にはジュリアもいます。


「‥‥アリーに酷いことを言ったら、許しません‥!」


 ジュリアの頬がハリセンボンのように膨らんでいますわ‥‥!!


「よ、横恋慕?!」


 エリーゼ嬢が声を荒げた時、ジュリアはズイッと前に飛び出しました。ジュリア、まさか臨戦態勢ですの‥?!そんなこと今までしたことなかったじゃない‥!


「‥私たちは、お互い本当に好きに思える者同士で結ばれるんです。これってとても素敵で、幸せなことですよね」


 ジュリアがそう言ってしまえば、エリーゼ嬢達はもう何も言えません。ご令嬢達はおずおずと引き下がっていきました。

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